第11話 生徒会長

 現実世界の昼休み。


 心琴は青い目の少女について聞くために、学校の生徒会室を訪れていた。


 夢で出会ったチームメンバーは昼間はバラバラな日常生活を送っていて、この学校に通うのは心琴一人だけ。心琴は心細さに負けないように自分を奮起させて、生徒会室のドアをノックした。


「ごめんください!」

「はい? どなた?」


 出てきたのは綺麗な黒の髪を星形のピンで留めている。小柄なかわいらしいな女性といった印象だ。

 心琴よりも背が低い事から155cmくらいだろうか。


「生徒会長さん、ですよね?」

「ええ。そうです。どうしましたか?」


 生徒会長は丁寧な店員みたいな立ち居振る舞いで応対してくれている。

 心琴は勇気を出して聞きたい事を聞いてみる。


「あ、あの。青い目の少女ってご存知ですか? 髪は明るい茶色の……」

「はい? 青い目……ですか?」


 全然心当たりのなさそうな様子の生徒会長に、心琴は困った。

 生徒会長の知り合いじゃなくても、お父さんの知り合いに小さな青い目の少女がいるのかもしれない。

 でも、これは海馬から聞いた話であって生徒会長さんから聞いた話ではない。

 まずは確認しようと心琴は思った。


「あの、えっと、お父さん……町長さんですよね?」


 お父さんというワードが出た途端、生徒会長の顔から急に笑顔が消えた。


「お引き取り下さい!!!」

「え!? ちょっと待って!」


 バタンと締められた扉に心琴は立ち尽くすしかなかった。


(……どうして? 私、何か悪い事言ったかな?……それとも、お父さんと仲が悪いのかな?)

 仕方がなく、チームの皆に今起こった事をそのまま報告する。


 --ペポン


 すかさず海馬から返事が返ってくる。


【シー・ホース:一回の失敗でめげててはダメだよ。もう一度トライだ!】


 海馬の理想論が返ってくる。


(言うだけの人は良いよね。はぁ、本当にどうしよう?)


 悩んでいると、しばらく後に鷲一から返事が来る。


【鷲一:放課後、俺も一緒に話をしてみる。高校の場所教えろ】


 その返事を見て心琴の気持ちが少し和らいだ。


(ふふっ。鷲一はいつでも鷲一らしいな。)


 上からの物言いだけど、いつも一緒に行動してくれる。


(彼氏、かぁ。)


 ちょっとだけ考えて頬を赤く染める。


(……って。わたし何考えてるんだろう! もう、海馬さんが変なこと言うから!)


 ブンブンと頭を振って邪念を払いのける。

 そして、落ち着いてからこう返事を書いた。


【うん! ありがとう。高校の場所はね……?】


 こうして二人は放課後に心琴の学校で待ち合わせをする事にしたのだった。


 ◇◇



 キーンコーンカーンコーン。

 放課後のチャイムがなる。


 心琴の学校は男女共学の普通校。

 男子も女子も日常会話を楽しみながら下校したり、部活動へ勤しんだり各々の生活がそこにはある。

 鷲一はそんな様子をぼーっと眺めていた。

 制服が違う男子が校門の前で待っているのは結構目立つらしく時々、チラチラとこちらを見ている生徒の視線がちょっと痛かった。


(心琴……早くこねぇかな……)


 スマホを見てみると約束の時間を5分ほど過ぎている。

 心の中でため息をついて体を隠すように電柱に寄りかかる。


 すると、ふいに後ろから何やら穏やかじゃない声が聞こえた。


「ちょっと、やめてください」

「話がしたいだけです。ねぇ、生徒会長」


 電柱の影にいる鷲一の耳にもしかり聞こえる声の大きさだった。


(あれ? 今、生徒会長って……)


 校門の上からそっと覗くと、黒髪の少女が男子生徒3人に行く手を阻まれてる。

 リーダー格の男は黒フチの眼鏡をかけている偉そうな雰囲気の男だった。


「一人じゃ何もできませんか? 町長さんがいないと何もできないんですかー?」


 まるで、周りにいる生徒に見せつけているようだった。


(なんだあいつ。いじめっ子か?)


 鷲一は目を細めて注視した。


「……あなた本当にしつこいですね」


 女子生徒は男子たちを睨む。

 あたりはざわざわとし始める。


『生徒会長、また絡まれてる。』


 近くにいる女子生徒が生徒会長たちに聞こえない声で噂話をしている。


『あの眼鏡、このあいだの生徒会選挙に落ちた人だよね。逆恨みだよね』

『でもさ、生徒会長が当選したのって親が町長だからなんだって噂だよ?』

『えー! そんなことできるの?』

『さぁ? 先生達の「そんたく」が働いたんじゃないかって』

『しっかりしてそうなのに意外だわー』


 周りをざわついたのを見て、メガネの男子が嫌な笑みを浮かべる。


「ほら、周りの人が見ていますよ。向こうへ行きましょうよ? ねぇ?」

「……」


 生徒会長も周りの雰囲気を感じ取り厳しい顔をする。


「わかりました。行きましょう」


 男達に促されて校舎裏の方に向かっていく。

 その様子を一部始終見ていた鷲一は電柱の陰から出てきた。

 すると丁度玄関から心琴が走ってくるのが見えた。


「鷲一! お待たせ!! ごめんね! 掃除長引いちゃった!」


 校門からひょっこり顔を出していた鷲一に心琴が話しかける。


「鷲一?」


 何も話さない鷲一に首を傾げていると鷲一は急に学校の敷地内に入ってきた。


「……心琴、すぐ行くぞ」

「ふぇ!?」


 鷲一はむんずと心琴の手を掴み生徒会長達が行った校舎裏に駆けて行った。


「ちょ、ちょっと!? 鷲一?!」


 つかまれた手に顔を赤らめた心琴の声が虚しく響いた。


 ◇◇


 --校舎裏


 3人の男が生徒会長に詰め寄っているのが見える。


「近づかないでください。叫びますよ?!」


 そんな言葉にも3人は不敵な笑みを浮かべるだけだった。


「なぁ、生徒会長。どんな手を使って生徒会長になったんだよ」

「いい加減吐けよ」


 メガネ男の手にはボイスレコーダー。

 赤いランプが点灯している。

 これでありもしない真実を吐かせ、公開する気なんだろう。


(……汚い男です)


 生徒会長が逃げれないように用意された取り巻きの男2人は明らかに体格がいい。

 小柄な女性では太刀打ちはまず無理だろう。

 生徒会長はそれでもひるまずにピンとした背筋で堂々としている。


「お父様は関係ありません。先生にも何もしておりません。生徒の皆様が私に一票を投じてくれたのです。汚いことしかできないあなたではなくて私にね」


 生徒会長は汚いものを見るような目で眼鏡男をさげすんだ。


「言わせておけば……!? あんた……今の状況わかってるのかなぁ?」

「……」


 ジリジリと距離を詰める取り巻き達。

 後ずさるも生徒会長の後ろにはもう、壁しかなかった。


「もう一度言います。やめてください。暴力に訴えても選挙の結果が覆るわけではありませんよ」

「ふふ、あなたは本当にいいところのお嬢ちゃんだね」

「……」

「この二人にはね、僕の味方になってもらう代わりにこう言ったんですよ」


 不敵な笑みに背筋が凍る。


「『生徒会長を好きなようにして良いです』ってねぇ」


 嫌な汗が全身から吹き出る。

 その意味が解らないほど生徒会長は子供ではなかった。


「い、いや! ……来ないで!!」


 男2人がいやらしい顔でニヤニヤしている。


「今更焦っても無駄ですよ! さぁ、どうぞお二人さん」

「うっしゃ」

「楽しみだよ、なぁ! 生徒会長さん!」


 二人の男が生徒会長に襲いかかる。


「いやあああああああああ!!!!」


 殴られる!!そう思った生徒会長は思わず目をつぶって頭を抱えた。

 しかし、しばらく経っても衝撃は来なかった。

 恐る恐る目を開けてみると、そこには見たことのない男性が取り巻きの男二人をなぎ倒していた。


「え!?ええ?!」


 困惑する生徒会長に心琴が駆け寄る。


「生徒会長、大丈夫ですか!?」

「え? え、ええ」


 混乱する頭でもどうやらこの二人が助けてくれたようだと言う事だけはわかった。


「おい、心琴。生徒会長を連れて走るぞ!」

「ま、またぁ!? もう走りっぱなしだよぉ!」

「つべこべ言うな! 急げ!」


 鷲一に体当たりされてなぎ倒された取り巻き達がよろよろと立ち上がった。


「何をしてるんだ! 逃がすな!!」


 メガネ男が喚く。


「うっせーな。わかってるよ。……ぶっころせばいいんだろ」

「ってか、あいつ誰だよ。見ねぇ制服きてるぞ」


 思ったより早い復帰に鷲一は焦った。

 あっという間に退路が立たれてしまったのだ。

 見たところ取り巻きの男はかなり喧嘩慣れしている様子だ。


「マズイ。1対2じゃ流石に部が悪すぎる……!」


 しかも自分の後ろには心琴と生徒会長がいる。

 正直にいうと鷲一は体格はいいが喧嘩が強い訳じゃない。

 奇襲で攻撃したから二人まとめて倒せたが、そんなの大したダメージにはならない。

 鷲一が焦っていると、後ろから聞き覚えのある声が聞こえた。


「じゃぁ、2対2なら行けるかい? 鷲一くん?」

「あ!!!」

「え!?」


 心琴と鷲一が後ろを振り返るとそこには海馬の姿があった。

 相変わらずの金髪に今日はサングラスまでしている。


「どうしてここに!?」

「チームに心琴ちゃんの高校が書いてあったから来ちゃった。それに久しぶりに話もしたかったし」


 そういうと海馬は生徒会長に向かって目配せする。


「ね、朱夏ちゃん?」


 朱夏ちゃんと呼ばれた生徒会長はびっくりした顔をする。


「えと、私、あなたとどこかでお会いしましたっけ?」

「ぶっ……!!」


 まさかの反応に鷲一は吹き出した。

 海馬は焦ってサングラスをとった。


「ちょっと! 朱夏ちゃん! 僕だよ! 海馬!!」


 生徒会長はサングラスを外した海馬の顔をまじまじと見てから急に叫んだ。

「え、え、ええええええええええ!?!?!?! う、嘘!? 海馬お兄ちゃん!? どうしたのその格好!?」


 生徒会長が今日一番大きな声を出した。


「おい、てめぇら」

「何か忘れてもらっちゃ困るぞ」


 取り巻き達は気がつけば手にナイフを持っていた。

 しかもサバイバルなどで使う大き目のナイフだ。


「これ……マズイよね」


 心琴は生徒会長の手をぎゅっと握る。

 生徒会長もさすがの事態に体をこわばらせた。

 二人を自分の後ろに隠しながら鷲一は構える。


「まぁ、まぁ。君たち」


 しかし、そんな相手に『何もかも普通通り』に海馬が一歩前へでる。


「ちょっと動かないでもらえるかな?」


 一瞬だった。

 海馬がちょっと歩いたかと思うと、男達が急にフラフラし始める。


「ごめんね。自衛用だから結構効きがいいんだ」


 男達の腕には吹き矢のようなものが刺さっていた。

 男二人はなすすべなく倒れる。


「て、メェ、何をした」

「内緒」


 いい笑顔で海馬が笑う。

 それを最後に取り巻きの男二人は眠ってしまった。

 海馬は二人の腕から吹き矢を回収する。


「あいつが一番怖えな……」


 鷲一はポロっと口にする。


「誉め言葉として受け取っておくよ。せいぜい僕を敵に回さないことだ」


 海馬はニヤッとするばかりだった。




「ひ、ひぃいいいい!!!」


 それを見たメガネ男が逃げようとするが鷲一に阻まれる。


「にがさねぇよ」


 そして海馬は後に回り込み、メガネ男の手にしていたレコーダーを奪いとった。


「おっと、メガネ君。君のそのレコーダーを貸してもらうよ。先生達にたっぷりと聞いてもらうからね。もしくは警察? それとも今はやりのSNS拡散?」


 そして、一瞬間をおいてからドスの利いた声でこう言った。


「……わかったら、もう二度と朱夏ちゃんに手を出すな!!!」

「……!!!」


 海馬の鋭い眼光にメガネ男はもはや何も言い返せなかった。


「朱夏ちゃん、これは君が襲われた証拠になる。先生に渡せばきっとこいつは停学だろう」


 そう言って生徒会長にボイスレコーダーを渡した。


「さ、先生達がくる前に早くここを出ようぜ。金髪アロハを見られたらマズイ」


 鷲一がすぐさま移動を促す。


「僕が助けたんだけどなぁ。おかしいなぁ」

「いや、この現場を見たらお前が警察呼ばれるぜ?」

「ほら! 二人とも話は後で。走って!」


 4人は急いで校舎をあとにした。


 ◇◇


 いつもの駅の広場に到着した4人はここでようやく一呼吸置いた。


「あの……さきほどはありがとうございました」


 とても丁寧に朱夏は頭を下げる。


「怪我がなくて本当に良かったね!」


 心琴はにっこりと笑った。


「……あら? あなたもしかして昼間、生徒会室にいらした……」

「そうそう! いきなりだったから驚かせちゃったよね。ごめんなさい」


 ちょっと気まずくなり目線をそらして心琴は謝る。


「そうだったのね。私てっきりあの男の仲間かと思ってしまいました。昼間は無礼な態度をとってごめんなさい」

「ううん! いいの。生徒会長って大変なんだね」


 手をひらひらさせて心琴はいつも通りに笑った。


「皆さんがあの男を収めてくださったので明日からは普通の生徒会活動ができそうです。ありがとうございます」


 朱夏もようやく笑顔になった。そして3人の方を向くと改めて自己紹介した。


「私は、早乙女朱夏(さおとめしゅか)と申します。私のことは朱夏と呼んでくれますか?」

「うん! よろしくね、朱夏ちゃん! 私心琴っていうの。で、こっちが鷲一。私たちと同じ高校3年だよ!」

「おぅ。よろしくな」


 鷲一も軽く手を挙げ挨拶する。


「で、こっちが……ってそういえば海馬さんとは知り合いなんだよね?」

「はい。海馬お兄ちゃんとは幼馴染です」

「家が隣なんだよね。最近は会ってなかったけど。2年くらい?」


 海馬は下を向いて笑った。どことなく気まずそうな雰囲気が見て取れる。


「……また、是非遊びにきてくださいね。お父様も喜びます」

「……」


 お父様というワードを聞いて、3人の顔が曇る。


「……あのさ。朱夏ちゃん」


 海馬がゆっくりと口を開く。


「えっと……」


 海馬にしては珍しく言葉に詰まった。

 なんていえば良いのか迷っているのだろう。

「実はお父さんが狙われてる」とも言えないし、「殺される」だなんてもっと言えない。

 しかも根拠が夢とあらばなおの事言えなかった。


「どうしましたか?」


 首をかしげる朱夏。


「あ、あのさ。その……」


 海馬を遮ったのは心琴だった。


「あのさ!! 私たち今年の星まつりに行くんだけど、朱夏ちゃんも一緒に行かない!?」

「え!?」


 驚いたのは海馬の方だった。


「お前の父さん、開会式の挨拶するんだと。こいつ、久しぶりに親父さんに会いたいけどこの格好だから、恥ずかしいんだとよ」


 鷲一も心琴の話に合わせる。


「そういう事でしたか。いいですよ。私のことを助けてくださった3人のお願いです。私も星まつりに行きますね。さて、そろそろ帰らないと」

「またね!」

「はい。今日はありがとうございました」


 ぺこりと一礼すると、朱夏は家路へと歩いて行った。

 心琴と鷲一は作り笑顔でそれを見送った。



「おい。どういうつもりだ」



 今にも血管が切れそうな海馬を背中に感じながら。

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