第13話 少年と母親

今日もまた、朝が来る。

 同じ部屋にいる妹は今日もまたジャージ姿だ。


「あ、お姉ちゃんおはよう!」


 こちらに気が付いて挨拶をしてくれる。


「ん、おはよ」


 一方、心琴は元気のない挨拶を返してしまう。


「もう、どうしたの? 最近変だよ?」


 妹を心配させまいと心琴は笑顔を作る。


「ううん。なんでもないんだ」

「あ!! わかった!!」

「え!? 何を!?」


 突然大声を出す妹にびっくりした。まさか妹も同じ夢を見ているのではないだろうかと心配するが、妹はにやにやしている。


「お姉ちゃん……恋でしょぉ!!!」

「はぁ!?」


 突拍子もない推測に驚きを隠せなかった。


「いやいや! 当然だよね! 高校生だもんねー!」


 何の根拠もないのにはやし立ててくる妹に半分呆れる。


「もう、さっさと部活行けばいいじゃん」

「あはは! 図星でしょ!」


 まだ笑ってくる妹に心琴は枕を投げつけた。枕は妹に当たらずにドアにぶつかってボフンと床に落ちる。その枕を踏みつけて、妹はさらにニヤニヤとするので流石に腹が立って大声を出した。


「さっさと行けー!!!」

「あははは!!! 行ってきまーす!!」


 今日も今日とて元気に妹は部屋を出て行った。


 ―ペポン


 するとタイミングよくLIVEの通知がなる。

【シー・ホース:おはよう、諸君!】

【KOKOTO:海馬さんおはよう。】


 心琴はささっと返事を返す。


【鷲一:なんだ? こんな朝早くに……まだ5時じゃねぇか】


 鷲一はきっと音声入力なのだろう。文面が会話の時と同じで少し面白い。


【シー・ホース:今日の放課後、駅の広場に全員で集合したい。朱夏には俺から話をしておく】


 海馬からの呼び出しだった。

 昨日の夢のこともあるし、少しゆっくりと話をする時間が欲しいと思っていたところだった。


【KOKOTO:了解だよ。】


 心琴はすんなりOKを出した。特に用事もないし、夢の事以上に重大な事はないからだ。


【鷲一:お前ひとりで大丈夫か?】

【シー・ホース:少なくとも君達よりは言葉を選べると思っているよ。】

【鷲一:ああ、そうですか!ったく】


 心琴はこのやり取りを少しほほ笑んでみていた。


(この二人、なんだかんだで仲が良くなってきたかも)


 スマホの文字を優しくなぞる。


【シー・ホース:じゃ、また夕方に会おう】

【KOKOTO:はーい。】

【鷲一:じゃな】


 こうして朝の会話は終わった。


(そういえば連覇君から返事来なかったな。朝早かったからかな?)


 心琴は少し不思議には感じたものの、そう一人で納得して朝の支度を始めるのだった。



 ◇◇


 時は変わって放課後、心琴が駅の広場に行くとすでに海馬と鷲一がいた。

 けれども何やらいつもと様子が違う。

 海馬たちは見知らぬ人と口論しているのだ。


「え!? ……何があったの!?」


 慌てて、近づいてみると……見知らぬ人は30台前後の女性だった。


「あなたたちですわね……うちの連覇に変なことを吹き込んでいるのは!!!」


 そして、その女性の足元には小さく縮こまった連覇が立っていた。


「連覇が電車は事故るとか言って乗りたがらなくなりました。あなたたちのせいですね!?」

 対するは海馬と鷲一。


(げ……。面倒なことになってる……。)


 一瞬でやばい状況を察知する心琴だった。


「なんだよ、おばさん。俺たちは何も吹き込んだりしてねぇっつの!」

「お、おばさん!?」


 鷲一は早速言ってはいけないワードを口走る。


「鷲一、だめだよ。レディーに向かっておばさんとは」


 鷲一の口の悪さが事を悪化しかねないと思った海馬がせめてものフォローを入れる。


「ごめん、お兄ちゃんたち……LIVEの画面が朝早くに鳴ったから怒られちゃって……」

「おい、てめぇのせいじゃねぇかこのアホ海馬」

「僕のせいか……!?」


 この事態に陥ったのは海馬が早朝にチームにメッセージ入れてきた事が原因だったようだ。

 きっと早朝5時に息子に貸していたスマホがペポン、ペポンと鳴りやまなかったのだろう。

 そんな常識しらずの輩と自分の大事な息子が待ち合わせをしていたら……。


「連覇、もうこんな非常識な人たちと関わるのはやめなさい」


 となるのは必然の事だったのかもしれない。


「い、いやだよ! お兄ちゃんたちはいい人だよ!?」


 連覇が賢明に弁明するも聞いてはもらえなかった。


「小学校にお友達なんてたくさんいるじゃない!!」

「小学校に友達なんていないよ!! 誰も僕となんて話をしてくれないんだ」


 連覇は少し下を向いてしまう。けれども、連覇ママの勢いも止まることは無かった。


「だからって、こんなチンピラたちと友達になる必要はないはずよ!?」

「お兄ちゃんたちはチンピラなんかじゃないよ!」

「金髪でアロハシャツでサングラス。どこをどう見てもチンピラよ」


 連覇ママは海馬を指さす。


「おい、やっぱりお前のせいじゃないかアホ海馬」

「僕のせいなのか!?」


 自分のファッションが思った以上に悪影響で海馬はショックを隠し切れない様子で固まった。

 効果音をつけるとするならば『ガーン』と言ったところだろう。そんな様子を少し離れた所から見ていた心琴はどうすることも出来ないまま、この修羅場に入るに入れなくて立ち往生してしまっている。


 その時、心琴の脇からすっと人が通り抜ける。


 それは、われらが生徒会長、朱夏だった。


 朱夏に手をつかまれ心琴も一緒に歩き出す。心琴は急に手を引っ張られて顔をこわばわせたまま連覇のママをチラリとみると、頭から湯気が出そうな程怒っていた。



 けれども、朱夏は臆することなく凛とした姿勢をくずさずに、海馬と鷲一を遮るようにして連覇ママの正面に立った。



「奥様、ご挨拶が遅れまして大変申し訳ありません」


 とても優雅で洗練された動きで頭を下げる。

 上品な女の子の出現に連覇ママは少し驚いた。


「連覇君にはいつも大変お世話になっております。わたくし、早乙女朱夏と申します。以後お見知りおきを」

「え、ええ。連覇の母です。どうも」

「あ! お姉ちゃんたち!」


 いきなりきちんとした挨拶をされた連覇ママは困惑しているようだった。

 そんな連覇ママに朱夏はきりりとした表情で淡々と続ける。


「実は……わたくし、今年の星祭りの役員でして、催し物に困っていた際、先日たまたまこの駅でお会いしたのが連覇君でした。連覇君には戦隊シリーズ「五芒星レンジャー」について伺いました。おかげで、今年は特設ステージにて「五芒星レンジャーショー」を開催します。ご協力、誠に感謝いたします」


 朱夏はさらりと嘘を言ってのけた。

 昨日の夢ではほとんど連覇と話をしていないので、ほぼ知らない男の子のはずだった。

 それなのに、状況や発言だけで推測していかに事態を収束するかを考えた結果の嘘なのだろう。


「へ? そ、そうなの? 連覇?」

「うん! お姉ちゃん達いっぱい連覇の話を聞いてくれたの」


 連覇も空気が読める小学生だった。朱夏の目配せに気が付き話を合わせてくれる。


「そう……。でも、そういう事は他の子でもできるわよね。連覇である必要は……」


「はい。ほかの方々からもご意見をたくさんいただいております。ですが、連覇君の五芒星レッドへの愛は他の誰にも負けておりません」

「それに、お話をされている時の連覇君は本当に楽しそうでした」


 心琴はそっと連覇にウインクした。連覇は嬉しそうに笑って見せる。


「ねぇ、ママ? このお兄ちゃんもお姉ちゃんも本当にやさしいの。学校の同級生はね、もう五芒星レッドなんて子供っぽいって言って話を聞いてくれないし馬鹿にされるんだ」

「え? そうなの!?」


 連覇ママは初めての息子からの告白に驚いた。きっと今の今までママを心配させないように学校での生活は話していなかったのだろう。


「連覇、学校では独りぼっちなんだよ?」


 連覇は本当にさみしそうな顔をした。きっと本当なのだろう。


「……。知らなかったわ。ごめんね、連覇」

「でね、お兄ちゃんもお姉ちゃんもすごいって言ってくれるの。ちゃんとお話聞いてくれるの。だから、もう会っちゃダメなんて言わないで……。僕、まだお兄ちゃんともお姉ちゃんとも遊びたい」


 そんな連覇の様子に連覇ママは一度だけ頷くと、朱夏に向き直る。


「……。あなた、もう一度名前を」

「早乙女朱夏です」

「朱夏さん。正直あなたは真面目そうよ。でも、あの二人は正直息子に悪い影響がでそうです。口も態度もチンピラそのもの」


 明らかに状況を悪くしているのは男二人だろう。


「大変申し訳ございません。うちの者には後で言葉遣いの面などきちんと指導いたしますので」

「(うちの者……)」

「(黙っとけアホ海馬)」


 鷲一が海馬を小突く。


「ほら、二人も頭を下げなさい」


 いつにない厳しい口調で男二人に指示する。


「は、はい!!」

「な、なんで俺まで……!!」


 海馬と鷲一は慌てて頭を下げる……いや、下げさせられる。

 すると、海馬のポケットから以前夢で連覇にあげたいちご飴が転がった。


「あ、あの飴! 前食べたやつだ! ……あ、でも夢の中だっけ?」

「夢……?」


 連覇ママは首をかしげるが本当の事なんてわかるはずもなかった。


「そうだ、お兄ちゃん。今度こそ、この飴あげるよ! 元気出るから!」


 連覇がそう言ってポケットの五芒星レッドの飴を持ってきてくれる。


「あ……ありがとう連覇少年。酸っぱい奴だ……」

「うん! また一緒に食べようね!」


 笑顔の連覇を見て、連覇ママはまた驚いた。


「連覇、これ。あなたがとても大事にしてる五芒星レッドの飴……?」


 連覇ママにはとても見覚えがある飴だった。

 実は一袋に一つしか入っていない特別な酸っぱい飴。

 それを毎回食べずに宝物のように、いつもポケットに入れている飴。

 その飴を誰かにあげているところを連覇ママは初めて見た。


「そうだよ。この金色のお兄ちゃん、辛いことがいっぱいあってね。僕が慰めてあげたんだ!!」

「ぶっ……!! 連覇少年。それをみんなに言ったら僕が恥ずかしいじゃないか!!」


 海馬は思ってもみないカミングアウトに噴出した。


「あ! ごめん! 金色のおにいちゃん!」

「あはは。お前、連覇がいくら良い奴だからってお悩み相談するかぁ?」

「図体だけでかくて空っぽな頭の奴より連覇少年のほうが百倍マシなんだよ。ねー、連覇少年!」

「うん! お兄ちゃんも悩みがあったら僕聞くよ!」

「ぐむむ……」

「あはは! 一番頼りになるのは連覇くんだね」

「あははは!」


 いつも通りにみんなで笑っていると連覇ママの雰囲気も少し変化があった。


「……くすくす」


 笑顔の息子に連覇ママは口を隠して少し笑ったのだ。


「あ……」


 心琴はその様子に笑顔になった。


「……うふふ……そう、そうなのね。金髪だろうと口が悪かろうと連覇にとってはそんなの関係ないのね」

「!?」


 みんなの様子を見て、連覇ママは納得してくれたようだった。


「連覇はあなた達に本当になついているようですね。もう会うなとは言いません。でも、夜遅く、あるいは朝早くの連絡は控えてくださいね。常識の範囲内でお願いします」

「本当!? ありがとうママ!!」


 連覇がとびっきりの笑顔でママに飛びついた。


「はい。もちろんです。迷惑はかけないよう心がけます」


 朱夏が安心した表情で頷くと、みんなもそれに賛同した。


「でも、もし連覇に何かあったら承知しません。朱夏さん。息子をよろしくお願いいたしますね」

「……!! はい!!」

「それじゃ、今日はもう遅いので帰りますわね」


 連覇とママは手をつなぐ。


「お時間をとっていただきありがとうございました」

「失礼します」


 大人のような会話で朱夏は連覇ママに挨拶をした。


「おにいちゃん、おねえちゃん、またね!!」


 そうして、連覇は手を振るとママと一緒に自宅へ帰っていった。

 二つの背中が遠くなり、次第に見えなくなっていった。



「はぁぁぁぁ……びっくりした……」



 ほとんど静観するにとどまっていた心琴はようやく大きなため息をついた。


「ってか、今回ばかりは本当に……焦ったね」


 普段は何を言っても動じなさそうな海馬も今回ばかりはタジタジだったようだ。腹の底から大きなため息が一つ漏れ出している。


「よく考えれば、俺らの中で一人だけガキだもんな……。ちょっと配慮が足りなかったかもな」


 鷲一も、少し反省していた様子だ。


「朱夏ちゃん、本当にありがとう。きっと、僕たちだけでは切り抜けられなかったよ」


 海馬が朱夏に礼を言うと、


「ううん。私は普通に応対しただけですよ」


 と、にこりと笑う朱夏は本当によくできたお嬢様だった。


「さて、困ったことにだいぶ時間をとってしまった。僕はいいとしてもお嬢さん2人にあまり夜遅くに出歩かせるのも悪い……」


 海馬がスマホを取り出して時間を確認しながらそんな事を言って来る。見た目とは裏腹な発言に少し意外さを感じたがそれは言わないでおくことにした。


「だけどよ、もう時間がないぜ? 七夕まであと3日か……?」

「時間……ですか……?」


 朱夏がそのワードに少し考えてから、かわいい笑顔でこう言った。


「それではいい考えがありますわ!」

「へ?」


 朱夏の素敵な笑顔に一抹の不安を覚える心琴だった。

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