第2話 結果
もう紅音のプレゼンを聞くのはやめた。
こんなことをして楽しいのだろうか。根っこを考えるのが楽しいのに……ああ、もう集中だ!
莉恵子は自分の頭をコツン……と拳で叩いた。
葛西が膝にノートパソコンを乗せて、カタカタ打ちながら顔を寄せてくる。
「(大丈夫ですか? こっちはなんとかなりそうです。名前変えてるだけですけど)」
「(大丈夫)」
莉恵子は次のTPAPAさんのために準備していた資料を開く。
蘭上用に……と視点を変えてみると、このままだと明るすぎる。
今までの没データで何か足せないだろうか。演出家たちが出したアイデアファイルに全て目を通す。
没にしたけど、面白い設定はたくさんあるのだ。ただ暗かったり、合わないだけで。
そういうものは全て別ファイルに取ってある。それを見ながら新たに組みあげていく。
しかし半年かけて準備してきたものを突然切り替えるのは容易ではない。
でも、ここで諦めたくない。
莉恵子はペン入れから耳栓を取り出して、音を遮断。自分の世界に籠もった。
順番はまだ先だ。まだ三十分以上あるから、考えられるはず。
途中で葛西が「(変えられそうな所は変更しました。あと使えそうなアイデアもチェックしました)」とデータを転送してきた。
プレゼンがパソコンを直で巨大モニターにうつしてするタイプで良かった。
ちょっと前まではプリントアウトした紙を持参していたのだ。
その状態だったら、この方法は使えなかった。
葛西が直したものを見ながら最終プランを脳内でくみ上げる。
絵だけ使って、設定はこっちのものを、これとこれを足して……行ける。なんとかなる、なんとかする。
莉恵子はプレゼン内容を何度も心の中でかみ砕いて決め込んでいった。
「では次……GGプロダクションの大場さんお願いします」
「……はい!!」
集中している間に三十分以上経過していた。
でもなんとかできた。
顔を上げると、人の間から莉恵子をまっすぐに見ている紅音と目が合った。
悪魔のようは表情をしていると思ったら『普通に笑顔だった』。
莉恵子のプレゼンを楽しみにしている……ほんとうにそういう顔だったのだ。
要するに、アイデアの根っこをパクったことを悪いと思っていないのだ。
マジか。茫然とした。
同時にその事実が、莉恵子に完全に火をつけた。
パソコンを持って前に出る。足元がふわふわして耳から入っている音が遠く聞こえる。
プレゼンでこんなに緊張したのは久しぶりで息が苦しい。
でも、とケーブルをつなげて息を吐く。大丈夫、なんとかする。
「今までの皆さんのプレゼン……素晴らしいものばかりで聞いているだけで楽しいです。しかし蘭上さん……今まで通りのイメージでご満足ですか?」
「お。大場ちゃん、楽しそうな言葉だね。おじさんワクワクしちゃう」
何度か仕事をしたことがある社長がうれしそうにほほ笑んだ。
社長の横で蘭上はチラリと莉恵子を見た。
蘭上は年齢不詳だが、たぶんまだ二十代前半。病気で不登校が長く、ずっと家で作曲をしていた。
自分が人とは違うことをテーマに曲を作り続けて十年……時代はネットでそれを発表できるようになり、時を同じくして病気の特効薬が開発された。
その頃にはネットで有名人になっていた蘭上は、病気を治してデビュー、現在中高生の間で絶大な人気を誇る。
病気のイメージゆえ、プロモーションビデオも天使や悪魔、それに死が付きまとうものが多い。
実際莉恵子たちが最初に考えていたのも、宇宙の学校にひとりで佇む人間最後の生き残りだったのだ。
もうそれは使えない。もうこのネタを使うしかない。
「蘭上さんにパパになってもらうという企画です」
「う~~ん?」
『パパ』というありふれたイメージにワードに社長は興味を失う。
莉恵子はモニターの画面表示ボタンを押す。
「ただのパパではありません。この世界は水属性の人間と、火属性の人間がいて、絶対に触れ合えない二人が結婚しているという設定なのです」
「へえ。普通じゃなかった。面白いじゃん。それで?」
画面に表示された絵に社長は興味を持った。
相変わらず蘭上は動かない。
「持論なのですが、人は無駄に幸せになろうとすると死にたくなる気がするんです。結婚も同じで最良の形はそれぞれ違う。はたから見たら不幸でも幸せだったりする。それでも『ひな形通りの幸せ』を願うから、人は不幸になってしまう。それが裏テーマです。この人たちは一見普通の夫婦なのですが、触れ合うと激しい反応を起こして、爆発してしまうんです。これはCGで作ったサンプルの爆発ですが、普通の爆発ではなく、パステルカラーを用いたかわいいものにしています。それが二人が触れ合うと爆発する。だから二人は料理をして分かりあうことにしたんです」
触れ合うと爆発してしまう二人だけど、お互いの身体を使うと美味しい料理が作れることに気が付く。
そして距離を保って、同じものを食べて、一緒に暮らす。
食事をするときは距離を取り、長さ1mほどの枝の長いスプーンにいれて、口に運んであげる。
そして二人はどうしようもない笑顔を見せる。
子どもにも料理を口に運んであげる。子どもは両方の属性を持っていて、親子三人とも触れ合うことはできない。
でも離れても一緒で、美味しいものを一緒に食べて、幸せなのだ。
無駄に幸せになろうとしてないから、幸せなのだ。
これ、前半の火属性と水属性で結婚……まではTPAPAさんという料理研究家さんのために考えたネタだ。
TPAPAさんは、子ども向けの料理本を執筆していて、それに同封する絵本のような映像をプレゼンしてほしいと言われていた。
属性が違う=違う性格の子どもでも、一緒に遊ぼうよ! という道徳的な観念を入れ込んでいる。しかしそこに即興で闇を足した。
基本がパパなのは、もう仕方ない。
だってTPAPA(ティーパパ)なんだもん、リアルパパさんなんだもん!
それが蘭上とは違うこと分かってるけど、もうこれしかなかった。
蘭上は全く動かない。そりゃそうだ。
二十代前半で今まで一本だってパパのイメージで作ったビデオなんてないのだから。
とりあえずプレゼンを終えて、莉恵子は席に戻った。
横に座っている葛西が興奮しながら言う。
「(莉恵子さん、マジ神です。蘭上さんに準備した企画っぽく見えました!)」
「(セーフ? てか、ありがとね、追加してくれた部分、使えたよ)」
莉恵子がそう言うと葛西はパアアとうれしそうな笑顔を見せた。
四年間一緒に仕事してるけど、葛西がいなかったら無理だったプロジェクトも多い。正直助かる。
背中が汗びっしょりで、胸元の服を引っ張って風を送った。
全員のプレゼンが終わり、社長が総括に入る。
ここでどの企画にするか決まることはない。
毎回一週間以上待たされて結果が出る。逆に言えばそれまで休めるのだ。
というか、三時間後にTPAPAさんのプレゼンがあるので、何か手持ちのものででっちあげる必要がある。
さすがに宇宙天使をTPAPAさんにプレゼンできない。逆に紅音のものをパクったことになってしまう。
どうしよっかね……目を合わせて苦笑していると、前方の席でトン……と蘭上が立ち上がった。
総括を終わらせようとしていた社長が驚いて話を止める。
蘭上が口を開く。
「大場さんのにする。俺、パパしてみたい。俺、結婚するなら近づいたら爆発する人と、結婚したいんだ」
?!?!
蘭上が莉恵子をまっすぐに見て言った。
まわりの人たちも一斉に莉恵子を見る。
え? 蘭上さんが、即決した?!
今まで四回ほどプレゼンしてきたけど、こんなのは初めてだった。
莉恵子は膝の乗せていたパソコンを落としそうになった。それを横にいた葛西が支える。
蘭上の隣に立っていた社長が「おお~」と拍手をする。
「そうか! 蘭上がそう言うなら、良いと思うよ。俺もこの中では一番面白いと思った」
社長はうれしそうに蘭上の肩を叩いて、莉恵子に向かって拍手してくれた。
プレゼンに来ていた人たちも拍手をしてくれる。
どんどん大きくなっていく拍手と、横にいる葛西の涙目で実感が湧いてきた。
うれしい、私、勝ったの……?!
良かった、このプレゼン取れたのは、めちゃくちゃ大きい。間違いなく今期最大の金額が動く。
プレゼンした他社の人たちが口々に言う。
「さすが大場さん、聞いた時に負けたと思った」
「出来上がるのを楽しみにしてるね」
「蘭上さんにパパか。それは出す勇気なかったな」
「設定が生きてるわ」
まわりの声に「ありがとうございます」と莉恵子は頭を下げた。
正直絶対欲しいプロジェクトだったので紅音にパクられた瞬間、一緒に頑張ってきたスタッフの顔が浮かんで泣きそうになっていた。
勝った、うれしい……!!
勝者の喜びと共に、莉恵子はただ安堵した。
そして背中に刺すような視線を感じた……ふり向くとそこには紅音がいた。
さっきまでの微笑は消えていて、恐ろしいほど分かりやすい『憎悪の表情』を見せている。
ねえ、どうして……?
莉恵子は自然と紅音に向かって歩き出した。
すると前方にいる社長から声をかけられた。
「大場さん、次の打ち合わせの予約させて」
「あ、はい!」
ふり向いてもう一度紅音を見ると、もうその場所にはいなかった。
莉恵子は胸元の服をギュッ……と握った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます