第7話 想い

「お姉ちゃん!? 大丈夫!?」


「え……?」




 目がさめるとまた、妹が私を叩き起こしていた。




「もう、最近どうしたの?」


「……また、うなされてたの??」


「いや、今日はめっちゃ泣いてるよ??」


「?!」




 自分の頬を確かめる。


 涙に濡れている。




「ここのところ毎回うなされてるよね」


「なんかね、おんなじ夢ばっかり見るんだ」


「え?」




 妹の驚いた顔。


 そりゃそうだ。おんなじ夢なんて2回見れば多い方だ。




「ねぇねぇ、どんな夢?」




 興味津々に聞いてくる妹に、一瞬脱線事故のことを話そうかと思ったが縁起でもないのでやめた。




「……いっつもあんまり覚えてないんだよね」


「ふーん。まぁ、悩みがあるなら聞くからね?」


「あ、あはは。大丈夫だって。それより部活遅刻しちゃうよ?」


「おっと! 行かなきゃ!いってきまーす!」


「うん、いってらっしゃい」




 元気よく走っていく妹は本当にいつも通りだった。


 閉じた扉を眺めながら、心琴は毛布を握りしめた。




(鷲一にちゃんと謝らなきゃ……)




 今日は昨日鷲一が来た6時半に駅の広場に到着した。




「鷲一……」




 すでに学生服に身を包んだ鷲一が広場に立っている。


 腕を組んで仁王立ちでこっちを睨んでいた。


 心琴は近くまで駆け寄って誠心誠意頭を下げる。




「本当にごめんっ!!!」


「……」




 鷲一は喋らない。




「話をしてたらどうしてもあの子を助けたくなっちゃって」


「……」




 じっと心琴の話を聞いている。




「でも、あの子ショーに夢中になって話を全然聞いてくれなくて」




 心琴は目に涙を浮かべている。




「時間が迫って、怖くて、足が震えて。……私、諦めそうだった」


「……」


「鷲一が来てくれなかったら死んでた」


「……」


「鷲一、来てくれて本当にありがとう。もう、突っ走って何処かに行ったりしない。そして、何より、怪我させて本当にごめん」


「歯、食いしばれ」


「え?」


「歯を食いしばれって言ったんだ」




 鷲一は胸の前で拳を作る。




「……っ!!」




 昨日の夢では自分のせいで鷲一にヒドイ怪我を追わせてしまった。




(殴られて当然だよね……)




 心琴が目をつぶって歯を食いしばる。


 すると……。




 ……コツン




 降ってきたのはとても軽いげんこつだった。




「え?」




 痛みなんてほぼないに等しい攻撃に、心琴はキョトンとした。




「ばああああああああああああか」


「はぁ!?」




 心琴はシンプルな悪口に眉を顰めた。誠心誠意謝った結果がこれである。


 けれど、鷲一は真面目な顔で心琴を見据えた。




「ちげぇよ。俺が怒ってんのそこじゃねぇから!!! 怪我とかどうでもいいっての!」


「いやいやいや!よくないよ! めちゃくちゃ痛そうだったじゃん!」


「痛かったよ! でも、違う。あれは夢だ起きれば治る。そんなのどうでもいい。聞け」


「う、うん」




 鷲一は心琴の両肩に手を置いてまっすぐ心琴の顔をみる。


 真剣な表情に心琴はドキッとした。




「俺からすれば、だ。お前だってとっくに「顔も名前も知っている相手」なんだよ」


「……あ……」


「俺だけ待ってろ!? その時点でイラっときてたよ! でもな、待てども待てども帰ってこない」


「…………」


「仕方がなく迎えに行けば、お前膝抱えて座り込んでやがるし!! ふざけんなよ!!!!」


「……うぅ……」


「お前が助けるっつったんだから、力ずくでも助けろよ!!お前が諦めたら終わりなんだから!」


「…………」




 そして最後に鷲一は全力でこう言った。






「お前が死んでくのを俺はもう、見たくねぇんだ!!」


「……!!」






 息を切らせて鷲一は言いたいことを言いつくした。


 そして、心琴の顔を見ると大粒の涙が溢れている。




「げっ」




 思わず鷲一は3歩後ずさった。




「ご……ごめ……」




 気が付けば、思わず泣いていた。


 自分の勝手な行動でけがを負わせたのに、鷲一は自分を鼓舞して助けてくれた。


 その事に安心だの、後悔だのの感情がごちゃ混ぜになって涙を止められなかった。




「ちょ、ちょっと泣くなよ!?」


「だって……ひっく……鷲一……。ごめんね……」


「……。もーいいよ。もういいから泣くなよ」




 鷲一は参った声であたふたしている。




「うん……。うん……」


「……」




 しばらく泣いていたが心琴は目の涙をさっと拭って鷲一に向き直った。




「ねぇ、鷲一?」


「なんだよ」


「……ありがとう」




 心琴は深々と頭を下げる。




「いいっての」




 鷲一は歯を見せてニッと笑って見せてくれた。








 それから二人は人の少ない木陰で心琴が落ち着くのを待った。




「ごめん、もう大丈夫。落ち着いた」


「もう時間だから、連絡はまた後でLIVEする」


「うん! わかった! あ、そういえば……シー・ホース!!!」


「あ。忘れてた」




 昨日はLIVEで見かけたシー・ホースと夢で待ち合わせをすることになっていたが、会うことはできなかった。




「LIVE見てみるね」




 すると、その時……


 ペポン。


 聞き覚えのある音がした。




「あ、シー・ホースからのDMだ!」


「DM?」


「ダイレクトメッセージ!」


「メールってこと?」


「……うん、まぁ似たようなものかな」




 相変わらずの機械音痴に心琴は説明をあきらめた。




「で、なんて書いてあるんだ?」


「えっとね……」




『昨日は会えませんでしたね。今晩は場所を変えて待ち合わせをしませんか? 駅前の雑居ビル5Fの鍵が開いております。他の人に見られないようにそっと入ってきてください。』




「だって」


「な、なんか怪しい書き方だな。なんで他の人に見られないようになんだ?」




 翻弄されている感じがして鷲一は口をへの字にした。




「う、うーん。なんか、気難しそうな人だっていうのは伝わってくるね」




 心琴も肩をすくめる。




「とにかく、会ってみなきゃ始まんないよな!」


「だね!」


「って、やっべー! 時間!!」


「わ! 行こう! 遅刻しちゃう!!」




 二人はそれぞれの改札に向かって猛ダッシュするのであった。




 ◇◇




 この日の夢。




(私の記憶で言うところの4回目の夢)




 心琴はいつも本ステージの脇から夢が始まる。


 夢が始まったばかりの時間は開会のオープンセレモニーの真っ最中で、近所の吹奏楽部のトランペットやホルン、クラリネットやオーボエといった楽器演奏者が盛大にお祭りを盛り上げてくれている。




(今更だけど、この夢の住人って本当の人間なのかな?)




 ふとそんな疑問が沸き起こる。


 広場へ向かって歩きながら辺りを見回してみる。




(知り合いはとりあえずいない……か)




 広場の時計が指す時刻は昼の13時半だった。




「よ。遅かったな」




 鷲一はいつもの場所で待っていてくれた。






「ごめんごめん!人の顔見ながら歩いてたら遅くなっちゃった!」


「何してんだか」




 鷲一があきれていると後ろから小さな人影が飛び込んできた。




「お姉ちゃん!!!」


「え!? 連覇くん!?」


「げ!! あのガキ!! 今日も来やがった」




 昨晩であった小学生の連覇くんだった。




「レンパは別にお兄ちゃんに会いに来たわけじゃないもん。お姉ちゃんに会いに来たんだもん」




 連覇は鷲一にあっかんべーをしてみせる。




「グッ、このガキ……。次は助けてやんねぇからな!」


「ちょ、ちょっと鷲一! 相手は子供だよ!」




 むきになる鷲一を心琴はなだめる。




「うっせ。どの道今日俺らは用事があるからこいつのママ探しはできねぇぞ?」


「確かに……ごめんね、連覇君今日は私たち用事があってね」




 心琴がしゃがんで連覇目線で話しかけると、連覇は嬉しそうな顔でこう言った。




「じゃぁレンパがついて行ってあげるよ! お姉ちゃんを守ってあげる!」


「……」


「……」




 無邪気な小学生の笑顔を目の前に、2人は一瞬無言になってしまう。




「ね、いいでしょ?」




 連覇が心琴の足元によって来てお願いをする。




「……どうしよっか?」




 困り果てた心琴は鷲一に助けを求める。




「しらねぇよ。お前が助けたんだろ。……だからこいつも、記憶を引き継いでんじゃねぇの?」


「あ、ほんとだ。私たちの事覚えてるや」




 言われてみると、連覇が私たちを覚えていること自体がこの夢では「普通」じゃない。


 この夢の人はほとんど毎日同じことを繰り返している。


 記憶を引き継がないから祭りの日に初めてここに来た時の行動を繰り返すのだろう。




「まぁ、またショーに行かれても困るし、連れて行くか」




 鷲一はため息交じりでそういった。




「ありがとう」




 心琴がにっこり笑う。




「やったー! ……で、どこに行くの?」


「……雑居ビルに会ってみたい人がいる」




 広場から少し離れた雑居ビルを指さす。




「……つまんなぁい」


「知るかよ!!!!」




 こうして3人で雑居ビルへ向かって行くことになった。

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