第12話 無限洗剤と、過去の痛み
「え……ちょっとまって……全部同じ洗剤じゃない……?」
「えへへ、ちゃんと玄関の箱は全部開けたよ」
「それはね、すごい偉いと思う。でもね莉恵子、ちょっとまって、同じ洗剤よね、これ」
昼すぎに帰ってきた芽依は、玄関に立ち並ぶ洗剤を見て絶句した。
莉恵子は二階にすべて運ぼうと思っていた。その意思はあった。やる気に満ちていた。
でもいつの間にか書庫で本を読みふけってしまい、結果企画思いついて書いてたら、もう芽依が帰ってきた。
だから二階に運ぶことができなかったのだ。
これはもう仕方ない。アイデアは書かないとすぐに消えちゃうから……仕方ないね。
「Amazon定期便に入ってたの。もう解除したから大丈夫。見てみてー! ニベアの缶、タワーができるよ、ニベアタワー」
「ニベアって、そんな簡単に減らないでしょう。どうして定期便になんかにしたのよ」
芽依は玄関にこしかけて靴を脱ぎながら言った。
莉恵子はチョイチョイとサイトを開いて芽依に見せる。
「ニベアを顔にたっぷり塗ってお風呂に入って、髪の毛洗ったあとに一緒に流すの。そうするとすんごくツルツルになるの」
「何それ、ほんと?」
「これが良いの! それにハマった時期に買ったんだと思う。そして発掘しました、アルビオンのフローラドリップ。やっぱり買ってた。これ最高なの」
「化粧品ぜんぜん詳しくないけど、高そう」
「基礎化粧品は値段より良い仕事をするなら、高くても買い。これはお値段以上だよ。仕上げはトランシーノ美容液。なんだか知らないけど三本も出てきた、もう今日から使いまくろう!! 期限も何個かヤバいし」
莉恵子は化粧品がわりと好きで、同じような色のアイシャドウを無限に買ってしまう。
アイシャドウは楽しい。グラデ―ションが楽しい。
更に節操なく買ってしまうのが化粧水と保湿剤で、顔が八個くらいあったら全部試すのに……! と思っていたので、芽依と使えて最高に楽しい。
ようするに買って少し試したいだけのに、量が多すぎるのだ。
芽依は苦笑しながら小さな箱を渡してくれた。
「使うの楽しみ! はい手土産のパンとプリンと東京スープストック! どうせなにも食べてないでしょ」
「お腹すいてたーー!」
はいはい、と芽依は笑いながら和室に消えて行った。
そしてカラッと引き戸を開けてこちら側を見て
「莉恵子、すごい。私物全部出したのね」
「まあなんていうか、こっちの部屋の投げ込んだだけ?」
莉恵子はこたつの部屋を親指でクイとさして見せた。
芽依は何か言いたげに口を開いたけど、ふう……と息を吐いて
「来週以降、のんびりやりましょ。まずは台所を取り出すからね」
「あー、シンクにも本がはさまってると思う。それは二階に持って行こうかな」
和室に戻ろうとしていた芽依がまたガラッと引き戸を開けて戻ってきた。
「え? シンクに本?!」
「台所を中途半端に使うと掃除が必要になってイヤだから、完全に封印するために、むしろ本をいれてたの。何か洗うときは洗面所でしてた」
「はあ……ある意味、徹底してたのね」
「虫とか匂いとか、無理だもん!!」
たしかに排水溝は毎日使わないと匂うかもねえ……と再び和室に戻り、部屋着に着替えて戻ってきた。
「さて。コーヒーいれよ。さっきね、拓司さんに『月給六万円でお前を雇う』ってスカウトされたわ」
莉恵子は、洗剤をせめて階段に持って行こうと両手に持って歩き始めていたが、あまりの言葉に戻ってきてしまった。
「はあ?!?! バカにされすぎでしょ!!」
「ほんとにね。違うのよ、言い訳させて。結婚した時はあんな人じゃなかった。みんなどうしてダメな男と結婚するんだろって思ってた。でも結婚したら変わるのね。そういう人もいるのね」
「うーん……そうよだよねえ。何回か会った感じ、そこまでヤバそうな人じゃないと思ったもん」
「そうよ、結婚前と結婚してから一年は優しかったわ」
「ラスクオーナーね」
「カスク!!」
芽依はキッと莉恵子を睨んでこたつ部屋に入って絶叫した。
「二倍汚くなってるじゃない!」
「そりゃ和室からもってきたからね」
「もう……ちょっと片づけるまでパンもプリンも禁止!!」
「えええ~~~芽依~~~お腹すいたよ~~~~お昼食べてないもん~~~スープさめちゃうよ~~~」
「じゃあ、食べたらするのね?」
「するー!」
結果、こたつでダラダラしながら今日のことを愚痴りあった。
そしてこたつに入ってプリンを食べて……ぐっすり昼寝した。
気がついたら外は真っ暗……夜だった。
芽依は「やっぱりこのこたつ、危険よ!!」と叫んでいたけれど、こたつは気持ちがいいから仕方ないと思うの。
それに休みの日は休む日なの。今日の掃除は玄関が見ただけで百億点だと思うの。
キチキチするとしんどいから。
ね。
寝てしまった!! 芽依は目覚めて絶句した。
莉恵子を甘やかして良いことがない。
そういえば高校の時も「次はぜったい自分でするからぁ」と泣きつかれて家庭科の提出素材を手伝ったけど、結局三年間一度もやらなかった。
あのシュンとした顔と甘やかした時のパアアという笑顔に騙されてしまうけど、ダメだわ!!
そして何より恐ろしいのが、あのこたつよ。
温かいし、気持ちがいいし、喉が渇いたらアイス無限に出てくるし、充電ケーブルが伸びてきてるから延々とダラダラできてしまう。
もう夜以外入るのはやめようと芽依は固く誓った。
夜十一時になったので、和室のほうに移動して部屋を簡単に片づける。
莉恵子は明日使うレポートを書いてなかったああ……と途中で気がつき、お酒を飲んだ後だけど仕事を開始していた。
そして明日は七時に出て、帰りはわかんない! ご飯とか全く気にしなくて良いから! と言われた。
自分の得意分野を「しなくてよい」と言われると、存在価値が消えた気がして心のまんなかがスウスウする。
でも。私は家政婦じゃない。
私はちゃんと自分の生活を、再建する。
布団のなかで強く思った。
そして明日は共有部分の掃除……特に台所を必ず発掘しようと心に決めた。
莉恵子は気遣いする人だから、何か食事を作っておいたら、気を使って食べてくれると思う。
それがたとえ、お腹がいっぱいの時でも。
だから変に作り置きはしないほうが良さそうね。
煮ものとか置いておいて、食べても良い状態にして、あまってたら次の日私が食べるようにしようかしら。
好きに食べても良い棚……とか作ればいいのかしらね。
考えながらウトウトし始めていたら、スマホがひかり、LINEが入った。
それは雨宮家にいる中学生の娘……結桜のママ友さんだった。
お義姉さんは、莉恵子と同じくらい仕事をしている人で、旦那さんと離婚して戻ってきた。
戻ってからは本当に仕事ひとすじで、学校関係の行事はすべて芽依に任されていた。
小学校の保護者会、プリントの提出、確認、卒業式にさえ芽依が行ったのだ。
だから結桜のことが気になり、近所に住むママ友にLINEしておいたのだ。
『離婚おつ。いやあ~~~、やっばいよ、雨宮家。玄関の真ん前にゴミ出しっぱなしにして、カラスに襲撃されてた(笑)』
『ちょっと……ちゃんとボックスにいれてないわけ?』
『カラスがたかってて、ホラーハウスみたいになってたよ。いやあ、ヤバいっしょ』
芽依はきたLINEを見てため息をついた。
このママ友は情報を集めるのが好きでママ友間で重宝されている人だった。
まあ自分の話も流されてしまうけど、事実なので仕方ないか……と思うほど情報が早い。
『お義母さんがやってるんじゃないの? 家事』
『いやあ、どうかな。ゴミ自体はお姉さんが出してた感じするけど。ほらスーツ姿でキリキリ歩く人』
『お義姉さんだわ。お義母さんはお義父さんの面倒みてるっぽい?』
『介護の車が迎えに来るようになったわよ。その時チラッと見る程度。よくわかんない。あ、結桜ちゃんねー、つらそうだよー、佐都子に聞いたけど学校無断で休んでるって』
ええ……?
そのLINEを見て芽依は身体を起こした。
学校では優等生として通っているはずの結桜が無断欠席などありえない。
ママ友にお礼を言って、LINEを終わらせて……結桜のLINE画面を見る。
やり取りを見直すと……当時は「もう文句ばっかり!」と思ったけど、今見るとやっぱり甘えてきている。
いつも『何時に帰ってくるの?』とか『結局明日の大会は見に来るわけ?!』とか……。
正直……完全に昔の自分を重ねていると思う。
親がこないなら、せめて私だけでも……そう思って見まもってきた。
小学校高学年という転校したくない時期にこっちにきて、一時期は荒れていた。
私が学校に行くようになり、ママ友ができて、そのママ友の子どもと仲良くなることで学校に行き始めたのだ。
卒業式で見た袴姿と笑顔が忘れられない。
やっと学校に行けるようになったのに、大人の都合で振り回して申し訳ない。
拓司とあの一家には絶対関わりたくない。
そう決めたけど、結桜は振り回されてるだけの被害者だ。
芽依は結桜の画面をずっと見て、ブロックを解除しようか悩んだ。
でも解除して何を送るの……? もう私はなにもできないのに。
わからなくて、でも辛くて、スマホを抱きかかえてそのまま眠った。
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