第47話 王都に帰るには


 所狭しと木々が生い茂った森の奥は、どこもかしこも薄暗い。


 太陽の光が葉に遮られているせいで、地面はぬかるみ、苔や小さなキノコが人々の足を滑らせる。



 だけどそれは、地上での話しだ。


 日当たりのいい枝を選びながら木の上を進む俺には、地上の状況なんて関係ない。


 進めば進むほど木々の密度が高くなるおかげで、むしろ進み易いくらいだ。


 だからだろうか。


--パン、パン、パン!


「!!」


 不意に聞こえた空砲に、思わず足を止めてしまった。


 やばい!


 そう思った時には、もう遅い。


ーーペキッ。


 足元で、小さな音がした。


 普段なら気にならない音だけど、森の奥ここじゃ命取りだ。


 慌ててその場を飛び退いて、太い幹に背中を預ける。


 息を殺しながら、意識だけを周囲に向けていく。


 物音はしない。


 獣が動く音もしない。


 感じるのは、風に揺れる木の葉の音だけだ。


(助かったみたいだな……)


 ふぅ、と冷や汗を拭う手が、小さく震えていた。


 森に入って4日。


 疲労は仕方ないとしても、気の緩みはやばいな。


(俺も早いとこ、ボンさんを見つけないと死ぬな……)


 心の中でそう呟きながら、地上にある足跡を流し見る。


 空砲が鳴ったと言うことは、リリの要請を受けた第4王女が動いてくれたんだろう。


--だけどそれは、今すぐどうこうなる物じゃない。


 仮に、あの女騎士や鎧の集団がすぐに動けたとしても、ここまでは遠いからな。


 木の上を進む俺と違って、魔物を倒しながら安全に進むだろうし。


 最短で7日、ってところか。


 まぁでも、これで一安心ではある。


 王女が動いてくれたのなら、俺の飯の種ギルマスの地位は安泰だろうし。


 責任を取らされて殺される、なんて未来もないはずだ。


 あとは、俺が何処まで攻めるか。


--飯が確保出来たのなら、ボンさんを見捨てて帰えってもいいよな。


 正直な話し、それが正解だと思う。


 だけど、高級ステーキのチャンスも捨てがたい。


 国営ギルドのトップが差し出すお礼の飯なら、絶対うまいに決まってるからな。


 それこそ、命を懸ける価値があるレベルだろ。


 でも、死んだら飯は食えなくなる。


--どうする?


 何処まで攻める?

 今すぐ帰るか?


 だけど、最高級のステーキが俺を--



「くそ! とうなってんだ!」


 !!!!


 男の声!?


「雑魚のくせに、湧きすぎだろ!」


「黙って走れ! 死にてぇのか!!」


 今のはボンさんの声だな!


 前方から、ガチャガチャと鎧が擦れ会う音が聞こえてくる。


 何かに追われて、走っているように聞こえる。


「雑魚なんてればいいだろ! このままヤツらを殺して--」


「憶測で動な!! 反転は、敵の戦力を見極めてからだ!」


「……チッ」


 見えていなくても、苛立つ顔が思い浮かぶ。


 どうやら、かなり緊迫した状況らしい。


 このまま手紙を渡しに行っても、巻き込まれて死ぬ可能性が高そうだ。


 まずは、現状をどうにかしないと。


 そんな思いで、大きく息を吸い込んだ。


「ボンさん! お届け物です!」


「「「!!!!」」」


「止まるな! 走り続けろ!!」


 どうやら、俺の存在に気付いてくれたらしい。


 音がする方に近付いていくと、強烈な血の臭いが漂っていた。


 ボンさんを殿しんがりにして、10人の男たちが逃げ続けている。


 巨大なリュックを担ぐ2人が、今にも倒れそうな疲労感を漂わせていた。


--ルーセントさんに聞いた通りの人数がいる。


 まだ誰も、朽ち果てていないらしい。


 本当は1人2人減っていた方が、危機感が高まって、お礼にかける金額も上がると思うけど、まぁ仕方がないか。


 それに『何でもっと早く! お前のせいでアイツは!!』なんて面倒もごめんだからな。


 わざとゴソゴソと音を立てて、男たちの進路のみ先に降りていく。


「人間!?」


「……“占い師”!?」


 どうやら、俺を知る者もいるらしい。


 まぁ、冒険者ギルドで悪目立ちしているから、当然か。


「川に案内します」


 それだけを言い残して、また木に登る。


 チラリと振り向くと、ボンさんの背中を追いかける無数のスライムの姿が見えた。


 ざっと見ただけでも80匹以上。


 確かに雑魚だが、数は脅威だ。


「なっ!?」


「あいつ、木の上を!?」


 驚く声を聞きながら、1本、2本と枝を渡って振り返る。


「世話になる! 死にたくないヤツは、全力でアイツの背中を追え!」


「なっ!? 正気か!? “占い師”だぞ!? あんな雑魚に--」


「お前が案内するか!? 木に登って先行出来る、ってなら、止めはしねぇよ。それとも、残りたいヤツだけで反撃すんのか?」


「…………ちっ」


 どうやら、決まったらしい。


 どうにも睨まれているけど、弓は持ってなさそうだから、背後から突然射抜かれたりなんてしないだろう。


「ついてきてください」


 出来るだけ見通しの良い場所を選んで、川の匂いがする方へ。


 鎧や荷物、悪路のせいで鈍い男たちと歩みを合わせて、川まで引っ張っていく。


「……あいつ、何者だ?」


「“占い師”じゃなくて、猿だったんじゃないか?」


「ありえるな……」


「……ちっ! 俺は認めねぇからな……」


 無駄口叩く暇があるなら、早く走れよ。


 でもって、早くお礼の飯を寄越せ。


 そう思いながら、玉砂利の上に降りたった。

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