第5話 夢同好会
心琴とアカウント交換をした夕方、突然スマホから変な音がした。
--ペポン
その時、夕ご飯を食べている真っ最中だった鷲一と父親は聞き慣れない音に辺りを見回す。
「ん? 鷲一の携帯から何か音がしたようだよ」
「なんだろう」
スマホを開いてみると心琴からのメッセージだった。
本当にメッセージが届くと思っていなかった鷲一は少しの間ディスプレイを凝視する。
【KOKOTO:やっほー! 鷲一、今いい?】
どうやら先ほどの聞きなれない音はメッセージが届くと同時に鳴る通知音のようだ。
「あ。これ……友達だ」
「友達? ……そうかそうか」
「なんだよ、いいだろ?」
「はは。もちろんだ」
父親は穏やかに笑った。
そんな会話を遮るようにLIVEのメッセージ音がどんどんと鳴り響く。
--ペポン
『ねぇねぇ! ちょっと同好会見て!』
--ペポン
『おーい。見てるよね? 既読になってますよー。』
--ペポン
『もしかして、文字の打ち方知らない!? 右の三角を押したらキーボード出てくるよ!』
--ペポン
『スタンプ』
--ペポン
『スタンプ』
--ペポン
『スタンプ』
女子高生の心琴からしたらこのスピードでの応対は普通なのだろうが、今日始めたばかりの鷲一には厳しいものがある。流れていく文字に一言も返せない。そもそも今は食事中だった。
「う……うるせぇ。この音どうにかならないかな?」
「うーん、僕も最近の携帯はちょっとわからないなぁ」
男二人で困っていると今度は急に電話がきた。
「げ、電話できやがった。わりぃ、親父。ちょっと電話してくる」
「食器は洗っておくから、気にせずいっておいで」
「サンキュー!」
どたどたと自室へ行ってから慌てて電話をとる。
「ちょっとー! どういうことー!? 全然反応してくれないんだけど!」
開口一番に文句を垂らす心琴に鷲一はため息を漏らした。
「おい! 俺、飯食ってたんだって。お前こそ急にペポンペポンって音なってうるさいんだよ!」
「あー。そっか。初期設定のままだもんね。ごめんごめん。明日音消してあげる」
「……で?」
人の夕食中に怒涛のメッセージの嵐を送ってきた心琴に低い声で本題を促す。
用事がなかったら怒ってやると息巻いていた。
しかし、本題を思い出した心琴は声をはずましてこう言った。
「そう! えっとね! LIVEの同好会に『夢同好会』っていうのを見つけたの!」
「夢同好会?」
「うん、その日の夢を書いたり、面白おかしく絵をつけたり」
「なるほどな」
朝に言った、同じ夢を見ている人について調べてくれていたらしい。思った以上に協力的な心琴に、思わず笑みがこぼれる。
「そこに俺らのこと書き込むのか?」
「そう思ってたんだけど……私たちと同じ夢にそっくりなことを書いている人が既にいたの!」
「……そんな、マジかよ?」
「夢同好会、今日授業中ずっと読んでたんだけど、昨日投稿されてるから割と上の方にあってすぐ見つかったの」
まさかの急展開に驚くばかりだった。もう7日も同じ夢を繰り返しても何一つ出来なかったの自分と比べて心琴はあっという間に情報を掴んできた。
「心琴ってすげぇな」
「えっへへ! それほどでも!」
褒められて嬉しいのか弾んだ明るい声が返ってくる。心琴は褒めることも褒められることも素直な奴なんだな、と内心では笑ってしまった。
「どうしよう? この人のページに飛んで話しかけてみる?」
「そうだな、仲間は多いほうがいい」
この悲惨な夢ループから抜け出すためには自分たちだけでは方法が全くわからない。
今は仲間が必要だ。
「えっとね、名前はシー・ホースさん」
「しーほーす? 外人?」
「いや、ハンドルネームでしょ。たまに嫌がらせとかあるから鷲一も実名は出さない方がいいよ?数年前、それでかなり問題になったってニュースでやってたもん」
「う」
自分のページは見事に実名のままだ。
心琴は当たり前のことを言うようにさらりとそう言うと本題に戻った。
「じゃぁ、この人にメッセージ送るよ?」
「そうだな、同じ夢を見ているってことと、もし本当なら駅の広場で待ち合わせをしてもらえないか?」
「うん、わかった。……できたよ!」
心琴は物の30秒でメッセージを送り終えていた。
「早っ!! え? 電話しながら操作できるのか?」
「……本当に鷲一って原始人だよね」
「……うっせー……」
苦虫を噛んだような顔をして見せるが電話越しには伝わらない。
「あ、返事きた」
「え!? 早くね!?」
「いや、だからこれが普通だって」
「……ついていけねぇ。んで、なんだって?」
心琴はしばらく沈黙するとこう口を開いた。
「『残念ながら見ず知らずの人とお会いすることはできません。もし、本気で会いたいと思うのでしたら、夢の中で会いましょう。広場で待っております。』だって」
「なんだよそれ!! その人だって困ってんじゃねぇのかよ」
その返信に憤りを感じずにはいられなかった。
「……。知らない人に会いたくないのかな?」
心琴からも残念そうな声が返ってくる。せっかく見つけた同じ夢を見る人だというのに、まさかの反応に思わずため息が出てしまう。
「はぁ……夢の中で会いましょうって……。やっぱり今日も行くしかないのかよ」
「もう、見たくないね、あんな夢」
明らかにしょんぼりとした心琴の声が電話口から聞こえてくる。
「ああ。だからこそさっさと終わらせないとな? しかたねぇ、癪だけど探しに行こうぜシー・ホース!」
「うん、そうだね!」
「じゃ、俺らこそ広場で待ち合わせな」
「了解だよ!」
「じゃ」
「うん」
「「おやすみなさい」」
鷲一は通話を終えるともう一度だけふぅっとため息をついた。
気分は重たいが、心なしか昨日よりはマシな気がする。
「友達……か」
スマホを布団の横に頬り投げると寝る支度を始める。
寝たところでたどり着くのは血に塗れた七夕祭りだ。
けれども、そこにお団子頭の女の子が待っていると思うと少しだけ気が楽になった。
「……寝るか……」
電気を消して意を決して布団をかぶる。
そして、今日もまた赤い悪夢は始まるのだった。
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