第14話 いざ!お泊り会議

「え!? え!? えええええええええええ!?!?」




 いつも集まる駅の広場は駅から見て南に位置している。


 そして、その反対方向の北側は南に比べて高級住宅が並んでいる場所になっていた。




 高級住宅が並ぶ、そのど真ん中、この町で一番大きい館。




 それが朱夏の家だった。




「みなさん、今日はお泊り会にしましょう!」


「え、これ、朱夏ちゃんのおうちなの!?」




 門から家が見えないほど遠い。二階建てだろう建物はどこかの大使館か何かを彷彿とさせるほど大きく。『家』ではなく『館』と呼ぶにふさわしい建物だった。




「はい! お友達を連れてきたのは久しぶりです。お父様もきっと喜んでくれますわ」




 無邪気に笑う朱夏を見て、一番慌ててたのは鷲一だった。




「ちょっと、ちょっと待ってくれ! 俺は泊まらないからな? 昨日初めて知り合った女の家なんて上がれねぇよ!」




 鷲一は別の角度から焦っているようだった。




「おや。鷲一君、実はウブなシャイボーイだね?」




 鷲一の慌てっぷりを見て海馬が茶化す。




「お前はいいよ!? 幼馴染だろ!? 心琴もまだ、同じ学校の同じ学年だ。……でも、俺が泊まるのは絶対おかしいだろ!?」


「あ、あの気分を害されましたか?」


「ちげえぇよ!!!!」




 おずおずと朱夏が顔を覗かせる。朱夏の眉毛はハの字となり、子犬のようなウルウルとした目に鷲一は更に慌てて、全力で突っ込んだ。




「私、昨日あなた方が学校で助けてくれたことを既に父上に話してあるのです。お礼もちゃんと言いたいですし、泊まるのが嫌でしたらホテルを予約いたします!」


「やめてくれ!! わ、わかった。……泊まる」




 話がどんどん変な方向へ飛んでいき、ついに鷲一が折れた。そんな事でホテルを予約されたらたまったもんじゃない。さらに言うとこの頭のどこかが飛びぬけてしまっているお嬢様の事だからきっと予約をされたらスイートルームとか、止まったことがないような部屋などを予約されそうだとおもうと身震いをしてしまう。




「ちょっと私家に電話してくる!」


「俺も」




 そういうと心琴と鷲一は一瞬席を外した。












「久しぶりですね、海馬お兄ちゃんが家へ来るの」




 二人きりになると朱夏が海馬にそっと話しかける。




「そうだね、何年ぶりだろうね?」




 海馬が懐かしそうに笑った。




「3? 4年前でしょうか? お母さんが亡くなったのが13歳の時……。その後ほとんど毎日うちに来て、励ましてくれましたね」




 朱夏も目を伏せながら静かに笑う。




「ふふ。そうだったかな。覚えてないよ」


「まぁた、嘘ばっかり」




 朱夏が海馬の顔を覗き込んで眉を顰める。




「心琴ちゃんから聞きました。お父さんを助けるの手伝って欲しいと、海馬お兄ちゃんが二人に頼んでくれたそうじゃないですか」


「……。余計なことを……」




 遠くで電話をしている心琴を海馬は少しにらんだ。


 朱夏はそんな海馬の服をそっとつまむ。




「……ありがとう」


「まだ……だよ。むしろこれからさ……」




 海馬は自分の手のひらを見つめながらそうつぶやくのだった。




 ◇◇




「おい、一般人。おじさんはな、江戸から代々伝わる大地主でガチの大富豪なんだよ。この敷地には入れるだけでもありがたいと思いたまえ」




 門が開くと海馬は堂々とそう言った。




「もう、海馬お兄ちゃんってば! そんな事ないのに!」


「いや、朱夏ちゃん、そんなことはあると思うよ……」






 あまりの広さに鷲一も心琴も一歩が踏み出せない。






 ブロロロロ……キキィ……。






 一般人2人が家の前で入るのをためらっていると後ろから高級車が停車した。


 おつきのものが出てきて後部座席のドアを開ける。




「あ! お父様! おかえりなさい」


「え!? お父様!?」




 ぎょっとして後ろを振り向くと、そこには朱夏のお父さんにしてこの町の町長が車から降りてくるところだった。




「おや、朱夏、客人かな? 初めまして。朱夏の父です」




 整った白髪に整った身なりの男性がお辞儀をした。


 自分たちは毎晩見ているが、きちんと話をするのは初めのその人はまぎれもない町長さんだった。




「はじめまして。同じ高校の松木心琴と申します」


「ども……。向井鷲一っす……」




 二人は緊張気味に挨拶をする。




「お久しぶりです、おじさん」




 海馬も礼儀を欠くことなく一礼する。




「おや、君は早乙女さん宅の海馬君かい?? 大きくなったねぇ」




 懐かしそうな穏やかな表情だ。




「はい、おかげさまで……。現在は医学部を目指して浪人生活を送っております」


「!?!?」




 初耳の情報に鷲一と心琴は目を丸くした。




「ふぉっふぉっふぉ。流石、射手矢一家は優秀ですね」


「あはは……ありがとうございます」




 言葉とは裏腹に海馬はつらそうな表情をしていた。




「お父様、今日この3人をお家へお招きしてもいいですか?」


「朱夏が連れてきた子なら変な子はいないだろう。好きにしていいよ。男の子達にはメイドに部屋を用意させるね」




(メイド!! メイドだって!)


(おれ、初めて聞いた……本当にいるんだ……)




 二人がコソコソ慌てていると、車の中でコトンという音がした。




「あ、あれ? お父様……その……後ろにいるのは?」




 朱夏が車に誰かいることに気が付いた。




「……え?」


「あ……」


「うそ……」




 3人はその姿を見て絶句する。


 車の奥から姿を現したのは青い目、明るい茶髪の外国人の少女。




「あら……この子……?」




 夢で町長がかばったあの外人の女の子だったのだ。


 しかし、夢と違うのは服装はみそぼらしく大き目のボロボロのシャツを一枚着ているだけ。


 顔も手も泥だらけだった。




「ああ。実は……少し厄介ごとに巻き込まれてしまってね」


「厄介ごと!? 大丈夫ですか?」




 朱夏が驚いて反応する。




「まぁ、お客様がいるところでする話ではないんで話は割愛するよ。……とにかく、いろいろあってこの子をしばらく預かることになりました。朱夏、あとでこの子をお風呂に入れてあげてくれ」


「う……うん……」




 戸惑いながらも朱夏は返事をした。




「さぁさ! わが家へようこそお友達諸君」




 町長は3人を家へ入るように促した。




「待ちなさい」




 しかし家主と違うことを言う人間が家の方から現れた。




「ボディーチェックをしていませんよ、旦那様」


「ちょ、ちょっと三上さんやめてください! 私のお友達なんです!」




 三上と呼ばれた女性は黒いスーツで夜なのに黒いサングラスをかけている。


 肩まで伸びる黒髪から香水のいい香りがした。


 三上が指を鳴らすと館から2人の男が現れる。




「……!!」




 そのうちの一人に海馬は見覚えがあった。




(ステージの横で俺を阻んだ奴だ。)




 以前の夢の中でステージへ潜入しようとしたとき、用心棒のような男に阻まれたことがあった。




(なんでここに!?)




 海馬が困惑していると男二人と三上が3人の手をつかもうとした。


 しかし、次の瞬間、町長が静止に入った。




「三上さん、子供たちはそっとしておいてください。クライアント命令です」


「……了解いたしました」




 三上の合図で2人は家の中に入っていった。




「すまないね。最近入ったボディーガードの三上さんだ。彼女は少しストイックなところがあってね。悪気はないんだが許してやってほしい」


「は……はい……」




 あっけにとられていると今度こそ明るい声で町長が家の中へ招待してくれた。




「ささ、今度こそはいっておくれ」


「どうぞ!」




 笑顔の朱夏に引っ張られて心琴は館に入った。




「お、おじゃまします!」




 声が引きつっていたのはきっと気のせいではなかっただろう。




 ◇◇




「来て貰って早々に悪いんだけど、この子をお風呂に入れてあげてくれないか?」




 後ろからオズオズと付いてくる少女をみて町長は言う。誰をみるのも怯えているようだった。




「随分と可愛そうな目に遭ってきたようでな……」


「そうなんだ」




 それはこの子の様子を見たら何となく分かる。


「よおし! お姉ちゃん達が飛びきりのべっぴんちゃんにしてあげるよ!」




 心琴が張り切って笑っている。




「そうですね! ささ、行きますよ! えと、お名前は?」




 すると青い目の女の子は口をパクパクさせる。


 しかし、声は出なかった。




「?」


「ごめんなさい、ちょっと聞こえなくて……」




 すると町長が朱夏の肩に手を置く。




「この子は精神的なショックから声が出せないみたいなんだ」


「そ、そんな。可愛そうに」




 思わず目を伏せてしまう。 


 今までどんな風に過ごしてきたらこうなってしまうのだろうか。


 相当酷い事をされて来たという事しか分からなかった。


 みんな言葉が見つからず一瞬沈黙が流れる。




「……。……よぅし! じゃあ、俺らであだ名を考えようぜ!」




 そんな沈黙を吹き飛ばすように鷲一がニッと笑う。


 思ってもみない提案に皆な笑顔になった。




「良いね!」


「鷲一もたまには良い事言うな」




 海馬もまた、いつもの悪い笑みを浮かべる。




「たまにはは余計だ」




 いつもの売り言葉に買い言葉だ。




「お父様、良いかしら?」


「わたしは構わないよ。君はどうかな?」




 町長は優しく女の子に話しかける。


 女の子はよくわかって居ない様だったが優しい声に少し表情が和らいだ。




「青い目の女の子だろ? ブルーアイだな」


「ネーミングセンス皆無か!」


「良かったのは提案だけだったな」




 鷲一は自信満々だったが、全員に瞬時に却下された。




「ふむ? 話せないし、女の子なら……静香とかどうだろうか?」


「話せないのはこの子の望んだ事じゃないしやめようよ」


「それに、日本っぽすぎるのはちょっとな」




 海馬も自分なりの案を出すが、これも却下されてしまう。




「では、この先この子が日本にも海外にも行けるような名前とかどうでしょう?」




 朱夏からの提案に心琴がひらめいた。


「うーん、そうだ! こんなのはどお?」




 心琴が皆に耳打ちする。




「あー、良いかもな!」


「私も賛成です!」


「それならこの子がこの先どこで暮らすことになっても大丈夫だね」


「日本語で言っても通じないから……ちょっと待ってね」




 心琴がカバンからノートとペンを取り出しサラサラと筆を走らせる。なんとか伝えようと心琴も苦手な英語をなんとか書いてみせる。




「君の呼び名は「エリ」。「Ellie」だよ!」




 そこには「Name」→「エリ」と「Ellie」と書かれていた。


 それを見た女の子はキョトンとしていた。


 心琴はエリを指差してゆっくりと言う。




「エリー!」




 すると、自分の事だと分かったのか、エリがノートと自分を交互に指差した。




「うん! そう、これからあなたはエリちゃんだよ!」




 すると、少女は蔓延の笑みを浮かべた。




「良かった! 通じたみたい!」


「よろしくね、エリちゃん」




 皆の笑顔にエリも笑い返した。




「さぁ、エリちゃん。体を洗ってあげるからこっちへおいで? 心琴さんももし良ければ手伝ってくれますか?」


「もちろんだよ!」




 心琴と朱夏はエリと手を繋いで部屋の奥へ向かって歩き始める。




「あ! 男子達は客間へ行っててくださいね。茶菓子を用意してもらいますので。さ、行きましょう!」




 朱夏はエリと心琴を連れてお風呂場に向かって消えて行った。




「ふぉっふぉっふぉ。さ、こちらへ」




 残された男子をおじさんが客間へ案内してくれた。




「う、うわぁ。すげぇ」




 客間はとても広くて、家具も豪華絢爛。


 ヨーロッパに来たかと勘違いしそうな煌びやかな客間だった。




「物壊すなよ? お前じゃ一生かかっても弁償できねぇからな?」




 海馬がコソッと鷲一にささやく。




「ま、マジかよ」




 いつもと違う冷や汗が流れてくるのを感じた。


 長い机に背丈ほどある背もたれのついた椅子。


 その椅子をメイドが引いてくれる。


 慣れない待遇にビクビクしながら鷲一は椅子に腰掛ける。


 正面には町長も座る。




「折角遊びに来てくれたのにすまないね」




 そう切り出したのは町長だった。




「いえ、急にお邪魔してしまって申し訳ありませんでした」




 いつもと全然違う海馬の口調に鷲一は驚いたが、流石にここでは何もいえなかった。




「海馬君なら何時でも来て良いんですよ。朱夏も喜びます」


「とても光栄なお言葉、ありがとうございます。ですが、今は不甲斐ない事に浪人生の身ですので。……朱夏さんにも本当に久しぶりにお会いしました」




 海馬は深々と頭を下げる。


 町長は髭を撫でながらジッと海馬を見ていた。




「そうか。そうか。それにしても最近の若者はこう言った派手なファッションをするものなのかな?君みたいな真面目な男が金髪にするとは思っても見なかったよ」




 町長は笑いながら言う。


 鷲一からしたら海馬は元から金髪のアロハシャツ男。正直こんな豪邸とは縁が無さそうな風貌だ。


 海馬は自分の髪を触りながら、少し困った顔をしてみせる。




「僕の様な半端物にはこれくらいが丁度良いのです」


「ふぉっふぉっふぉ。まぁ、そう言う事にしておいてあげましょう。でも、僕は君が真面目な好青年だと知っています。何か悩みがあれば伺いますからね?」




 本当に優しい顔で町長は海馬を見る。




「おじさんからそんな風に言っていただけるなんて、本当に僕は幸せです」




 まるで本物のお父さんの様に海馬は町長を慕っている。


 何時もの様子と違いすぎて鷲一は何も言えなかった。


 海馬の様子を見ていたらふと疑問が浮かび上がった。




(海馬から「おじさん」の話は良く聞くけど、自分の両親について何も聞いたことねぇな。両親共々医者だってなら、自慢の一つや二つ聞きそうなもんだけどな。)




 そんな事を思いながら、普段は憎まれ口しか出てこない男の事をじっと見た。


 その時だった。




「お待たせ!」




 後ろから心琴の元気な声が聞こえてくる。




「見てください! ほら! エリちゃん」




 朱夏の足にしがみ付いてなかなか出てこないエリを優しく前へ移動させる。


 ボサボサだった髪や泥だらけの顔は綺麗に洗われ、綺麗な洋服をきている。


 それはお祭りで見たお人形のような容姿だった。




「ふぉっふぉっふぉ、これはこれは。見違えましたね」


「似合ってるじゃねぇか。良かったな、エリ!」




 鏡を見せてもらったエリはとてもとても喜んでいるようだった。




「私はこの子の心が回復して、いつか声を聞ければと思っています」




 町長はエリの頭を撫でながらそう言った。




「海馬くん」


「はい?」




 町長は海馬に向き直った。




「この子を保護したのは、他ではありません、あなたのご両親です」


「……え?」


「あなたの両親も立派ですよ。今は仲違いをしているようですが、いつかきちんと話し合ってみてくださいね」


「……お見通しでしたか……」




 海馬は苦い顔をした。




「ふぉっふぉっふぉ。それでは私は失礼するよ」




 そう言い残すと、町長は別の部屋へと姿を消していった。

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