第21話 いつから?

「え!? 5万ルネン!?」


「はい。正確には、54700ルネンになります」


「……マジか」


 目の前には、銀色の硬貨が4枚あって、その隣には銅貨が山を成している。


 隣に座っているリリなんかは、口だけがパクパクと動いていた。


 どうやら、驚いて声も出ないらしい。


「本来であれば、小銀貨が5枚なのですが、1枚は使い勝手が良いように大銅貨でご用意させて頂きました」


「あ、はい。それは助かります」


 銀貨に触れる手が、プルプルと震えている。


 ギルマスになるために使った金貨やリリを買った銀貨と違って、正真正銘 自分たちで稼いだ金が、目の前で光っていた。


 これって、何食分の飯なんだ?


 肉を腹一杯 食えるよな!?


「スライムの量もさることながら、今は傷薬用の薬草が高騰しております。ですので、それだけの買い取り額になりました」


「……あー、なるほど」


 ついさっき聞いた、森での負傷者か。


 タイミングが良かった、と言うにはいささか不謹慎だけど、そういうことなのだろう。


 ちらりと隣を見れば、尻尾をゆらゆらと揺らしたリリが『さすがご主人様です!』とでも言いたげな顔をしていた。


 そんな彼女の前に、小銀貨2枚を滑らせていく。


「ご主人様? これは??」


「リリの取り分だよ。今は、これだけで許してくれないかな?」


「……ぇ?」


「ギルドの運営費もあるから、半分って訳にはいかないんだよ」


 思えば、分配の比率を決めてなかったからな。


「次からは、ギルドの運営資金と俺とリリで、3分の1ずつ、って感じでどうだ?」


 もしメンバーが増えるようなことがあれば、また考える必要はあるけどな。


 小銀貨が2枚もあれば、マジで何でも食える!!


 腹一杯、食える!!


 なんて思っていると、不思議そうに俺の顔を見上げたリリが、目の前にある銀貨を眺めて、もう一度 首を傾げた。


 そうして、ぐわりと目を開く。


「ダメですよ! 奴隷なんですから、報酬はいただけません!」


「え? そうなのか?」


 ちらりと対面に座るルーセントさんに視線を向けると、彼女は小さく微笑んでコクリと頷いていた。


 どうやら、リリの主張が正しいらしい。


「いや、まぁ、普通はそうなんだけどさ。でも、リリは--」


「こればかりはご主人様でも譲れません! 私はずっと、ご主人様の奴隷ですから!!」


 ふん、と胸の前で腕を組んだリリが、目を閉じて顔を背ける。


 彼女の目尻に、なぜか涙が浮かんでいるのが見えた。


--いったいなにが!?


 などと思っていると、横からルーセントさんの声が聞こえてくる。


「主人が奴隷にお金を渡すのは、主人の死期が近い場合が一般的なのです」


 あー……、なるほど。


 それでか。


「奴隷が金を持つと主人の死を早める、なんて噂もありますから」


「そうなのか?」


「はい。元々は、貰ったお金で武器を買った奴隷が、主人を襲撃した事件が由来らしいです」


 それは何とも物騒な噂だな。


 元がどうであれ、リリを信頼してるとか、そう言う話ではないのだろう。


「お金を持っている事が周囲に知られると、リリ様の身に危険が及ぶ事もあります」


「あー……。それは、まぁ、有り得るな」


 スライムを狩れるとは言っても、可憐な少女だからな。


 気掛かりは少ない方がいいし、仕方がないか。


「わかったよ。報酬は全部 俺が貰うから、リリは欲しいものがあったら遠慮なく言う。それでいいか?」


「ぇ……? いいんですか?」


「どれに対しての確認かわからないけど、いいぞ」


 それに、あれだな。


 明確に分けなくても、半分はリリのために使えばいいしな。


「俺は死なないさ。リリが守ってくれるんだろ?」


 そう言って、銀貨をすべて回収する。


 涙を拭ったリリが、コクコクコクと何度も頷いてくれた。



 どうやら、金を預かってくれるサービスもあるらしく、銀貨はすべて預けて、銅貨だけを受け取った。


「ルーセントさん。おすすめの古着屋とかってありますか?」


「古着屋、ですか?」


「ええ、ちょっと服が買いたくて」


 ちらりとリリの方を見ると、ルーセントさんがなるほど、と頷いてくれた。


 衣食住。


 議論するまでもなく、食が最優先。


 なんだけど、他もそれなりに必要だからな。


「提携する防具屋なども作っていますが。簡易な物でよければ、冒険者ギルドでも取り扱っておりますよ?」


「あっ、そうなんですね。だったら、女性物の服を上下で一式、パジャマになりそうな物も一式もらえますか?」


かしこまりました。でしたら、男性用の物もあわせて御用意しますね」


 そう言って、ルーセントさんが、リリを見る。


 リリは口を噤みながらも、うんうん、と頷いていた。


「……わかりました。それでお願いします」


 俺の分は無駄な出費じゃないか?


 それより、肉の方が必要だろ?


 なんて思うけど、まぁ、確かに必要か。


 問題は値段なんだけど。


 なんて思っていると、不意に袖を引かれた。


「ん? どうかしたか?」


「いっ、いえ、……えっと、あの……」


 視線を俯かせて、頬を赤らめたリリが、太ももの間に手を入れて、もじもじと体を揺らしている。


「下着が……、ほしくて……」


 あー、それもそうか。


「悪い。気が付かなかった」


「いっ、いえ、そんな……」


「って訳だ。下着も貰えるか?」


かしこまりました。そちらも男性用と女性用を御用意します。リリ様の場合は測定も必要になりますが、よろしいですか?」


 ルーセントさんに視線を向けられたリリが、さらに顔を赤らめてコクコクと頷いた。


 その後に、チラリと俺の方を見る。


「えっと、あの……」


「外に出ているから、終わったら呼んでくれ。下着は新品でいいからな」


 そう言って、席を立つ。


 さすがに同席するのは、気まずいからな。


 そう思いながら、後ろ手にドアを閉める。


--その直前、


「リリ様? もしかして、ずっと着けずに……?」


「ひぅ……。いえ、あの、えっと……」



 深く追求してはいけない。



 そんな神の御告げがあった。

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