第8話 もう一つの事件
「ここ?」
野外ステージと反対方向、本ステージが見える位置にある雑居ビル。
ビルの看板には1階から4階までは各テナントが入っているようだったが、5階だけ空白になっていた。
「ちょっと薄暗いね」
「でも行くしかないだろ」
先陣を切る鷲一の後ろを心琴は連覇と手を繋いでゆっくり扉に入る。
エレベーターは止まっているのか、動かないので、階段をゆっくりと登る。
「ついた」
目の前には錆びついたドアがあった。
人の出入りはほとんどなさそうで、怪しい雰囲気が漂っている。
とりあえず周りには誰もいない事を確認して、ゆっくりとドアノブを回す。
--ガチャッ
鍵はシー・ホースの言う通り、本当にかかっていなかった。
3人は顔を見合わせる。
「すみません。誰かいますか?」
ドアを半分だけ開けて声をかけてみる。
反応はなかった。覗いてみると、中は暗く、カーテンから漏れる光でかろうじて全貌がうかがえた。
ほとんど家具などはなく、前の住人が残しただろう椅子が2個ほどあるだけだった。
「誰も……いない?」
ガチャリとドアを開けて鷲一がまず入る。
続いて、心琴と連覇が入るが、中には誰も見当たらない。
「こんにちは!シー・ホースさん!いませんかー!!!」
心琴が大きな声をだした……その時。
「う、うわ!!」
連覇の叫び声が聞こえる。
「え!?」
2人は驚いて後ろを振り向く。
「動かないで。手を上げろ」
開きっぱなしのドアが閉まり後ろを振り向くとドアの後ろから刃渡り10cmほどのナイフを持った人が出てきた。
身長が高く男性のようだった。
男はフルフェイスのヘルメットを被っていて顔は全く見えない。
そして、連覇がそのナイフが突きつけられている。
「なっ!?」
「え!?」
鷲一も心琴も連覇も全く予想外の出来事に動けなかった。
「お……ねえ……ちゃん……」
連覇はおびえて助けを求める。
「ちょっと! 子供相手に何するの!?」
睨みつける心琴に男はまるで動じなかった。
「静かにしてもらおうか。次喋ったらをこの子が傷ついちゃうよ」
「!?」
連覇が人質になっている以上二人は従う他なかった。
「よしよし。そのまま手を上げて膝をつけて」
「……っ!!」
仕方がなく二人は言う通り膝をついて手を上げる。
男は鷲一と心琴のカバンやポケットを探っている。
中から出てくるのは飴玉やらペンやらだけだった。
「……」
LIVEで仲間を探すつもりで書き込んだはずだったのに……。
自分の警戒心のなさを心琴は悔やんだ。
「くっ……。ぷぷっ……はーっはっはっは!!!!」
「!?!?!?」
すると突然、男が笑い始めた。そして、連覇を開放する。
「おねえちゃん!!!」
「連覇君!」
心琴が連覇を抱きかかえ、鷲一が二人を守るように前へ出た。
しかし、男は腹を抱えてまだ笑っている。
「な……なんだ?」
「わかんない。ちょっとおかしな人なのかも……」
入口にその男がいるため、逃げるにも逃げられない。
「すまなかった。正直、気を張りすぎてしまった」
突然、男はフルフェイスメットをはずした。
金髪、耳にピアス、首にはシルバーアクセサリー。
身長180cm程の男が現れた。
控えめに言って『怖い人』だろう。
「僕がLIVEで待ち合わせをしたのは君たちで間違いなさそうだ」
目の前の金髪はふてぶてしい笑みを浮かべている。
あっけにとられる3人に男はこう続ける。
「申し遅れた。僕がシー・ホース事、射手矢海馬いてや かいばさ!!!」
「……?!」
「……!!」
3秒の沈黙の後、心琴はぼそりとつぶやく。
「……誰さ、しほさんじゃないかとか言ってた人!」
「お前が先に女だって言ったんじゃねぇか!!」
「僕あのお兄ちゃん嫌い!!」
各々が好き勝手口にしてると、海馬は出していたナイフを背中にしまう。
どこかにナイフホルダーが隠されているようだ。
「まずは先ほどの無礼を詫びよう。僕は独り身だからね、ボディーチェックをさせてもらったよ」
「てめぇ、ぶん殴るぞ?」
鷲一は胸の前で拳を作る。
「ちょっと、待ってくれよ。君たちの方だよ、僕に会いたいって言ったのは」
海馬はニヤッと笑ってみせる。
心琴に小突かれて鷲一はひとまず拳を収める。
「……この夢のことだろ?」
「はい」
警戒心を解かずに心琴は話を始める。
「あなたはこの夢について何か知りませんか?」
じっと海馬の目を見て、心琴は早速に本題に入った。
「……何かっていうと?」
「え?」
海馬はそこらへんに転がっている椅子を立てるとそこに足を組んで座った。
「君たちは具体的に何を知りたいんだい?」
本題に入った海馬はさっきのふざけた雰囲気は全くない。
ナイフのように鋭い眼光で心琴をみすえる。
「え、えと。この夢を終わらせるにはどうしたらいいですか?」
「ここからは僕が現場から推測したに過ぎない憶測だけど聞いてみるかい?」
鷲一と心琴は一度お互いを見て頷いた。
「聞きたいです」
「聞かせてくれ」
二人は同時にそういった。
「よろしい」
海馬は指を組みなおすと静かにこういった。
「僕の推測では、この夢はあと6回繰り返される」
「6回?」
急に出てきた具体的な数字に疑問が上がる。
「どうしてそう言えるんだ?」
「君たち、スマホか携帯は持っているかい?」
「え?あ、はい」
心琴がスマホを開く。
「何日になってる?」
「7月……7日?」
「まぁ、七夕まつりの日だもんな。7日だよな」
鷲一が当たり前だろうという雰囲気でいう。
「じゃぁ、現実の世界は今日、何日だ??」
「え!?、えっと、確か……」
心琴も鷲一もパッと出てこない。
すると連覇が顔を突っ込んできてこういう。
「7月1日だよ! レンパ覚えてるもん!」
「!?」
「……え? まさか……」
心琴はスマホを開いて日数を数える。
「女の子は気づいたかい?」
海馬は目を細める。
「ん? 何をだ?」
鷲一は全然ぴんと来ていないようだ。
「ちょうど、6日。つまり……。この夢って」
「そう。僕の予想では、これは2020年7月7日。現実の七夕祭りの……」
「予知夢だ」
「!!!」
「!?!?」
今まで考えてこなかった可能性に心琴と鷲一は目を見開いて絶句した。
「そんな……」
「嘘だろ……!?」
二人は今まで想像していない現実に直面して絶句する。
「この、惨劇。実際に起こってしまうかも知れないということさ」
「なんでそんなことが言えるんだよ! 言いがかりはよせよ!?」
鷲一が海馬に攻寄るが海馬は相手にしなかった。
「あくまで僕の推理といったはずだ。冷静になってくれよ」
「っ……」
鷲一はいろんな思いを飲み込むしかなかった。
「あの、どうしてそう思ったか根拠を教えてください」
心琴も真剣なまなざしで海馬を見つめる。
海馬もまたにやっと笑って自分の推論を披露する。
「まず一つ、先ほど言った通り今……つまり夢の時刻と現実の時刻に差異があるね?」
「はい」
「ああ」
二人はうなずく。
「それが一つ目の根拠だ。そして二つ目、今年の星まつりのポスター、見たかい?」
「星まつり……?」
首をかしげる心琴に海馬は付け足すように説明する。
「このお祭り、厳密には七夕まつりじゃなくて星祭りと呼ばれるものなんだよ。じつは由緒正しい星を祀るお祭りなのさ。今ではせいぜい神輿くらいで、あとはただの屋台が並ぶだけだけどね」
「そうなのか、知らなかった」
鷲一も心琴もこの祭りを七夕まつりだと思っていたので、まるで知らなかった。
「それで、ポスターがどうかしたのか?」
「そう、そう。先ほども言った通り、この祭りは実は由緒正しいものだ。けれど今年は人集めのためにそれにふさわしくない何かが追加されてるね」
海馬がまたにやりと笑う。二人には心当たりがなかった。
「え? ふさわしくない、何か?? ……心琴、わかるか?」
「いや、全然わかんないよ……」
すると、海馬がつまらなそうに爪をいじりながらこういう。
「仕方がない。ヒントだよ。去年のお祭りになくて、今年はある。子供が大好きな奴だ」
そこまで言われて心琴はピンときた。けれども先に口を開いたのは連覇だった。
「五芒星レンジャーだ!!!」
いい笑顔で手をピーンと上げて五芒星レンジャーのポーズまでしてくれている。
「ふふっ。正解だよ防や。坊やのほうが優秀だね」
「やったー!」
「なるほどな! 連覇やるじゃねぇか」
「へっへーん!」
鷲一が連覇の頭をくしゃくしゃ撫でた。
そんな2人の様子をやさしい笑みで見ている海馬を心琴は不思議そうに眺めた。
(悪い人じゃないのかな……?)
そんな心琴の視線に気づき、また先ほどの不敵な笑みに戻す。
一呼吸おいて海馬がまた話を切り出す。
「君たち、いいかい? 現実世界で是非ポスターを見てほしい。できればネットで掲載されている去年のものとも比較してほしい。今年に限ってレンジャーが来るのだよ。今年の星まつりに、だ」
「なんか、予知夢って話だんだん真実味を帯びてきたね……」
「でも、もし……もしだよ? これが本当だったら……」
何度も経験している。血に染まる赤い夢。赤い塊になっていく人々の夢。
4日前までは、自分もその中の一人で、他の人と変わらずに死んでいた。
「7月7日に50人近く死ぬだろうね」
冷たい声で海馬は言った。
「そ……そんな……。さらっと言わないでくださいよ」
あまりにもさらっという海馬に困惑する心琴に見向きもしないで立ち上がった。
「衝撃を受けているところ悪いが、時間だ」
「時間? まだ電車は来ませんよね?」
手元のスマホをみるとショーが始まるであと5分ほどある。
ショーが始まって10分程で電車が来ることを考えるとまだあと15分もある。
「君たち、今度は僕の話を聞いてほしいんだ。こっちへ来てくれ」
海馬は階段への扉を開け移動を促す。
「?」
「なんだ? どこへ行くんだ?」
「この上の階、つまり屋上だ」
3人は海馬に促されるままに屋上へと歩き出す。
薄暗い階段を上るとすぐに鉄の扉がある。
屋上への扉だ。
「実は脱線事故以外にもこの夢の中ではトラブルが起こっている」
「はぁ? これ以上何が起こるんだよ?」
鷲一は眉を顰める。
--ガチャッ
屋上への扉もカギはかかっていなかった。
じめっとした夏の暑い風が肌を撫でる。
「いいお祭り日和なんだけどなぁ」
心琴が風を感じてそんなことを口走る。
「そうだね、……祭りは祭りでも血祭のほうだけどね」
海馬はにやっと笑う。
「てめぇ、そういうこと言うなよ」
「最低ー」
二人のブーイングなんて聞く耳持たず。
「ほら、あそこの本ステージを見てみてくれよ」
雑居ビルの屋上からは本ステージがよく見える。
「何かやってるの!?」
連覇が身を乗り出してみるも、そこには町長が演説をしているだけだった。
「……つまんなぁい」
「坊やは……そうだな。この飴をあげるから少し向こうで遊んでおいで」
「わぁい! ありがと!」
連覇はイチゴ味の飴を受け取ると屋上の奥のほうへ走っていった。
「ガキには優しいんだな」
「これから起こる衝撃映像は流石に子供には見せられないからね」
しれっと海馬はいう。
「え!? ……衝撃映像!?」
「ほら、始まる。本ステージのおじさんをよく見てて」
「おじさん? って、町長の事ですよね?」
きれいに整った白髪に、グレーの背広。こんな熱いというのにしっかりと首元で締められているネクタイ。
何度か、この町の演説で見たことがある。
この町、屈指の大富豪と噂の町長だった。
「そうさ。おじさんとは結構昔からの知り合いでね」
「そうなんだ! ……え、ちょっと待って!?」
3人が町長を見ていると、町長は急にステージから観客席に向かって走り出す。
「何!? どうしたの……?!」
町長が一人の観客に覆いかぶさったかと思うと……
--パァン!!!!
--パァン!!!!
「あ!!!! ああぁああぁぁ!!!!」
一瞬だった。
町長が射殺された。
2回、発砲音が聞こえた。
誰かに狙撃されたのだ。
頭から血が噴水のように噴き出している。
「なんだよ! なんだよこれ!! ここ日本だよな!?」
遠くて細かいところまではわからなかったが明らかにあたりが赤く染まる。
パイプ椅子から崩れ落ちた時にはもうすでに動かなくなっていた。
「っ……」
「……あ。海馬さん。……」
海馬はこの様子を。見ていられなくて後ろを振り向いた。
心琴が見た時には今にも泣き崩れそうな顔をしていた。
さっきまでのにやりと笑った顔の面影は全くない。
本当に本当に辛そうな表情だった。
「……。見てもらったのは他ではない」
ゆっくりと海馬が切り出す。
「おじさんを、助け出してほしいんだ」
--キキィーーー!!!! ガッシャーン!!! ゴゴゴゴ!!!
レンジャーのステージから電車が脱線する。
また今日も人がどんどんひき潰されて。
この、目の前の本ステージ前で倒れているおじさんをも巻き込んで、
最後のビルへ突っ込んで止まる。
「……。この夢でおじさんは2回殺されるんだ」
「一回目は殺人で、2回目は脱線事故」
心琴と鷲一は静かに海馬の話を聞いた。
この夢は海馬にとっては本当に辛い悪夢に違いなかった。
「……もうすぐ夢が覚めるね」
この世界が終わるとき世界が少しずつ明るくなる。
光に包まれながら心琴が海馬に言う。
「あの、私たち。ここの駅の広場に6時半から集まっています。もしよければ来てください」
「ふふ、そうだね。気が向いたら行くことにするよ」
静かに笑って海馬は言う。
「僕も僕も!!」
「え!? 連覇お前もくんのかよ!?」
「もちろんだよ!」
「あはは。……君たちでよかったよ。ネットに書き込んだから殺人鬼側が接触しに来たらどうしようかと……。後になって気づいてね。さっきはすまなかった」
「だから、あんなナイフを持ってたんだな」
鷲一は先ほどの一連の動きは自分の身を守るためだったと納得した。
「そういうこと。ま、杞憂で済んでよかった。あの書き込みはもう消したから大丈夫だと思うけど」
「確かに、この世界に『殺人鬼』がいるってことだもんな」
「なんか、すごいことになってきたね」
心琴は考えなければならないことが山積みで頭がパンクしそうだった。
「それじゃ、駅の広場に6時半だね?」
「うん! またね、海馬さん!」
「じゃぁな!」
「ばいばい!」
こうして、もう一つの事件と遭遇した4回目の夢は覚めていった。
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