第10話 殺人現場
(今回で……何回目だっけ?)
もはや数えるのも飽きてきた。
今宵の夢もまた、気が付くとお祭りの真っ最中だった。
(今日は雑居ビルで集合だっけ)
同じ夢で「今日」という単語に違和感を覚えるもまっすぐ雑居ビルに向かった。
◇
もうすでに連覇と海馬はここにいた。
「あ、お姉ちゃんだ!」
「やっほー! 連覇君。よく一人でここにこれたね!」
笑顔でほめてあげる。
連覇は小学生なのにしっかり者だと内心思う心琴だった。
「やぁ、マドモアゼル。今日は彼氏は一緒じゃないのかい?」
「え? 彼氏?」
心琴には彼氏はいない。キョトンとしていると後ろから乱暴にドアが開く。
「わりぃ、遅くなった」
「あ、おにいちゃん!」
後ろを振り向くと鷲一がいた。
「あ……」
心琴は海馬の言わんとしていることがようやくわかる。
「くくくっ。僕はお似合いだと思うけどね!」
「ちょっと! からかわないでください! 違いますから!!」
心琴はちょっと怒り目にそういった。
「おーい、ふざけてないで作戦会議するぞー」
鷲一が。大きな紙を広げて、ペンを持っている。
「お? これは?」
「これを買ってて遅くなった」
「すごいすごい! 本当に作戦っぽいね!」
鷲一はすすすっと見取り図を描いていく。簡単に書かれた地図はどこがどこだかとても分かりやすかった。
「……鷲一って実は絵が上手い?」
「あ? ……別に」
「これはわかりやすいね」
「……」
珍しく海馬も鷲一をほめる。鷲一は照れているようだった。
「と、とにかくだ。……今回、心琴は連覇と一緒にここにいて欲しい」
「え? なんで!?」
「海馬、お前は俺と来い」
「なんで君に命令されなきゃいけないんだよ」
「まぁ、聞いてくれ。まずな、心琴と連覇は足が遅いんだ」
いきなり鷲一に否定され、二人は不貞腐れた顔をする。
「……うるさいなぁ」
「連覇、小学生だもん。当たり前じゃん!」
二人のブーイングにも耳を傾けずに鷲一は続ける。
「だから、ここにいてくれ。俺ら二人がミスった時、お前らが俺たちのことを覚えていてくれ」
「……あ」
「……もしかして、お兄ちゃん死んじゃうの?」
「かもしれねぇから言ってるんだ。二人にそんな危ないことさせられねぇ。ましてや足の遅いお前らを担いで走るのはもう御免なんだよ。わかったら留守番してろ」
ぶっきらぼうに言い放つ鷲一に心琴は苦笑いをした。きっと、このぶっきらぼうな顔の下で心琴と連覇を心配してくれているに違いない。
「鷲一、本当は私たちが危ないことに巻き込まれないように気を使ってくれてるでしょ」
「お兄ちゃん、やさしい!」
「馬鹿! うっせーよ。そんなんじゃねぇから」
鷲一は耳まで赤くなりながら反応する。どうやら照れると耳が赤くなるらしい。
「……え、僕は?」
海馬が口をはさむが、
「いや、お前は来いよ」
鷲一に一蹴された。
◇◇
男二人は雑居ビルから出発した。
後ろから海馬が付いてくるのを確認しつつ歩みを進める。
雑居ビルを出て右に曲がると200mほどで本ステージへとたどり着く。
「いいかっこーしー」
海馬が後ろからぶつくさいった。
「いや、お前が助けてほしいって言ったんだろ」
鷲一は海馬の愚痴に突っ込みを入れる。
「まぁ、まじな話2人でどうするの?」
斜め後ろの方から海馬の声が聞こえてくると、鷲一も真面目な声で返す。
「今回は、間近で何が起こってるかをよく見るぞ」
「まずは観察、ってことだね」
「で、助けれそうなら助ける」
「まぁ、君にしては妥当な作戦だね。本ステージにまで突っ込んでいくのかと思ったよ」
「お前馬鹿にしてるだろ」
後ろを振り向かずあくまで他人のふりをしながら歩く二人はステージにたどり着き、ステージから一番離れたパイプ椅子に座る。
「本ステージが近くなったら海馬は右端へ、俺は左端へ回り込む。できればステージの裏から回り込めれば最高だな」
「わかった。今回はそれで行こう。話をよく聞いて、どのタイミングで撃たれるかも覚えておこう」
「撃たれた時、どっちから弾丸が飛んでくるかも見ておけよ」
「了解。じゃぁね、戦友。またあとで」
「おう」
おおよその作戦を練り終わると、海馬は右、鷲一は左ステージへ歩き始める。
すると、金髪のアロハ男はよっぽど目立つのか、ステージの脇へ入ろうとした瞬間、背広のグラサン男に止められた。
「おい。お前。どこへ行く。ここから先は立ち入り禁止だぞ」
こんなお祭りの日に背広を着てサングラスをかけている。
(まぁ、用心棒的な人間なのかもしれないね)
そのいでたちに思いを巡らせ、こういった。
「そうなんですか? すみません、さっきそちらに僕の1万円が飛んできませんでした? そっちに飛んで行ったんで、中を見せてはもらえませんか?」
海馬は咄嗟にさらりと嘘をつく。
しかし用心棒はそんな海馬の嘘なんて通用しなかった。
「立ち入り禁止ですので、速やかにお引き取りください」
「はぁ!? 俺の一万円だぞ! ちょっと、どけよ!!」
海馬は思いっきりチンピラ感を全開にして用心棒に詰め寄る。
すると……背広の奥できらりと光るものを見せつけられた。
「……これでもまだごねますか?」
ナイフ……以上の何かだなと一瞬で分かった。
「チッ……わかったよ。退散しますよ」
両手を上げて先ほど来た道を引き返す。
(……約3分半か。あんまり時間稼げなかったな。あいつ、うまく侵入できたかな……?)
チラッとステージを見てみるも、鷲一の姿は確認できなかった。
◇◇
一方、海馬と別れてすぐの鷲一。
左の方には人影が少ないように思えた。
(あ……。スタッフが……泡になった。)
ある一定の時間を過ぎると、決まった人が泡となり消える。
目の前にいた人々が少なくなり、鷲一は今しかないと思った。
遠くで何やら海馬がもめている声が聞こえたが、おかげで残っているスタッフの視線はすべてそちらに向かっていた。
ステージは学校の体育館にあるステージに構造が似ている。
ステージの左右には垂れ幕のようなカーテンがかかっている。
鷲一は一気に本ステージのカーテン裏に隠れた。
壇上からは中央に町長がいるだけで、パイプ椅子は最前列がちらっと見えるだけだった。
(よし、侵入できた!)
ひっそりと息をひそめて町長の話を聞く。
「今年も星まつりを開催することができ、誠に……」
開会のあいさつだ。
内容としてはごく一般的な開会のあいさつで、天気の話やら、協賛してくれた店への感謝やらを経て、一回この星まつりの成り立ちの話になり、最後の一言へ移行する。
聞いているだけで眠ってしまいそうな話だった。
(このおじさん……話なげぇ……)
徐々に足がしびれてきていて、必死で気を紛らわそうとする。
(そういえば、ここから犯人見えねぇかな?)
見える範囲であたりを見回してみる。
(……ん?)
正面のパイプ椅子の最前列に見慣れない女の子が座っている。
この町長の長い話をただただじっとして聞いているその女の子は髪はブロンズ、目は綺麗な青色をしていた。肌は透けるような白で、お人形のようなドレスを身にまとっていた。
(……外人? だよな。珍しいなこんな田舎町で)
あまり見かけない顔立ちに思わず凝視してしまう。
(綺麗だな。外人の目ってなんであんな色なんだろう?)
そんなことを考えていると、町長のあいさつが終わりを迎えた。
「以上をもちまして、開会の言葉とさせていただきます」
すると突然だった。
「あ!!!!」
急に町長が大きな声を出し、正面に向かって走っていった。
「な!?」
あまりの急展開に鷲一は走り出そうとするが足がしびれていて一瞬出送れる。
鷲一が町長がステージから飛び降りるのを阻止しようと手を伸ばす……。
しかし、あと数センチと言うところで鷲一の手は宙をつかんだ。
目の前の町長はいつも通りステージを飛び降りて……
(え!?!? さっきの女の子に覆いかぶさった!?)
次の瞬間……
--パァン!!!!
--パァン!!!!!!!
鷲一の目の前で町長の頭が打ちぬかれた。
温かい返り血が鷲一に飛び散る。
「ちっくっしょおおおおおおお!!!!!」
鷲一は叫んだがもう、遅かった。
「助け……られなかった。こんなに近くにいたのに……」
鷲一は膝をついた。
自分のふがいなさに崩れ落ちた。
鷲一は町長をつかめなかった自分の手を見つめる。
あたりに悲鳴が響き渡る。
手が震え、足が震えた。
そして……真正面に横転した電車が現れてハッっとした。
「何やってるんだ馬鹿野郎!!!!!!」
海馬がステージに飛び乗って鷲一の頭を殴る。
ゴツン!!!と良い音が頭上で響くと一瞬だけ目がちかちかした。
「いってぇ!!!」
「走れ!!!! 今は落ち込んでる場合じゃねぇんだよ!!!!」
海馬の一撃で鷲一は我に返る。今は落ち込んでいる場合じゃない。逃げなくては電車の下敷きとなってしまう。
「ぐっ!!! すまねぇ!!!」
不思議な事に足に力が戻った。
海馬に引っ張られながら鷲一も走る。
二人は雑居ビルに向かった。
100mが1kmあるように感じた。
ドアをこじ開け体を押し込む。
雑居ビルのドアを閉めた瞬間、ものすごい爆音で電車がステージに突っ込んだ。
ドアの破片と共に二人とも吹っ飛び、奥のエレベーターに激突する。
「ぜはー……ぜはー……」
「はぁ……はぁ……はぁ……」
二人は息を切らして動かなかった。いや、動けなかった。しばらく二人の荒い呼吸音が薄暗いボロボロの雑居ビルに反響した。
「はぁ……はぁ……痛いんだけど……。この馬鹿ネアンデルタールめ」
海馬が文句を垂れる。
「……すまん。……ありがとな」
今回ばかりは鷲一も素直にお礼を言った。
海馬が助けに来てくれたおかげでなんとか走ることができた。
「……僕が侵入に失敗してしまったからね。これくらいは当然さ」
「……はは。なんだそりゃ」
二人は少しだけ、お互いに感謝する。相容れないと思っていた金髪の男を少しだけ、いい奴かもしれないと思った。
「鷲一!! 海馬さん!!」
そうこうしているうちに、心琴が心配そうな表情で階段をすぐに駆け降りてきた。
「お兄ちゃんたち、大丈夫?!」
少し後に連覇も続く。
「ああ。まぁ。生きてる。体打っていたいけど」
よろよろと海馬は体を起こした。
そして、つぶやくようにこう言う。
「まったく。こんな痛い思いしたうえに、おじさんを助けられなかったよ」
目を伏せて寂しそうに笑う海馬を見て、鷲一はハッとした。
せめて、今日見たことを伝えなくては意味がないと、口を開く。
「……そうだ! 町長さんな? 女の子を守って、殺されてたんだ」
「ん? 女の子? 娘の早乙女 朱夏(さおとめ しゅか)かい?」
海馬はいぶかしげな顔をしている。とても真剣な表情だ。
「娘? いや、どうだろう? 明るい茶色の髪の毛の、青い目をしているちっちゃな女の子。外人っぽかったぜ?」
「じゃぁ、違うね。彼女は君たちと同い年くらいの生粋の日本人。高校生さ」
娘じゃないと聞いて海馬はなんだかほっとした表情をしていた。町長と知り合いな事からこの娘とも知り合いなのかもしれない。
「あれ? まって……? 早乙女……朱夏?」
その名前を聞いた心琴が指を顎に当てて考えている。
「おや、知ってるのかい?」
「それ、私の学校の生徒会長さんだよ! 確か3組だったかな?」
「ほぉ。さすが朱夏ちゃん。今は生徒会長をやってるんだね!」
海馬はなんだか嬉しそうな様子だ。
そんな海馬は置いておいて鷲一は心琴に提案する。
「じゃぁ明日、その生徒会長に話を聞いてみてくれよ。その、外人の女の子の話」
「え!? 一回も話をしたことないのに!?」
心琴はびっくりした表情で聞き返してきた。
「顔は見たことあるけど、ほぼ初対面なんだよね……。話しかけにくいなぁ」
「意外だね! 心琴ちゃんはだれとでも仲良くなれるタイプの子だと思っていたよ」
海馬は心琴にウインクする。気持ちが悪いなと思ったことは言わない事にした。けれども、心琴はそのウインクを受けてか、考え込んでいるようだ。今、生徒会長に交渉できるのは心琴しかいない。鷲一もそっと背中を押す。
「まぁ、父親が死ぬんだ。少し話くらい聞いても罰は当たらねぇだろ?」
「……う。……わかった。ちょっと話してみる」
「お姉ちゃん頑張って!」
連覇もみんなに倣って心琴を応援した。
「……あ、あはは。頑張るね!」
引きつった笑顔で心琴は返事を返す。話しかけに行くこと自体乗り気じゃなさそうで心配だ。それでも、心琴が首を縦に振ってくれたのであとは任せる他ないだろう。
「あ、夢が覚めそうだよ」
「じゃ、また明日ね!」
「またね!」
「じゃぁな」
そうして今回の夢も終わりを告げた。
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