第46話 権力を借ります

 西の門を抜けて、森の中に入る。


「10人くらいが通ったような足跡か……」


 まずは浅い場所で、それらしい痕跡を探した。


 西の森はスライムばかり。


 そう聞いていたけど、どこにも見当たらない。


「今が異常なのか、リリと来たときが異常だったのか……」


 そんなこと分かる訳もない。


 だけど、邪魔者がいないのは、有り難い限りだ。


「……あったな」


 たぶんだけど、10人が一列になって進んだんだろう。


 鉈で切り払われた枝が散らばる場所を中心に、足跡が森の奥に進んでいる。


 後はこれを追い掛けるだけだな。


 そんな思いで薄暗い森の奥へ目を向けて、大きく息を吸い込んだ。


「行くか」


 ボンさんを助ければ、美味い飯でも奢ってくれるだろう。


 死なない程度に急ぐ。


 もし助け出せたら、デカいステーキを強請ねだってやろう。


 そう決めて、木々の間を進んでいった。




☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆





 ご主人様が、西の森に入り、2日が経った頃。


 王都に残った私は、信じられないほど広い部屋で、人を待ってました。


「リリさんなら、大丈夫! こうして会って貰えるんだから」


「はい、そう、ですね……」


 隣に座る彩葉の優しい声が聞こえるけど、馬鹿な私の頭に浮かぶのは、ご主人様の事ばかり。


「大丈夫、大丈夫。お兄さんは、優しい人だよ。約束を破ったりしない。そうでしょ?」


「……はい」


 でも、優し過ぎます。


 スライムに襲われた時も、蟻を倒す時も、ご主人様は無理をして、私を庇ってくれました。


 そもそもの話しですが、役立たずの私を買う必要なんてなかったはずです。


 彩葉さんに手を差し伸べたのも、彩葉さんが困ってたから。


 今回もきっと、ボンさんのために無理をしてますよね。


 それを止めるために、


「私が出来る事をやらなきゃだめ……」


「そうそう! お兄さんを早く連れ戻してあげなきゃね。もし成功したら、私を引き抜いてくれないかな?」


 引き抜く、ですか?


「彩葉さんが望めば、大丈夫だと思いますよ?」


 彩葉さんは優秀ですし、ご主人様は優しいですから。


「んん? リリさんは、私の参加を歓迎してくれるの? 恋敵こいがたきになるかもなのに?」


「恋敵、ですか……?」


「おろ? リリさん、もしかして鈍感系?」


「え……?」


 どういう意味でしょう?


 鈍感?


 確かに、“重歩兵”のスキル持ちは、痛みを感じ難いと聞きます。


 けど、恋敵とは関係ないですよね? たぶん……。


「ん~、まぁ、いいや。もし引き抜いてくれるのなら、リリさんは先輩になるね!」


「先輩、ですか?」 


「そう。最前線で大盾を構える、格好いい先輩!」


「…………」


 そう成れればいいな、とは思いますが、体の小さな私が大盾を扱えるのか、正直 不安です。


 でも、優しさを惜しげもなくくれるご主人様のために頑張らないと、ですよね。


「よろしくね、リリ先輩!」


「こちらこそ。盾の整備 よろしくお願いします」


「あははー、早めに頑張る」


 盾に関しては、作りかけの物を一度だけ持たせて貰いました。


 私は持ちやすいな、って思ったのですが、彩葉さんの理想の盾とは、何かが違ったみたいです。


 そうして彩葉さんと緊張を紛らわせていると、大きなドアが開きました。


「お待たせしております。第4王女であらせられますメリア・バラス--」


「お2人が お兄様のお知り合いの方ですね!?」


「え……? ちょっ、メリア様!? まだ、建て前の挨拶が! お待ちになってください!」


「お兄様は!? お兄様は、お元気なのですか!?」


 メイド服の女性の横をすり抜けるように、タンポポのような淡い髪の少女が走り抜けて来ます。


 綺麗な子……。


 なんて、一瞬だけ呆けた後で、慌てて頭を深く下げました。


 状況を考えると、入ってきた少女が、第4王女のメリア様なのでしょう。


 彼女の目が、私の耳元に飾られているタンポポの耳飾りを見ている気がします。


「確かにわたくしが、お兄様にあげた髪飾りのようですね。頭を上げていただけますか?」


 ……ぇ?


 頭をあげる?


 奴隷の私なんかが、王女様を正面から見ていいのですか?


 でも、拒否したらもっとダメですよね。


「しっ、しつれいしまむっ……」


 !!!!


 噛んじゃった!!


 王女様の前で!!


「綺麗な黒髪と瞳ですわね。お兄様の隣にずっといられるなんて、羨ましく存じます」


 ほめられた……?


「あなたの御名前は?」


 え?


 こっ、これって。答えでも、いいん、ですよね?


 答えるしかないですよね?


 答えても、不敬罪で打ち首じゃないですよね?


「リリ、です……」


「リリさんですね。私を訪ねてくれて、嬉しく存じます」


「はっ、はい! こっ、こちら、こそ!?」


 王女様!?


 どうして私の手をにぎったのですか!?


 え? 私、死ぬんですか!?


「はぁ~。お兄様の魔力を感じますわ~」


 ひぅ!?


 王女様の頬が、私の手の甲に触れてます!!


 スリスリされちゃってます!


 ごめんなさい、ご主人様。


 私、不敬罪で打ち首です。


 本当に申し訳ありません……。


「コホン、コホン。メリア様、そろそろ正気に戻って頂けますか? リリと名乗られた少女が、涙目です」


「え? あっ、……。しっ、失礼致しました」


「いっ、いえ! ぜんぜん!?」


 謝られたの?


 私が、王女様に!?


「コホン、コホン。メリア様、無礼講の宣言を……」


「そうでしたね。私とした事が、取り乱しておりました。ここには、私の側近しかおりません。楽にしてください」


「主に代わり 質問をさせて頂きます。何やら緊急の案件で話がある、そう伺っております。違いましたか?」


「!!!!」


 そうでした!


 王女様相手に、舞い上がっている場合じゃないです。


「はい。私のご主人様--じゃなくて、えっと、Fランク ギルドのマスター、デトワールが、命の危険にあり--迫ってます!」


「危険!? お兄様が!? 言葉は気にしなくていいですわ。詳しくお聞かせ願います!」


「わかりました!」


 恐れ多い事ですが、ここに来た目的を考えると、最善かも知れません。


 ご主人様を助ける事以外の物事は、ご主人様を助けた後に考える事にします!


「憶測の部分と、事実を分けてお話しします。ご主人が、彩葉さんを占った結果がこの文章です。それから……」


 顔がくっ付くくらいの距離で、どんどんと情報を開示していきます。


「わかりました。私も出来る限りの協力を致します」


「!! ありがとうございます!」


「ですが……。『平民王女』などと呼ばれている私の力では、出来るはあまり多くはなくて……」


 悔しそうに握り締めた王女様の手が、小さく震えているように見えました。

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