第38話 部下を占いますか
「金属が持てない……?」
「そ。落ちこぼれなの」
感情を隠すように笑った彩葉の笑みが、奴隷商で見たリリの笑みと、ダブって見える。
「私って、ドライアドのハーフだからさ。種族的に、金属アレルギーなんだよね。さわれても、1分が限界かな」
ドライアドに本来はいない“鍛冶師”を与えられたのも、彩葉がハーフだから。
頼る宛もなく歩き続けた先が、今なのだろう。
俺やリリと同じように。
大きく違うのは、大手のギルドに拾われたこと。
「“鍛冶師”って力持ちだからさ。荷物持ちが適任だ、って教えて貰えたんだよね」
女性で力持ちの荷物持ちは珍しいからと、女性冒険者の常連客も多かったそうだ。
「そのおかげで最初は順調だったんだけど、なぜか仕事がパッタリなくなって。『悪霊付き』なんて言われるようになって、今に至る。って感じかな」
「なるほどね……」
どおりで、敵だと思えない訳だ。
俺やリリと同類だもんな。
「それで鍛治師関連のギルドに行ったら『ドライアドには無理だ、帰れ!』って言われた訳か……」
「そーゆーこと。どっかで見てた?」
「いや、平民に“占い師”は無理だ。って、追い出されたからな」
「……なるほどね」
俺も大差のない表情をしている自覚はあるけど、彩葉の目に苦労が出てるな。
リリなんて、泣きながら彩葉にすがりついてるし。
「もう1つ 聞いてもいいか?」
「いいよ。なんでも答えてあげる。仲間みたいだし」
落ちこぼれ仲間か。
その通りかもな。
だからこそ、聞いておきたい。
「“鍛治師”のスキルは、嫌いじゃないのか?」
もし俺が“占い師”の依頼を受けたら、心穏やかにとは行かないと思う。
まぁ、飯の為なら喜んで受けるけどな。
そんな思いを込めた言葉に、彩葉が大きく目を見開いた。
パチパチとまばたきをしたあとで、彼女が少しだけ視線をうつむかせる。
「本当に仲間なんだね。でも、私は大丈夫だよ。“鍛冶師”じゃなくて、もっと普通のだったら。なんて思った事もあったけど、“鍛冶師”に助けられた事もあるから」
おもむろにスカートの中から透明なナイフを取り出した彩葉が、コンコンと表面の音を響かせる。
ナイフの腹を指先で撫でた後で、愛おしそうに目を細めた。
「金属が持てなくても案外便利なのよね。自衛にも、荷物持ちの仕事にも使えるし。『安くて軽くて使い易いよ』なんて、昔は褒めてくれた人もいたんだよ」
たぶんそれは、悪霊付きなんて言われる前の話しなんだろうな。
ギュッと手を握りしめた彩葉が、大きく息を吸い込んで、透明なナイフに両手をかざした。
手のひらから緑色の光が溢れて、欠けていた刃が整っていく。
「大層なことを言っても、実際に出来るのはこのくらいなんだけどね」
ペロリと舌を見せた彩葉が、透明なナイフをスカートの中へと仕舞い直していた。
嫌いだけど、嫌いになれない。
「もしもの話じゃ、ご飯は食べれないからねー。だったら、誰に否定されても便利に使わなきゃ! でしょ?」
冗談めかした口調で、彩葉が笑って見せた。
強いな。
“占い師”を忘れようとした俺とは、明確に違うだろう。
“重歩兵”の弱点を克服しようとした、リリとも違うと思う。
あまりにも真っ直ぐな、彼女らしい言葉。
もしこれが俺たちを騙すための作り話なら、誰も信じれなくなるな。
「誰に否定されても、か……」
「そ。私が無能かどうかは、私が決めるからね」
「……そうだよな」
正解かはわからない。だけど、彼女を信じてみたい。
そう思った。
「改めて依頼させて貰うよ。リリの盾を作って欲しい。嫌いじゃないんだよな?」
“鍛冶師”のスキルが。
言葉にしないまま、そう問いかける。
「……そうだね。素人だけど、“鍛冶師”だからね。任されました」
ふわりと微笑んだ彼女が、敬礼の真似事をしてみせた。
信じると決めたからには、もう1つ。
「こっちはお願いなんだけど、彩葉を占わせてくれないか?」
「占い? それは構わないけど……」
言葉を濁した彩葉が、俺やリリの顔をまじまじと見詰めて、ゴクリと喉を鳴らす。
内緒話しでもするかのように、顔をゆっくりと近付けた。
「なになに? 訳ありな感じ?」
「あぁ、どうにも世間に知られたら俺の身がヤバイらしくてな。知ってるのは、3人だけだ」
「え……?」
目を見開いた彩葉が、俺の顔をまじまじと見詰める。
リリの表情を流しみた彼女が、ふわりと笑った後で、ニンマリと口元をゆるませた。
「なになに? 信用してくれちゃった感じ?」
「……まぁ、なんだ。落ちこぼれ仲間に、スキルの自慢でもしようかと思ってな」
「にゃるにゃるほど。仲間の頼みなら仕方ないねー。内緒で自慢されてあげるよー」
トントンと自分の胸を叩いた彩葉が、にまにまと笑って見せる。
茶化してはいても、視線は真面目だな。
「それで、それで? 私はどうしたらいいの?」
「まずはそこの椅子に座ってくれるか? それから……」
素直に従ってくれる彩葉と向かい合って、祈る彼女の手を包み込む。
「〈彼女の幸せな未来を ここに〉」
【新○○○○加護○○○、都に○○○○巣○剣○○○森○○○○。○○身○○○の女○と○○○(27%)】
……新しい文章、だよな?
「リリ、メモは?」
「しました。一字一句間違いなしです」
「そうか。ありがとう」
新、加護、都……。
良い未来なのか、悪い未来なのか、それすら読み解けないな。
いちるの望みとしてリリに視線を向けてみたけど、耳がペタンと倒れていた。
「彩葉。悪いんだけど、これが精一杯なんだ。内容は推測すら出来なくて--」
「綺麗……」
「ぇ……?」
ぼんやりと宙を見詰めた彩葉の指先が、【新】に向けて伸びていく。
「私の幸せな未来。こんなに輝いているのかな……」
今にも泣き出しそうな目をした彼女が、ゆっくりと黄色の文字を撫でていた。
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