無駄に幸せになるのをやめて、こたつでアイス食べます

コイル@委員長彼女③6/7に発売されます

第1話 突然の裏切り


「なんとか間にあったね……ああ……朝日が目にしみる」


 大場莉恵子おおばりえこはビルの隙間から攻撃してくる朝日に目を細めた。

 今日で徹夜三日目、もう限界だった。


 莉恵子は小さな映像会社でプロデューサーとして働いている。

 プロデューサーというと聞こえが良いが、ただの雑用係だ。

 プレゼン、人集め、内容決定、スケジュール管理にスタッフの愚痴聞き……人が足りないなら現場でマイクを持ったりする。

 今日は大きなプロジェクトのプレゼン日で、半年以上必死に準備をしてきた。

 莉恵子は朝日に殺されないようになるべく日陰を選びながら歩く。

 四つ後輩の葛西真吾かさいしんごも莉恵子のうしろを歩きながら嘆いた。


「やばい、本当に目がショボショボします」


 葛西はサブリーダーで、莉恵子と同じくらい徹夜して準備をしていた。

 それも今日で終わり……終わったら早く帰ろう……とふたりで日陰を歩きながら言い続けた。

 莉恵子はリュックを「よいしょ」と背負って口を開く。

 

「でも紅音あかねに会えるし、プレゼンも楽しみだなあ」

「あー、確かに。ずっと一緒の会社だったから、同じ仕事にプレゼンするの初めてですよね」

「そうそう、やめちゃったのは淋しいけど、こういうのは楽しいよね」


 同期だった細島紅音ほそじまあかねが会社を退職、超大手のCONTV(コンティービー)映像部に転職した。

 うちは超弱小映像会社なので、CONTVみたいな超大手に行くのはすごいことだ。

 紅音は絵描きで、莉恵子は彼女が作り出す独自の世界が大好きだった。

 入社して八年一緒にがんばってきたので「辞める」と聞いたときはショックだったけど、紅音の能力なら当然だ! と思った。

 莉恵子自身は絵も描けず、コンテも考えられないので、その辺りをできる人たちはみんな尊敬している。


 今日は有名アーティスト……蘭上らんじょうのプロモーションビデオのプレゼンだ。

 十人ほどのスタッフを集めてひたすらアイデアを出し、気分屋の演出家にコンテを書かせて、気を抜くと温泉に逃げていくアーティストを追いかけてイメージボードを書かせて……もう疲れ果てた。

 仕事が一本だけならまだ何とかなったけど、全く同日にもう一本同じような映像提案のプレゼンがあり、それが大変だった。

 最後にはどっちの何の仕事をしているのか、分からなくなった。

 そんな日々も今日で一回終わり。

 砂になる~~と言いながら葛西と打ち合わせの会社に向かった。

 到着すると、後ろから声をかけられた。


「莉恵子!」

「紅音~~~!」


 振り向くと、細島紅音が居た。

 会社にいた頃と同じスッキリとしたスーツを着ていて美しい。

 莉恵子はプロデューサーという立場なのに油断すると十年着ているパーカーで打ち合わせに来てしまう。

 紅音は高そうな革のカバンを肩にかけながら笑顔になった。


「今日は頑張ろうね」

「紅音のプレゼン楽しみにしてるから!」

「私も莉恵子と葛西くんのプレゼン楽しみにしてる!」

 

 莉恵子たちは近況報告をしながら一緒にエレベーターに乗り込んだ。

 友達が仕事仲間でライバルって、わりと楽しい!





「本日はおつかれさまです。さっそくプレゼンのほうを始めていきたいと思います」


 プレゼンのために通された会議室はビルの最上階で、めちゃくちゃ景色が良い。

 最近この事務所に所属している歌い手さんたちは、みんな売れていて、金に糸目をつけずに仕事を発注させてくれるので楽しい。

 配られた参加者一覧を見ると他にも10社くらいがプレゼンに来ている。

 有名映像作家や、ネットで名前を見た事がある作家さんや、漫画家さんもいる。

 勢いがある会社は違うなあ……莉恵子は「ほへー」と思った。

 発表順は一覧表に書いてある順番だ。

 お、一番がCONTV……紅音で……莉恵子たちは最後から二番目だった。


 普通のプレゼンはシークレットで行われることが多いが、この会社はネット発ということもあって、すべてのコンペがオープンにされている。

 他の人のプレゼンはネットで中継されて人気投票で決められているのを見た事がある。

 配信を見て貰ってなんぼだから、理解はできる。

 今日は配信はされてないが、社長の横をみると、アーティストの蘭上らんじょうが居るのが見える。

 いつも通り抜け殻のような雰囲気で座っている。あの人が歌った瞬間に爆発的なイメージを見えるからすごいよなあ。

 莉恵子がそんなことを考えている間に、紅音のプレゼンが始まった。


「CONTVの細島です。プレゼンを始めさせていただきます」

「よろしくお願いします」


 こういった大規模なプレゼンの場合、一番手はわりとフリだ。人間の記憶はどうしても新しく入ってきたものを新鮮に覚えているので、一番手の印象はかすみやすい。

 順番一覧を見て一番だと「もうちょっとインパクトを足すか」と思う程度には難しい。

 紅音はクッ……と顔を上げてプレゼンを始めた。


「では、プレゼンさせて頂きます。テーマは『光と影』です」


 それを聞いた瞬間、莉恵子と隣の席にいた葛西は同時に顔を上げた。

 そして表示されたモニターを見る。そこには莉恵子たちが考えてきたものと『同じアイデアの絵』が表示されていた。

 いや、正確には違うのだ。ただ、設定がまるごと同じだった。



 企画をパクられた。



 一瞬で理解して心臓が大きくドクンと跳ねた。

 心臓が喉元から飛び出しそうなほど、ドクドク……と音を立て始める。

 紅音はモニターに映像を表示させながら語る。


「蘭上さんのイメージは現時点で儚さにあると思います。儚くて白にでも黒にでもなれるのに、つねに中間……グレーそれが蘭上さんのイメージです」


 ドク……ドク……と心臓が痛むほど脈うつ。

 トークの内容もよく似ている。


「こちらをご覧ください。撮影場所にイメージは宇宙にある学校。白のみでデザインされた教室の外に宇宙が見えます」


 デザインこそ違うが、テーマも設定も全く同じだ。

 要するに企画の根っこをパクられている。

 これは……パクられたと騒いでも勝てないヤツ。

 どのタイミングで……いや、企画の根っこを考えたのはかなり前だ。

 紅音がまだ居た時期かもしれない。それでも社内で動いていた企画のアイデアをパクるのは当然だけど犯罪。

 宇宙に浮く宇宙船の学校……それに宇宙服を制服にしたイメージ、それに船外活動……それはすべて莉恵子たちの班が考えたものだった。


 なによりたちが悪いのは、アイデアの根底が同じで、もっと豪華に、お金をかけて作ってあることだった。


 うちの会社では到底作れないような豪華なサンプル映像。

 これを作るだけで数百万かかるだろう……莉恵子は即計算できた。


 横にいる葛西を見ると、同じように真っ青になっていた。

 莉恵子は手を伸ばして、葛西の腕をギュッ……と握る。

 葛西がハッ……と顔を上げて、莉恵子のほうに顔を寄せてくる。


「(こんなことされてたなんて……全く気が付いてませんでした。本当にすいません!!)」

 

 その表情は半分泣いている。莉恵子が気が付かなかったのだ、後輩が気が付けるはずがない。

 葛西の耳もとに口を寄せて早口で指示を出す。


「(次のTPAPAさんに出す予定だった企画とひっくり返す。イメージに合わないのは分かってるけど、口八丁でなんとかする。名前だけ書き換えて。内容は今から考える)」

「(?! 本気ですか?! 全然系統が違いますけど)」

「(なんとかする)」


 莉恵子はそう言って紅音を睨んだ。

 ここで引き下がったら、パクられて負けじゃないか。

 そんなの絶対に許せない。

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