第4話 アカウント交換

 心琴は家を飛び出した。


 向かったのは駅の広場だ。




(昨日の朝、確か……広場に鷲一がいた!)




 心地のいい初夏の風を汗だくで走る。


 家から10分足らずの道のりを4分程で走り抜けた。




(お願い! そこにいて……!)




 息を切らして駅の広場に到着するも、そこには誰もいなかった。


 ちらほらと始発に向けて駅へ歩くサラリーマンがこちらを見ている。




(そりゃ……そっか)




 ここに来たら会えるかもしれないと言う淡い期待は見事に打ち砕かれた。


 それと同時に自分もあの悲惨な夢を毎晩繰り返すだろうという恐怖が一気にこみ上げてくる。




(鷲一もこんな気持ちだったのかな。)




 昨日話しかけられた時には全然知り得なかった。


 だけど、あの時、少しでも話をしていれば……。


 昨日の自分の反応を悔やんだが、後悔先に立たずだった。




(少し、待ってみよう。)




 広場の端っこで膝を抱えてしゃがみ込む。


 そうすること5分が経ち、15分が経ち、ついには1時間が経った。




(もう、6時半か……。)




 駅は徐々に朝の活気に満ちてくる。


 通りゆく人の視線が痛かった。




(……行こう。)




 少し早いけど、学校に行こう。


 諦めてその場をさろうとしたその瞬間。




「あ……」




 私を見て驚いた顔をした男の子が声を上げた。




「え……?」




 思わず心琴も声を上げる。


 そこには学生服に身を纏った鷲一の姿があった。




「しゅういち!! 鷲一だよね!?」


「……!!? 覚えてるのか?」


「うん。覚えてるの!」




 鷲一は一瞬嬉しそうな表情をしたが、すぐにその表情は曇る。




「マジ……か」




 鷲一としては同じ境遇の仲間が増えた。しかし、それは同時に心琴も同じ苦しみを味わうことでもあるからだ。




「大丈夫か?」


「とりあえずは大丈夫。昨日のしか覚えてないし」


「いや、あんなの一回だって見たくはないだろ」




 あんなのと言われ、昨日の景色が一瞬頭をよぎる。




「……思い出さないようにしてるのに」




 心琴がムスッとすると、




「わりぃ!!」




 鷲一が慌てて謝った。




 二人は目配せしてちょっとだけ笑う。




「ねぇ、初対面翌日の君にこんな事いうのちょっと変かもしれないけどさ?」


「なんだよ、その言い回し。おちょくってんのか?」




 ワザとらしくそう言うと、鷲一は不機嫌そうな顔をした。




「まぁまぁ、続きを聞いてよ」


「なんだよ」


「鷲一って、いい人だよね」




 心琴がにっこりと言う。




「はぁ!?」




 照れて顔を赤らめる鷲一を横目に、メモ帳を自分の鞄から取り出してサラサラとペンを走らせる。それを綺麗に4つ折りにすると鷲一のYシャツのポケットに押し込んだ。




「それ、私のアカウント。あとで友達登録しといて」


「え? なんのアカウントだよ」


「なんのってLIVEに決まってるじゃん」




『LIVE』は友達同士のチャット、ブログ、動画配信もまとめて一つのアカウントでできる最近流行りのスマホアプリだ。それぞれの人にページが割り当てられてる他、デジタルアバターやオンライン通信ゲーム、お家作りまでなんでもアカウント一つで楽しめてしまうのだ。




「鷲一も、もちろんやってるよね?」


「え……。あー……。やってない」


「本当に!? 嘘でしょ? こんなに流行ってるのに!?」




 鷲一は心琴から目を逸らして頭をぼりぼりと掻いている。




「うっせーな。興味ないんだよ。SNSとか」


「しょうがないなぁ。やり方わかる?」


「……。わかんね」


「原始人?」


「うっせー。……どうやんだ?」




 鷲一はポケットからスマホを取り出すと無造作に心琴に投げ渡した。




「え? ちょ、ちょっと、そんな簡単に他人にスマホ渡していいの!?」


「なんも入ってねぇからな」


「?」




 見ると本当に電話とメールしか入っていない。




「げ。今時こんなスマホ見た事ない」


「いいから入れろよ、そのアプリ」




 鷲一は少しイラだってそういった。




「ごめんごめん、わかったよ」




 ちょっとからかい過ぎたかなと思いながら、心琴はLIVEのアプリをダウンロードする。




「よし! これで私と友達登録できたよ!」


「……これが、LIVEかぁ。暇なとき、見とく」




 ものめずらしいのか、鷲一はそう言いながらも早速自分のページを見ている。




「……なぁ?」


「なに?」


「これ何?」


「ああ。これはね、同好会っていうの」




 鷲一が指を指していたのは色々な人が同じ話題について語り合える掲示板スペースだった。


 自分の趣味だったり、動物、子育て、ニュース。あらゆる話題が所狭しと並んでいる。


 ユーザーはここの中から好きなジャンルの話題の情報を得たり意見を交流できるわけだ。


 鷲一はしばらく考え込んでからこう言った。




「なぁ、ここで、同じ夢を見ている人がいないか探せるか?」


「!!」




 心琴は目を丸くした。その発想はなかったからだ。




「もしかしたら、俺ら以外にも同じ現象が起きている人がいるかもしれないだろ?」


「それいいアイディアだね!! 鷲一すごい!」




 心琴は素直に鷲一を褒めた。鷲一は、心琴の素直な反応に照れくさそうな顔をしている。




 ピピピッ、ピピピッ。




 突然、腕時計のアラームが鳴った。


 お気に入りの腕時計は遅刻防止に毎日7時に鳴るよう設定してある。




「あ、もうこんな時間なんだ」


「ほんとだ。もう7時なんだな」


「そろそろ学校行かなきゃ!」


「じゃ、またな」


「うん! LIVEするから返事してよね!」




 鷲一は軽く手を振り、駅のホームへ走り去っていく。


 心琴はさっきまでの孤独感が消え去っていく事をそっと感謝するのだった。

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