第3話 なつかれた?


「蘭上くん、カッコイイ~~!」

「蘭上くん、こっちみて~~~!」


 ライブで声をかけられるたびに、本当に俺のことを『カッコイイ』と思っているのか? ……と蘭上は思ってしまう。

 子どもの頃に「きもちわるい」と言われた記憶が、ずっと心を支配していて、素直に言葉が飲み込めない。


 自分が人と違うのだと気がついたのは、かなり小さな頃だったと思う。

 みんな外で遊んでいるのに、家から一歩も出ることを許されなかった。

 窓には特殊なフィルム、外は見えるが世界が銀色に歪んで見えた。

 みんなと外で遊びたい、俺だって……!

 母親の目を盗んで外に飛び出したら、数分で身体中が痒くなり、救急車で運ばれた。

 蘭上が悪いことをしたのに号泣して謝る母親を見て、自分が無茶をすると他の人たちが悲しむのだと悟った。

 

 成長と共に病気は軽くなり、ちゃんと皮膚を布で守っていれば普通に小学校には通えることになった。

 みんなと外で遊べる……! そうわかった時は嬉しくて、その日を指折り数えた。

 そして入学式の日。蘭上はワクワクしながら学校へ向かった。正直家から一歩出るのも楽しくて、すべてが楽しかった。

 おなじくらいの背丈のクラスメイト、窓からただ見ていた世界に自分がいる。やっと一緒に遊べるんだ!

 でもその夢は一瞬で打ち砕かれた。みんなが蘭上を見て笑うのだ。

 今考えればわかる。頭の先から足の先まで布に包まれてサングラスをしている小学生なんて恐怖そのものだろう。

 みんな蘭上を見て眉をひそめた。


「きもちわるい」

「なにあれ」

「とうめい人間じゃない?」

「なかに人がいるの?」


 尖った言葉でズタズタになった。

 入学式の日を最後に、蘭上は学校に行くのを止めた。


 不憫に思った両親が自宅で楽しめる環境を作ってくれて、作曲をはじめた。

 大人になり病気も治り、歌い手としてデビューすることができた。

 不登校からの人気歌い手という履歴は、おなじ辛い思いをしている子たちにとって救いになっているようで、それは蘭上も嬉しかった。

 おなじような環境の子から届くメッセージにはなるべく返信しているし、その子たちのために歌い続けたいと思っている。

 でも病気の後遺症で異常なほど白い肌、色素の薄い茶色の瞳……それを『カッコイイ』と評されるのも、特殊に扱われるのも蘭上は好きではなかった。 

 しかし事務所が容姿を利用して売り出しているのもわかっていたし、人前で歌い金銭を得る以上仕方ないことだと思っていた。


 でも、新曲を出すたびにプレゼンを聞いても、毎回楽しくないのだ。

 みんな蘭上のイメージ先行で考えてくる。

 仕方ないんだけど……今日も「なんでもいいや」という気持ちでプレゼンを聞いていた。

 宇宙人、生き残り、天使、悪魔……ひたすらおなじようなイメージだ。


「蘭上さんにパパになってほしいんです」


 その言葉に俺は目をぱちくりさせた。パパ? 俺が??

 なにを言っているのかと思ったが、企画の内容は面白かった。

 なにより大場さんというプロデューサーの『はたからみたら不幸でも幸せだったりする』という言葉は蘭上の心を摑んだ。

 蘭上の家族は、蘭上が病気で家にいる間は『幸せな家族』だったのに、病気が治って歌い手になった瞬間に両親はいがみ合って離婚したのだ。

 ずっと病気で不幸だったけど幸せだった。

 『はたからみると』今は病気で不幸じゃなくて、歌が自由に歌えて幸せなはずなのに、ひとりぼっちで誰の言葉も信じられない。 


 なにかをがんばりすぎてるのはわかるけど、なにをしすぎてるのか、もう自分ではわからない。

 大場さんならわかるのかな。


 ……知りたい、この人のことを。

 この人は正解を知っているのかも知れない。


「大場さんのにする。俺、パパしてみたい。俺、結婚するなら近づいたら爆発する人と、結婚したいんだ」


 自然と口に出た。

 この人と仕事してみたい。

『結局人なんて簡単に近づけない』と肌でわかっている人と仕事をしていたい。

 蘭上は大場莉恵子を見て思い、一歩踏み出した。







「連絡先、交換する」

「え……っと……」


 莉恵子の目の前……蘭上がLINEの登録画面を見せて止まっている。

 その目は真剣だ。

 当然だが有名アーティストの連絡先はトップシークレットで、喉から手が出るほど欲しい人も多い。

 もちろん莉恵子も欲しいけど……蘭上の個人的な連絡先は、どちらかと言うと要らない。

 社長と連絡が取れればそれで問題ないのだが……。

 

「大丈夫なんですか?」


 莉恵子は保護者に近い社長のほうを見て確認した。

 社長は


「ひえー、めずらしい。蘭上はね、めっちゃくそ怖がりの犬みたいな性格だから、自分から連絡先を出すなんて超めずらしいんだよ。それに大場さんなら安心、超大人。なにか蘭上向きの仕事あったら、持ってきてよ」

「いやいやいや、蘭上さんなんて仕事山ほどあるじゃないですか」

「難しいんだよ~~。なんか過去の蘭上を見ている企画ばっかりで面白くない。その点、大場さんの今回の企画は本当に良かったよ。面白い」

「たはは」


 もう莉恵子は苦笑するしかない。

 すいません……これTPAPAさん用の企画だったんです……まあ結果オーライだ。

 そして同時に、莉恵子を睨んでいた紅音の表情を思い出す。

 

 いつから嫌われていたのか……まったく気がつかなかった。

 エレベーターで会った時の笑顔は演技だったの? それとも憎悪じゃなくて負けたことが悔しいだけ?

 実は今日のプレゼンを楽しみにしていたのには理由があった。

 莉恵子は紅音の作り出す世界が本当に好きで、他社でしている仕事もチェックしているんだけど……先月別の会社に出してたものも『ぜんぜん紅音っぽくなかった』のだ。

 良い意味で派手、パンチがある。でも個性が消えていた。

 『よくあるツギハギだらけのもの』になっていたのだ。

 そのコンペは紅音が勝ってたけど……それでいいのだろうか。

 もう紅音の独自の世界は見られないのだろうか……。


「連絡先」


 考え事の渦に飲み込まれていたら、再び蘭上が莉恵子の目の前にいた。

 キラキラフェイスすぎて、一瞬どこかファンタジーの国に迷い込んだのかと思ってしまうが慌てて現世に戻る。


「はい、すいません。これちょっと写真がフザけてるんですけど……これで」


 莉恵子は蘭上と連絡先を交換した。

 蘭上は莉恵子のプロフィール写真を見て「??」と顔をあげた。

 莉恵子のLINEのプロフィール写真はかなりリアルな鳩の被り物をしてラーメンを食べている外人の写真なのだ。


「なんで?」


 蘭上はじーっと莉恵子の顔を見たまま言う。


「プロフィールにずっとこの写真を使ってたら変えられなくなっちゃって、他では落ち着かないんです」

「なんで?」 


 蘭上は一言一句雰囲気も変えずに聞き返してくる。

 莉恵子は開き直って答える。


「面白くないですか? 鳩とラーメン。一度やったらわりと良かったですよ」

「やったの?!」


 横で聞いていた社長が爆笑する。

 これってどうなのかな……と思って、鳩を取り寄せてかぶって食べてみたのだ。

 鳩の羽が邪魔だったけど、髪の毛が落ちてこなくて快適ではあった。

 横にいた葛西がスマホを出して、その時撮った写真を蘭上と社長に見せる。


「これです。もう社内爆笑でしたよ。徹夜明けにスーツ着てラーメン食べる鳩です」

「あっ、こら!!」


 莉恵子は葛西のスマホ画面を隠した。

 実はこれ……葛西が彼女にふられてめっちゃ落ち込んでいた時に、元気付けようとしたネタだったのだ。

 仕事を鬼のように頼んでふられたのは間違いなくて、それを莉恵子は悪いなあと思っていた。

 こうして今も笑ってくれるので、良かったと思う。しかし写真を外で見せるんじゃない!

 蘭上はそれを見て口を開いた。


「ください、その写真」

「蘭上さん?!」


 莉恵子は脳天から変な声を出した。葛西は「わかりました!」と即転送した。

 なんでだよ、ギャグ写真を有名歌い手に転送するなよ。莉恵子は葛西を睨むが、なんなら社長も参加して楽しそうだ。

 ……諦めた。蘭上は無表情でその写真を見つめて顔をあげた。


「ラーメンが食べたいです」

「え?! 蘭上飯食うの?! 行こう行こう!」


 社長が嬉しそうに横で声をあげる。

 蘭上は静かに首を振った。


「大場さんと」

「あーーー。すいません、私この先も打ち合わせがみっちり詰まってまして」

「そう……」

 

 蘭上は目に見えて落ち込んだ。

 莉恵子は一歩前に出て蘭上の目を見て口を開く。


「なにか話があるんですね? わかりました。話に間に合えば良いのですが、来週なら大丈夫ですよ」


 そう言うと蘭上の顔が今まで見たことがないほどハッ……とした。

 どうやら正解だったようだ。


「じゃあ来週。俺はどこでもいい」

「どこでもよくなーい! ぜんぜんよくなーい。仕事めっちゃあーる」


 社長が後ろで叫ぶので、スケジュールを調整しながら莉恵子と蘭上はその場で食事の約束をした。

 

「葛西も一緒でいいですか?」

「ううん……? いいけど……」

「おじゃましまーす!」


 葛西もその輪に加わった。基本的に若いクリエイターとふたりで食事に行くのは避けている。

 それを見て社長が嬉しそうに口を開く。


「最近蘭上食欲なくて困ってたんだよ」

「食事は誰かとしたほうが進みますから」


 莉恵子はにっこりほほ笑んだ。

 直接誘われたら断らない。これは莉恵子のポリシーだ。


 とりあえず挨拶を終えて会社を飛び出した。

 にこやかに対応していたが、TPAPAさんへのプレゼン準備がまったく間に合わない。

 ふたりで一番近くにあるルノアールに飛び込んだ。

 そして一生懸命考えてプレゼンに挑んだが、二番手のネタではTPAPAさんは渋い顔しかしてくれず、来週再プレゼンになった。

 ああ……どこまでも仕事が続いていく……。

 ヨタヨタと電車に乗った莉恵子のスマホにポン……と通知が入った。

 それは大好きな親友、雨宮芽依あまみやめいからだった。





 


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