第45話 弓の女性が
「くそっ……!」
突き刺さった矢を引き抜いたリーダーの男が、片手で剣を握る。
「ぐっ……!!」
「なんだと!?」
そんな男をあざ笑うかのように、同じ方向から飛んで来た矢が、隣の男の足に刺さった。
慌てて振り向いた先に見えたのは、遠くの屋根の上で弓を構える女性の姿。
ポニーテール状に結われた濃い金色の髪に、特徴的な真っ赤な瞳。
見覚えのない女性だ。
身構えていた俺の横を、次の矢が通り過ぎていく。
「痛っ……!!」
「俺を避けているのか?」
3本目は足を掠めただけのようだが、狙いはどう見ても俺じゃない。
それで敵に当たるのだから、味方だと考えていいのか?
どちらにしても、敵が動揺しているのは確かだ。
「今ならっ!!」
わざとらしく声を出しながら、真っ直ぐ駆けていく。
「!! うぐっ!!」
俺に気を取られた男に、4本目の矢が刺さった。
これで無傷なのはひとりだけ。
最後の男は、仲間を盾に怯えていて、抵抗の意志はなさそうだ。
「痺れ、矢、か……」
どうやら、毒が塗ってあったらしい。
はじめに刺さったリーダーの男は、立っているのもやっとに見える。
矢が来る方を気にしながら、無傷のヤツに近付いていく。
「降伏するよな?」
「はっ、はい……」
男の手から、剣が放り出された。
両手をあげた男の肩に、矢が突き刺さる。
「容赦ないな……」
そうは思うけど、飯の奪い合いだからな。
正しいのは、弓を撃つ彼女だろう。
「……いない?」
振り向いた先に女性の姿はなく、苦しそうな男たちのうめき声だけが聞こえてくる。
それなりの毒だったらしく、男たちは立ち上がる力すら残っていないらしい。
「助かった、のか……?」
目の前にあった脅威は、間違いなく去った。
問題は、あの女性なんだが……。
「どうやら、間に合ったみたいですね」
不意に、聞き覚えのある声がした。
確か、リリを買った奴隷商で聞いたような……。
「ラズベルトさん?」
「毎度お世話になっております」
高そうな服と、背筋が伸びたお辞儀。
奴隷商人のラズベルトさんが、曲がり角の向こうから姿を見せた。
人好きのする笑みを浮かべながら、倒れている男たちを流し見ている。
「私共の商品の紹介をさせて頂きました。金貨10枚でお譲り出来ますよ」
「商品?」
思わず、誰もいなくなった遠くの屋根に目が向く。
なるほどね。
知らない女性だと思ったが、ラズベルトさんの所の奴隷だったのか。
「お金が貯まったら、考えさせて貰いますよ」
救って貰った恩もあるし。
弓の腕前は申し分ないしな。
金10枚で何が食えるのかは知らないが、そのくらいの価値はあると思う。
まぁ、そんな金が貯まる日は、来ないけどな。
「どうしてここに?」
「ルーの頼みなのですよ」
「ルーセントさんの?」
「はい。恥ずかしい限りですが、兄使いの荒い妹に育ってしまったもので」
聞けば、俺を助けに来たのではなく、転がってるヤツらを追っていたのだとか。
『帰り道に視線を感じるの。助けて、お兄ちゃん!』
誇張されているとは思うけど、そんな感じだったらしい。
「優しい兄としては、無視も出来ませんので」
「なるほどです」
肩を竦めて見せてはいるが、本心半分ってところか?
「それと、お願いがありまして」
「お願い? 俺にですか?」
「はい。冒険者ギルドのマスター、ボン・ベーネ。彼宛の封筒に隠された録音機を頂きたく」
「は……?」
録音機?
封筒に、録音機?
なぜ、録音機??
「ルーの仕込みですよ。ちなみにですが、リリ様にも渡してあるそうです」
「!! もしかしてリリ達も!?」
「いえ、不届き者は、デトワール様だけを狙ったようです」
……まぁ、どっちを狙うか、って言ったら 弱い俺の方だよな。
って、本当に封筒の中から録音機が出てきた……。
「手紙も入ってるみたいですが?」
「そちらは、正真正銘、ボン・ベーネ様宛ですよ」
ちらりと眺めてみたが、俺の占いの結果をまとめた物らしい。
録音機の言い訳らしきものも、別の紙に書いてあった。
ラズベルトさんが小さな録音機を手にとって、収録された物を聞き流す。
「なるほど。これは 仕入れが捗りそうですね」
転がる男たちを眺める眼は、どう見ても商人のそれだ。
聞けば、犯罪者の逮捕に貢献した者には、その者を安く買える権利が与えられるのだとか。
「被害者が加害者を買う事は禁止されていますので、実質、奴隷商人だけに与えられた特権になっておりますね」
「なるほど」
俺がコイツ等を買っても、ムカつくだけだろうからな。
いくら安くても、買わないけど。
飯代の無駄だろうし。
「見合ったお礼は約束しますので、この証拠品を頂いても?」
「いいですよ。持って行ってください」
俺が持っていた所で、使い道はないからな。
お礼に食い物でも貰えるなら、御の字だ。
と言うか、命を助けて貰った恩も返さないとな。
「そのお礼で、弓を引いていた女性に美味い物を食わせて貰えますか?」
「……それで、よろしいのですか?」
「ええ、助けて貰ったお礼です」
死ぬ1歩手前だったからな。
美味いものを味わうための体をこの世に残してくれた対価だ。
飯の恩は、飯で返す。
彼女も奴隷なら、そんなに食えてないだろうからな。
「畏まりました。デトワール様の御心の通りに」
楽しそうに微笑んだラズベルトさんが、深く頭を下げてくれた。
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