第6話 待ち人現る!?

 心琴は、今日も夢・の・中・で目が覚める。




「もう、3回目、か」




 まだ、3回目という表現の方が正しいだろう。


 今日も今日とて目の前で地獄が繰り広げられる。


 そう思うと、少し俯きたくなった。




「よっ」


「あ、鷲一」




 後ろから声がして私は振り返えると、昨日見たのと同じ不機嫌そうな顔の鷲一が近づいてきた。


 気が重いのはきっとお互い様なのだろう。




「いこうぜ」


「うん」




 短くそう言った鷲一が指差す方向は、もちろん駅の広場だった。




 現実世界のアプリ、LIVEで同じ夢を見たという「シー・ホース」さんに会う約束の場所。


 しかし、駅の広場は祭りの行き交う人々でごった返している。一言で待ち合わせといってもどう探せばいいかわからなかった。




「あれから反応あったか?」


「ううん、ないよ」


「そっか……。どうやって探せっつんだよ」




 何か特徴的な物を持っていたり、背格好がわかればまだ良い。


 ただでさえ人が多い中、知らない人を探すなんて雲をつかむような話。声をかけられるのをひたすら待っている内に、私も鷲一も徐々に暇になってきた。話題は自然とシーホースへと向く。




「シー・ホースって……確かタツノオトシゴだよな?」


「え、そうなの? ごめん、私英語全然ダメで」




 私は英語は全然分からない。というか、そもそも勉強が大の苦手だ。


 鷲一の方が頭が良いのかもしれないとちょっと思う。




「俺も英語なんて全然だぞ。まぁ、たまたま知ってただけだ」


「そっか安心した。鷲一、別の高校みたいだし、すごい頭が良いのかと思った」


「俺が? どこ見たらそんなこと言えんだか」


「あはは。確かに!」


「確かに! じゃねぇよ! それはそれで傷つくって!」


「あははははは!」


「笑いすぎだっての!」




 まるで緊張感のない会話に力が抜けた。


 これから起こることから目を背けているだけかもしれないと、少し罪悪感を覚えながらも鷲一との会話はこの夢唯一の楽しみだった。




「女性かなー?」




 顎に人差し指を乗せて思った事をつぶやいてみる。




「ん? なんでだ?」


「いや、なんとなくだけど丁寧な口調だったでしょ?」


「んー、まぁ敬語だったな」




 鷲一はそれだけだと根拠が薄いように思えたのか首を傾げているが、他にもちゃんと根拠はある。




「あとね、シー・ホースさんのブログ見せてもらったらパフェの写真がたくさん出てきたの」


「ほうほう、そりゃ確かに女っぽいな」


「でしょー!」




 カフェに行くとまず写真を撮るのが最近の女子だと相場が決まっている。カフェに限らず食べ物全般の写真は「映え」だとかいってこぞって写真を撮っている光景は、最早、当たり前のものとなっている世の中だ。




「本名シホさんとかだったりしてな?」


「やばっ、そうっぽく思えてきた!」




 二人がシー・ホースの話に花を咲かせいていると、小さな人影が二人の背後に近づいてくる。




「あ。あの」




 心琴は鷲一と顔を見合わせた。


 夢の中の人が自分たちに声をかけてくることは初めてのことだった。


 彼らは私たちの事なんて気にせず今宵も七夕祭りを楽しんでいる。


 つまり、普通と違う行動をしてくるのは……




((……もしかして、シー・ホース?!))




 心琴と鷲一は、ほぼ同時に後ろを振り返った。


 が、一瞬声の主を確認することができない。




「あ、あの! すみませんってば!」


「え?」




 目線を下にずらす。


 そこには、ランドセルに黄色い学校指定帽子を被っている男の子が立っていた。


 どう見ても、自分たちの腰程度の大きさしかないその人間は……




(しょ、小学生!?!?)




 心琴と鷲一は少しの間お互いの目を見たまま一言も発せなかった。




「きき、き、きみ……君が私たちと待ち合わせをした人、なの?」




 心琴は可能な限り動揺を隠しながらそう言った。


 鷲一も固唾を飲んで小学生の反応を見守っている。




「え?? 僕お姉さんもお兄さんも知らないよ?」


「え?」




 てっきり、ネットで書き込みをしたシー・ホースだと思ったため、肩透かしを食らってしまう素っ頓狂な声を上げてしまう。






「あのね、連覇のママがいなくなったの」


「なんだ……迷子か……」




 その言葉に肩の力ががっくりと抜けた。けれども、目の前の小学生は今にも泣き出しそうだ。こんな小さな子が困っていたら手を差し伸べないわけにはいかない。とりあえず話を聞いてみよう。




「君、連覇君っていうの?」


「うん。何回も勝つっていう意味なんだって!」




 連覇は自分のランドセルに着いた名札を見せてくれる。


 名札には白鳥連覇しらとりれんぱと書かれていた。




「かっこいい名前だね!」


「……ありがとう!」




 連覇は自分の名前を褒められて嬉しそうにほほ笑んだ。その笑顔を確認すると私は連覇に手を差し出した。




「さて、じゃぁ、ママを探さなきゃね」




 心琴は優しい顔で連覇に言うが、その発言に鷲一は思わず声を張り上げる。




「おい! シーホースはどうすんだよ!」




 鷲一は心琴の行き当たりばったりな行動に苛立ちを隠せない様子だ。けれども、心琴はそんな鷲一に手の平を合わせて軽くごめんのポーズをすると連覇の手を握った。




「すぐ戻ってくるよ! それまで、鷲一ちょっとここにいてくれる?」




 小さな子供が困っているのに自分の用事なんて優先できない。


 それはたとえ夢でも変わらない事だった。




「俺一人で待つのかよ!」


「わかってるよ、ちょっとだけだからさ!」




 二人が言い争っていると連覇が間に割り込んできた。




「あ、あのね! ママはね、探してもいないんだ」


「だから迷子って言うんだろ。何言ってんだこいつ」




 あまりにぶっきらぼうな物言いに心琴は少し鷲一を睨んだ。鷲一は憮然とした顔でそっぽを向く。




「ち、ちがうんだよ! 聞いて! お願い!」




 今にも泣きそうな声で連覇は訴える。




「……?? なんか様子が変だなこの迷子」




 鷲一は普通の迷子以上の必死さを連覇から感じて、連覇の顔が見えるようしゃがんで正面から連覇を見る。連覇も泣きそうのをぐっとこらえて鷲一を見返した。何かがありそうだった。




「ねぇ、ママとどこまで一緒だったの?」




 心琴に聞かれて、連覇は鷲一と心琴の目の前を指差す。


 目の前を指さされて二人は困惑した。




「え? ここ?」


「一緒に手をつないでたんだけど……急に消えちゃったんだ……」


「!?」




 言っている意味がわからなかった。




「泡みたいになって風で飛ばされていったの」




 二人は顔を見合わせるが連覇は至って真剣だった。




「ママ……ヒック……どこにいっちゃったんだろう……ヒック……」




 ついに泣いてしまった連覇の頭を心琴がそっとなでる。




「不安だよね、大好きなママだもんね」


「でも、こいつのいってる事よくわかんないぞ?」




 鷲一は意味の分からない子供の発言に戸惑っているようだ。




「……わかんないよ。私だって」




 心琴はそれでも優しい顔で連覇の頭を撫でた。


 しばらく頭を撫でて、連覇が泣くのを落ち着くのを待っていると……。




「みなさーん! あと10分で五芒星レンジャーがここにきてくれますよ!」




 広場の向こう、野外ステージから軽快な司会のお姉さんの声が聞こえ始めた。




「え!? 今日五芒星レンジャーくるの!?」




 がばっと連覇が顔をあげる。


 この世代の男の子からしたら憧れのヒーローなのだろう。


 さっきまで泣いていたのが嘘のような笑顔である。




「え!? えと、うん。来るんだって」


「見に行く! 連覇、見にいってくる!!」




 そう言うや否や連覇は走り出した。




「ちょっと、ちょっと待って!?」




 急に走り出す連覇を追いかけようと心琴が走り出そうとする。




「おい待て!」




 心琴の手を鷲一が掴んだ。




「なんで止めるの!?」


「ばか! これから起こる事を忘れたのか!? あのステージ近くに行ったらまず助からねぇよ!?」


「だからだよ!! このままじゃ連覇君も……また死んじゃうんだよ!?」


「……!?!?」




 泣き出しそうな心琴の顔に鷲一はひるんだのか、握る手の力が弱まった。






「離して。名前も顔も知っちゃった相手を見殺しにできない」






 心琴は鷲一の手を力いっぱい振り払った。不意を突かれた鷲一の手から心琴の手がするりと抜ける。




「おい!!!!!」




 鷲一の制止を振り切って心琴は連覇を追いかけていった。心琴の背中はどんどんと小さくなっていく。その背中を鷲一は眉を顰めながら睨みつけた。




「……なんだよ、あいつ……」




 つまらない気持ちだけが鷲一の胸に残るのだった。






 ◇◇






 連覇を後から追いかけた心琴は早速連覇を見失っていた。




(連覇くん、どこだろう。)




 ステージ前には何人ものヒーローを待つ子供達がいる。


 その中からさっき会ったばかりの黄色い帽子とランドセルの子を探すのは厳しい話だった。




(ここにいたら、また今日も……)




 悲惨な現場が脳裏によぎる。


 ここにいれば心琴もその“赤い塊”の一部分になってしまう。




(鷲一の言う通りかも……)




 思えば、心琴はいつも考えるよりも先に行動してしまう。


 実は死んでしまうかもしれない恐怖で少し足がすくんでいた。




(早く……早く連覇くんを見つけてここから逃げなくちゃ!)




 心琴は自分を鼓舞すると、目を凝らしてあたりを見回す。


 すると、ステージ最前列、一番ど真ん中に黄色い帽子がチラッと見えた。




(いた!!!!)




 すぐさま、人混みをかき分けるようにステージへと近づいていく。


 子供だらけの中一番前に高校生が突き進んだ。




「すみません。すみません!通してください!」




 周りの子供たちに何度も謝りながら、心琴はなんとか連覇のところにたどり着いた。




「あれ? お姉ちゃん?」


「連覇君! ここから出……」




「ヒーローショーの始まりです!」




 『ここから出よう』と言いかけた時、心琴の声は軽快なお姉さんのマイク音にかき消された。




(まずい……)




 心琴はその言葉と共に青ざめた。


 お姉さんがこの合図を初めて約10分。


 あと10分でここは電車が真っ先に突っ込んできて血の海と化すのだ。




「連覇くん! ここから離れて!」


「え? なんて言ったの?」




 大きなレンジャーのBGMに心琴の声はほとんど届かない。


 そして、電車が近づいてくる音もこのBGMのせいで誰一人気が付かない。




「ここから出るよ!」




 周りの目を気にせずに大きな声で連覇にそう呼びかけるとついに、声は届いた。けれども、連覇はその届いた言葉を拒否する。




「え!? やだよ! 今から五芒星レッド来るんだもん!!」




 五芒星レンジャーが大好きな連覇はここを動こうとはしなかった。




(そっか……そりゃ、そうだよね。)




 これは夢だ。目が覚めればこの子のお母さんもいるし、夢の内容なんて忘れて普通に過ごせる。


 それでも、心琴は目の前の男の子を見殺しにできない。震える手を差し出す。




「連覇くん、お願い。あっち行こう?」


「ヤダってば!」




 しかし、手はあっけなく振り払われた。


 それによって折れたのは、心琴の心のほうだった。






「……そっか。じゃぁ、お姉さんもここにいる」






 心琴は連覇の隣でしゃがむと膝を抱えた。




 震えが止まらなかった。


 これから起きる惨劇。


 痛み。苦しみ。


 すべてが目の前に来ているのを知っている。




 そんな心琴の様子にも気づかず、連覇は無邪気に笑う。




「うん! 一緒に見……うゎ!!」




 突然連覇が大きな声を出して、はっとして顔を上げるとそこには連覇を肩に抱える鷲一の姿があった。ものすごく怒った顔で心琴を睨みつけている。




「馬鹿野郎」


「なんで……? 来てくれたの……?」


「……話はあとだ。走るぞ」




 連覇を抱えたのとは逆の手で心琴は引っ張られて立ち上がる。不思議と足の震えは収まっていた。鷲一の手が心琴をしっかりとつかんだまま、二人は全力で走りだす。もう時間がない。向かう先は昨日の非常階段のあるビルのようだ。




 キキーーー!!!!ガッシャーン!!!




 その時、真後ろから爆炎が噴き出す。


 数十メートル後ろからひどい悲鳴と爆音が耳に届いたが振り向きもせずに駆け抜けた。


 数秒前までいた場所は瓦礫の山と化しているだろう。




「はしれええええええええええええええええ!!!!!!」


「きゃあああああああああああああああああ!!!!」


「うわあああああああああああああああああ!!!!」




 あらゆるものをなぎ倒す電車があと10メートルほどで3人に追いつくという時にビルに着いた。


 チェーンを飛び越え、1階半ほど登ったその時。




「手すりにしがみつけ! くるぞ!!!」




 ビルの1階に電車の車両が衝突した。




「きゃぁぁぁ!!」




 地震のような激しい揺れがビルを揺らす。ビルが部分的に砕け、一階の非常階段は激しくひしゃげた。そのまま本ステージの後ろの建物まで、脱線電車はすべてのものをなぎ倒して行く。




「はぁ、はぁ」




 息を切らせて心琴は生き延びたことを確認した。


 手が震えているのを実感する。


 鷲一がいなければ今頃ペチャンコになっていただろう。


 自分の勝手な行動を鷲一に謝ろうと心琴は振り返った。




「鷲一。私……ごめ……ひゃっ!?!?」




 後ろを振り向くと鷲一はひしゃげた階段に右足をつぶされていた。


 肉がえぐれ、骨が突き出ている。


 酷い量の出血で階段は赤い水たまりになっていた。




「ううう……ぐぐっ……」




 鷲一はあまりの痛みに唸る事しかできない。




「ああああ。ああぁぁ……!! ごめん……ごめん!! 鷲一!! しっかり!!」


「お、おにいちゃん、大丈夫じゃないよ……これ……」


「ごめん……!! ごめん!!!」




 広がっていく血の水たまりは心琴の足を赤く染めた。


 心琴は泣いて謝るが、もう、うめき声しか返ってこなかった。






 こうして、3回目の夢はおぞましい赤い色と共に覚めていくのだった。

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