第17話 緊迫

「さぁ、えり。行きましょうね」


 朱夏はえりの格好をした連覇に話しかける。


「う、うん」


 思わず返事をする連覇に朱夏が小声で注意する。


(えりは喋れません。声を出さないでくださいね)

「……(コクコク)」


 慌てて連覇はうなずいた。


「あそこへ座りましょう」


 連覇はなるべく静かにパイプ椅子に座った。

 髪質に違いはあれど、数メートル先にいるだろう敵には違いは判らないだろう。

 万が一正面から覗かれても五芒星レッドのお面が顔を隠してくれる。


(いいですか? このまま、お父様の話をじっと聞いているのです。10分くらい動かないでいてください。わたくし、そろそろ行きますね。)


 連覇は静かにうなずいた。

 その様子を確認した朱夏はパイプ椅子から立ち上がる。


「わたくし、飲み物でも買ってまいりますね」


 犯人を意識してできるだけ大きな声で言うと、屋台へと見せかけて駅のホームへと歩き出した。


 ◇◇


 ところ変わって、海馬と鷲一。

 二人はただひたすらに駅へ向かっていた。


「……」

「……」


 海馬と鷲一は移動中一言もしゃべらない。

 緊迫した空気が流れている。

 手には海馬の買ってきたものが袋いっぱいに入っている。


 急ぎ足の二人はすぐ、駅に到着した。


 駅付近は被害者が少ないらしく、祭りだというのに人はまばらだ。

 現実では存在するはずの人々はきっと、泡となって消えたのだろう。

 これはとても好都合な事だった。


「トイレへ」

「ああ」


 短いやり取りで合図する。

 鷲一はトイレの中へ入り、海馬は表で待つ。

 すぐに鷲一は出てきた。


「誰かいたか?」

「いないな」

「よし。始めよう。鷲一は誰も入らないように見ていてくれ」


 今度は海馬がトイレに入る。

 駅のトイレは至って普通のトイレだ。

 海馬は天井をチラッと確認する。

 そこには見慣れた丸い物が赤い光を放っていた。


「よし。あるな」


 海馬はそれがある事を確認すると、袋から中身を広げる。

 トイレいっぱいに広げられたそれは、花火や爆竹だった。

 予め袋から出された買えるだけの花火は床一面を埋め尽くす。


「おい。まだか?」


 鷲一が待ちきれずに顔を覗かせた。


「今終わった所さ。点火すると一瞬で火災報知機が鳴る」


 海馬はさっき天井にあるのを確認した丸くて赤いランプが点灯してるそれを指差した。


「あぁ、あれ火災報知器だったのか」


 鷲一が呑気な声を出す。

 海馬は最後にライターをとりだす。


「いくぞ!」


 海馬はライターで花火に数本点火して床一面に引いてある花火の山に投げ捨てた。



「走れ!」



 海馬がそう言うのが先か、火災報知器がけたたましい音で鳴り響いたのが先か、花火や爆竹が凄い音を立てながら燃え移るのが先か。

 兎にも角にも、酷い騒音と煙が一気に湧き起こった。


「火事だ!!」


 鷲一が叫ぶ。


「逃げろ!!! 駅で火事だ!!!」


 駅に行る少数にトイレから煙が上がって居るのを見せつける。


「本当だ! 火事だわ!」


 駅にいた女性が叫んだ。


「消防車を呼ぶんだ! あと、消火器を!」


 駅員さんはマニュアル通りに動く。


「所長! 消火器がありません!」

「なんだと!!?」


 駅に設置されて居る消火器は隠されていた。

 その声を聞きながら急ぎ足でステージに戻る朱夏の姿があった。


(こ、こんな事は夢だから……夢だからです!!)


 罪悪感にかられながら大きなトートバックに消火器を隠して朱夏は早歩きでその場を去った。

 海馬は朱夏が駅をさる後ろ姿を見送くる。


(よし! 順調だね。……後は頼んだよ!)


「おい」

「ああ」


 消火器がない事で本格的にトイレに火が付いたようだ。

 2人は軽く合図すると二手に分かれた。


『特設ステージ後ろ側にいる人に火事があったことを騒いで伝えるんだ』

『前俺が騒いだ時はあいつら動かなかったぞ……大丈夫か?」

『いや、人を避難させる必要はない』

『……わかった』


「……すぅ……」


 自分に言い渡された役割を果たすために、鷲一は大きく息を吸う。


「火事だ!!! おい、あっちで火がすげぇ燃えてるぞ!!」


 もうすぐヒーローショーが始まる時間。

 特設ステージに向かう人々はちょうど駅の正面を横切る。

 いいタイミングで事が進む。


「うわ!! 本当だ!!!」

「あっちで火が燃えてるよ!!」

「消防車は!?」

「駅員がバケツに水を汲んでたぞ!!」

「消火器はどうしたの!?」

「すごい火の手だ!! これは大火事になるかもしれない!」

「やっべ! 写真撮っとこ」

「ねぇ、パパ! すごいよ! 火だ!!」

「煙が……。げほげほ!!」

「え、これ、逃げた方が良くない?」

「うん、ちょっとやばいよね。そこに屋台あるし、引火したら爆発するかな……!?」


 おもいおもいの発言が飛び交う。

 思った以上の反応に鷲一は思わずニヤッと笑った。


 ◇◇


『実際に火を目の当たりにした後、本当に動くべき人が避難指示をすれば、人は動く』

『動くべき人……。つまり、お父様……ですね?』

『そうだ。朱夏ちゃんは消火器を隠したら、本ステージへ戻るんだ。おじさんに、火事について伝える。これは娘である朱夏ちゃんが一番適役だ。その頃には火災報知器が反応しているはずだ』

『……はい』


 海馬の言ったことを頭で反復しながら朱夏は本ステージの父親に一直線に走った。


「お父様!!!」


 本ステージにもけたたましいサイレンの音が届いていた。


「朱夏、これはどう言う事だ?」


 町長の挨拶の真っ最中だった朱夏のお父さんも異様な雰囲気を察知していた。

 ステージまで走り寄ってきた娘に状況説明を促す。


「駅の中で大火事が起こっています! 早くみなさまを避難させてください!!」

「駅のどのあたりかわかるか?」

「入り口付近です。私が通りかかった時、すでに火が見えていました」

「なんだと!? あの辺りは屋台が近い……わかった。直ぐに手を打とう」


 町長は柔軟な人だった。

 マイクを手に取るとすぐさまこう言ったのだ。



【緊急連絡、緊急連絡です。スタッフは速やかに住民を駅の敷地内から非難をさせてください。繰り返し連絡いたします……】



 結論から言うと、この日、海馬が立てた作戦は大成功に終わった。

 その後、町長の指示によりお祭りのスタッフが駅の敷地内から人々を避難させたのだ。

 それにより、電車が突っ込んでくる頃には駅の敷地内にいた人々は居なかった。


 いつもの雑居ビルに戻ったみんなはその様子を見守った。


「……やったな」


 鷲一が静かに言った。


「やったね!」


 心琴もにっこりと笑った。


「連覇、エリちゃんを守れたかな?」

「きっとこれで守れるさ!」


 海馬が連覇のあたまをくちゃくちゃ撫でた。


「……安心しました」


 今回一番大変だった朱夏は安堵の声を漏らす。


「さて、これで現実世界がどう変わるか、だね」

「夢がもうじき終わります」

「また、明日放課後に駅の前で集まろうな」

「了解だよ!」

「ああ」


 こうして、作戦が大成功に終わりみんなが笑顔で夢が幕を閉じた。

 誰一人、犯してしまった過ちに気づいていないとも知らずに……。

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