第12話 海馬の葛藤

その夜の夢、本ステージの席には心琴と同じ高校の生徒会長朱夏の姿があった。

 その様子を鷲一と心琴は雑居ビルの窓から覗く。


「過去である昨日、俺たちが彼女を誘ったことで……」

「未来の七夕に、朱夏が現れた……」


 別れ際、心琴は朱夏をお祭りに誘った。

 そしてきっと、朱夏は当初予定にはなかったお祭りへの参加を心のどこかで決めたのだろう。


「それってつまり、この夢は現実の7月7日の予知夢って事で間違いなさそうだな」

「そして、過去。つまり夢が覚めてからの行動が七夕の結末を変える……変えれるってことだよね!」


 鷲一と心琴はこのことに希望を見出していた。

 過去を変えれば結果も変わる。

 それが朱夏が現れたことで実証されたのだ。


「おし!みんなを助けよう。な、海馬!」

「……」


 しかし、海馬は朱夏を夢に誘って以来全く話をしてくれなくなった。


「お兄ちゃんどうしたの?」


 連覇が海馬の顔を覗く。


「元気がないなら、今日は僕が飴をあげるよ!」


 そういうと、連覇が飴玉を3つ取り出して海馬に渡す。

 飴玉には五芒星レッドが元気よくポーズを取っていた。


「ありがと。でも、少しそっとしておいてくれないか」

「うーん。わかった」


 連覇はそういうとビルの奥のガラクタを漁って遊び始めた。

 連覇が奥の方へ行くのを確認すると、海馬はようやく口を開いた。


「君たち、なんて酷いことをしてくれたんだ」

「……」


 心琴にもきちんと心当たりがある。

 もちろん心琴が朱夏をこの祭りに誘ったことを海馬は怒っているのだ。


「朱夏は、小学生の時に母親を亡くしている。ずっと父親であるおじさんと2人で頑張ってきたんだ」

「そうだったんだ」


 ようやく口を開いた海馬の話を2人は静かに耳を傾ける。


「お前達は、そんな朱夏に……目の前で……父親が殺されるのを見ろというのか!?」

「……」


 海馬が怒るのは、きっと町長も朱夏も大切な存在だからだろう。

 心琴はヒシヒシと海馬の怒りを感じた。


「それがどんなに辛いか、……考えてからあいつを誘ったか!?」

「……・」


 心琴は答えなかった。ただただ、海馬の話を聞いた。

 心の奥にある海馬の本心を聞いていた。


「僕が言葉を詰まらせたから助け船のつもりで言ったのかもしれないが……それがどんなに酷い事を朱夏にするのか、考えてくれ!!」

「わかってるよ……」


 小さく落ち着いた声で心琴は切り出す。


「わかってない!!!!」


 海馬は絶望的な顔をしていた。

 守りたい物が守れなかったかのような悲しみに満ちた顔だった。

 そんな海馬に心琴は目を見てしっかり言った。


「解ってないのは海馬さんの方だよ!!!」

「!?」


 思ってもみない言葉に今度は海馬が目を見開く。


「自分のお父さんが、ある日突然死んじゃうんだよ!?」

「それを目の当たりにする必要はないだろ!」


 海馬もそんな心琴には怯まない。

 二人の意見は平行線をたどる。


「できれば、見ない方がいいよ!?」

「当然だ!仲のいい親子なんだ!父親が殺されて悲しくないはずがないだろ!!」

「でもね!?それでもだよ!?」



 心琴が語気を強める。



「……自分のお父さんが死んじゃうって解ってて、未来を変えられる可能性があるなら……私なら変えたいと思う!!」



 真っ直ぐ、海馬を見つめる心琴。

 その純粋な目に海馬は一瞬怯んだ。

 心琴の気持ちが少しずつ伝わる。


「……それは……俺らでやればいいだろ」


 たじろぎながら、海馬は答える。


 しかし、心琴の言わんとしていることがちょっとずつ解ってくるにつれて、海馬の勢いは徐々に治まっていく。


「失敗したら?」

「失敗……」


 海馬は目を泳がせる。

 前回、助けることができずに目の前で殺されてしまったおじさんの赤が頭をよぎった。


「なんで、お父さんが死ぬの解ってたのに、教えてくれなかったの!?って私なら思う」

「っ……!!」

「勝手かもしれない。私がそう思ったの。だから朱夏ちゃんも誘ったの」

「……」


 とうとう、海馬は答えなくなった。

 それでも心琴は自分の想いを伝える。


「海馬さんからしたら私の考えは甘いかもしれない。でも、私も私なりに朱夏ちゃんの事考えたの。一緒に未来を変えてくれるって思ったの」


 真っ直ぐな気持ちに海馬の心が揺れた。


「なぁ、海馬。守るだけが全てじゃないぜ?一緒に戦うという選択肢もある。勝手だったのは詫びる。けどよ、一人でも味方は多くないとおじさんを助けるのは難しいんじゃねえか?」


 鷲一も心琴に賛同する。


「……。少し、考えさせてくれ」


 海馬はゆっくり立ち上がると、屋上の方へ歩いて行った。



 ◇◇


 海馬が屋上へ行くのを見届けてから、二人は本ステージへと向かった。


「朱夏ちゃん!お待たせ!」


 白いワンピースを着た朱夏はやはりお嬢様と言った雰囲気がする。


「やっときた!遅いです皆さん」


 朱夏は待ちぼうけを食らって少しプリプリ怒って見せた。


「悪りぃな」

「ふふっ!私、お祭りなんてとても久しぶりなんです。海馬お兄ちゃんに連れて行って貰って以来です」


 朱夏と話をしていると、小さな人影が目の前を過ぎる。

 例のあの青い目の少女だった。


 少女は朱夏の後ろに隠れてこちらをチラチラ見ている。


「あら、どうしたの?大丈夫、私のお友達なの」


 朱夏がその子に話しかける。

 心琴と鷲一は顔を見合わせる。


「朱夏ちゃん、その子、誰?」


 心琴はそっと青い目の子について尋ねる。

「えっとね、この子は……あれ?誰……だったかしら? でもね、一緒にここまで来たんです」


 鷲一と心琴は朱夏の言う事に首をかしげる。

 青い目の女の子はしばらくこちらを見上げていたが、しばらくするといつものパイプ椅子の場所に座りに行った。

 朱夏に聞こえないようにひそひそ声でしゃべる。


(どういう事かな?)

(さっぱりわかんねー。)

(うーん。昼間は外人の女の子の話なんてピンと来て無さそうだったのに。)


 二人がコソコソ話をしていると朱夏が当たりをキョロキョロ見渡す。


「あれ? 海馬お兄ちゃんは?」

「あぁ、あのビルの屋上で待ってるよ。溜まり場なんだ」


 いつもの雑居ビルを指さす。古臭くて気味が悪いビルに対して返ってきたのは意外な反応だった。


「そうなの? まぁ、あのビル! 懐かしいな」

「懐かしい?」

「はい!あそこの5階には、昔、射手矢クリニックがありました」

「クリニック?」

「はい。海馬お兄ちゃんのご両親が経営していたクリニックです。私の母もよく薬をもらいに行きました」


 初耳の情報に二人は驚いた顔をした。


「え、あいつの両親お医者さんだったのか」

「あー、なんか納得かも。頭の回転早いもんね」

「ふふっ。海馬お兄ちゃんはとっても優秀で、優しくて、私の家族みたいな方なんです」


 鷲一はナイフを持ったサングラスのアロハ男を想像する。


「え……?優しくな……ぐふっ」


 隣から心琴が腹を小突いた。


(いってぇなあ!何すんだよ!)

(朱夏ちゃんが優しいって言ってるんだから余計な事言わないの!)


 そんな二人の様子を見て、朱夏が笑う。


「ふふっ、お二人は本当に仲がいいんですね」

「ふぇ!?」


 心琴は顔を赤らめる。


「あー、まぁ悪くはないよな? な、心琴?……ん?」


 鷲一は心琴の様子が変なことに気づく。


「なした?顔……赤いぞ??」

 顔を覗き込む鷲一に心琴は慌てて距離をとる。

「あ、あはは!私、ちょっとわたあめ買ってくる!!先ビルに行ってて!」

 そういうと走って屋台の方へ行ってしまった。

「はぁ!?……あいつどうしたんだ??」

「ふふっ。そういうことですのね」

「??」

 静かにほほ笑む朱夏に鷲一は困惑するばかりだった。


 ◇◇


 その頃、連覇と海馬はビルの屋上にいた。


『あなたは何十人、いや何百人を救うことができる医者になれる可能性があるの。歯を食いしばってでも勉強なさい。今は辛くても。あなたは医者になるべくして生まれてきた子よ。』

『俺は、俺の人生を勝手に決めないでくれって言ってるんだ。』

『馬鹿者。口論している暇があれば問題を一個でも多くとけ。100点以外のテストは価値などない。』

『偉そうに!!朱夏の母さんひとりだって救えなかったくせに!!』

『まぁ!なんてことを言うの!!』

『もういい!!出てけ!!』


 ……。


 頭の中で現実世界での両親とのやり取りを思い出す。

 両親との口論は今日に始まったことではない。

 1流の医学部以外に大学は認めないと言われ、行きたい大学に受かったのに浪人の道を選ばされた。

 それ以来、髪を金に染めたり、ナイフを持ち歩いてみたり、勝手に持ち出した劇薬で睡眠吹き矢を作ったりして両親に反発する日々。


「はぁ……。僕はなんの為に生まれてきたのかな」


 海馬は現実と夢、二つの世界で苦しんでいた。


「おにいちゃん、どうしたの?」


 連覇は海馬の顔を覗き込む。


「んー。少年よ。……僕の悩みを少し聞いてくれるかい?」

「いいよ!! 聞いてあげる!」


 友達には言えない、家族は味方にはなってくれない。

 笑顔の小学生になら、何も気にせずに聞いてくれそうで思わず愚痴をこぼしたくなった。


「連覇少年は大きくなったら何になりたい?」

「レンパ、五芒星レッドになりたいんだ!」


 子どもらしい夢に思わず笑みがこぼれる。


「五芒星レッドかぁ。ふふっ。いいねぇ」


 連覇は目を輝かせている。


「どうして五芒星レッドになりたいんだい?」


 軽い気持ちで聞いてみる。




「レッドはね、たくさんの困った人をね、助けるんだよ!!」




 キラキラした目から出た言葉に、一瞬両親の言葉が重なった。


『あなたは何十人、いや何百人を救うことができる医者になれる可能性があるの。』

「……」


 本当に一瞬、両親の言っていることがいい言葉に聞こえて、海馬は目を細めた。


(人を……救うか……)


 ポケットから五芒星レッドの飴を取り出す。


「このヒーローだろ?はい。これ、一緒に食べようじゃないか」


 3つもらった飴の2つを取り出し1つを連覇に渡してもう1つを口にほおばった。


「すっっっっっぱい!!」


 頬張ったとたんに口にとてつもない酸味が押し寄せ、海馬は口を押えた。


「えへへ! 酸っぱいでしょ! 五芒星レッドの大好物、超酸っぱい飴だよ! 酸っぱいパウダーが周りについてるんだ」

「そ……そうか。初めに言っておいてほしかったな。目が覚める味だ……」


 しばらく湧き出る唾液に悶えながら海馬と連覇は飴をなめた。

 飴はしばらく舐めるとパウダーがなくなり普通の甘い飴になった。

 考えを巡らせてると連覇が勝手に遊び始める。

 立ち上がって五芒星レッドのポーズをしたかと思えばキックだのパンチだのして暴れて見せる。




「それでね! 悪者をバーンって倒すの!!」




 連覇のいい笑顔に海馬は閃いた。


「……!! そうか!! そうだね!!」

「かっこいいでしょ!」

「ありがとう、連覇少年。いいアイディアが思いついた!! 君ならできるかもしれない!」


 海馬も連覇もいい笑顔になっているその時、屋上の扉が開く。


「海馬お兄ちゃん!」


 ドアから鷲一と朱夏が入ってくる。


「おお! 朱夏ちゃんいらっしゃい。あれ? 心琴ちゃんは?」

「それが……急にわたあめ買ってくるって言って、走って行っちまったんだ」


 海馬の顔が曇る。

 理由は一つしかなかった。


「……大丈夫か? そろそろ、時間だよ。なんで行かせた」

「あのね? 海馬お兄ちゃん、ごにょごにょ」


 朱夏が海馬に耳打ちする。

 どうやら事の顛末を話しているようだ。


「ぶふっ。それはそれは……可愛いねぇ」


 思ってもみない理由を朱夏から耳打ちをされた海馬が思わず吹き出す。


「何が可愛いんだ?」


 ひとりだけ会話に取り残された鷲一が首をかしげると後ろから屋上のドアが開く音がした。


「ごめん! 遅くなった!」


 心琴がわたあめを3つ買ってきた。

 1つは朱夏に、1つは連覇に渡す。


「心琴ちゃん、心配したよ?」

「うん。ごめんなさい。時間、そろそろだもんね」


 海馬に軽く謝る。

 そう、そろそろ朱夏のお父さんが殺される時間だった。


「時間? 時間ですか?」


 朱夏はキョトンとする。そしてある回答にたどり着いた。


「そっか! お父様がステージであいさつする時間ですね!私としたことが……」


 朱夏が屋上のフェンスに駆け寄る。


「あ……!! 朱夏!! だめだ!!! 見るな!!」

「ほら、見てください。ここからお父様が見えますよ!」


 3人は慌てたがタイミングが悪すぎた。


「!!」

「へ?」


 --パァン!!!!


 --パァン!!!!


 朱夏が目にしたのは大好きな父親が打たれた瞬間だった。


「あ……あ……あああぁ……!! お父様!!!! おとうさま!!!!!」


 屋上から朱夏の叫びが響き渡った。

 朱夏はすぐさま屋上を出ようとするが、海馬が朱夏を抱きかかえて止める。

 鷲一はしっかりとドアを塞いだ。


「どいてください!! お父様が」

「朱夏ちゃん……。お願い!! 下に行かないで!!」

「心琴ちゃん!? どうして!? お父様のもとへ行かせてください!!」

「だめなの!! 朱夏ちゃん、下を見て!!!」


 心琴がと屋上から下を指さす。

 その指の先を見てみると電車がすさまじい音とともに脱線事故で突っ込んできた。


 --キキィーーー!!! ガガガ!!! ガシャッーン!!!!


「きゃあああああ!!!」


 朱夏は耳をふさいで頭を抱えた。


「朱夏ちゃん!!」


 海馬がそっと肩を抱える。


「ああああああああ!」


 朱夏はがちがちと歯をふるわせている。

 膝も震え、立ち上がれそうもない。

 お祭り会場から聞こえる阿鼻叫喚が聞こえないように必死で耳をふさいでいる。


「……だから嫌だったんだ」


 海馬の怒りが心琴に向く。


「朱夏ちゃんは繊細な子なんだ。これで、再起不能になるかもしれない」


 そんな海馬には目もくれず心琴は朱夏に言う。


「朱夏ちゃん。これは今年の星まつりに実際に起こってしまう未来なの」

「うそ!?!? 嘘だと言って!! こんなひどい! !……ううぅ」


 泣き崩れる朱夏。


「おい!! やめろ!! これ以上は朱夏が持たない!!」


 朱夏を守るように海馬は抱きかかえた。

 それでも心琴はやめなかった。


「でも! !今なら!! 私たちなら変えられる!!!!」

「!!」

「力を貸してほしいの!! 朱夏ちゃん!!!!!!」


 朱夏は心琴の悲痛な叫びににた言葉に顔を上げた。

 見えたのは泣いている心琴だった。


 そして、


 その言葉を最後に……夢は覚めていった。

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