第20話 受付嬢にも誉められた

 暖かく照らす太陽の光を浴びながら、西の門をくぐって王都へと入っていく。


 隣を歩くリリの背中には、今にもこぼれ落ちそうなほどのスライムが積み上げられていた。


「まさか半日も経たずに一杯になるなんてな」


 今はまだ、昼飯にすら早いくらい。


「すべてはご主人様が的確な指示を出してくれたおかげですね」


「いや、俺はただ、スライムが潜む場所を教えただけだぞ?」


「それが良かったんです。挟み撃ちの心配がないから、安心して倒せました」


 リリはそう言って笑ってくれるけど、危ない場面も何回かあった。


 そもそもの話だが、荷物運びを担当する者を別に雇えば、こんなに早くに帰る必要もなかったよな。


「もう少し考えなきゃダメだな」


「そうですか? 私はこのままでもいいと思いますよ?」


「そうか?」


「はい。午後からは別の事が出来ますし、ご主人様には、魔力の循環も必要ですよね?」


 あー、そういえば、そういうのもあったな。


「しばらくは、リリと2人きりでもいいかもな」


 そもそも、運搬役に心当たりはないし。


「ん? リリ? どうした?」


「いっ、いえ、あの……」


 リリが頬を赤らめて、周囲に視線を向ける。


「おい、あの子、すごくないか?」


「あれ全部スライムでしょ? うらやましいわぁ」


「まだ午前中だよな? それに可愛いし。やばくね?」


 ひそひそと声が聞こえて、人々の視線が俺たちの方を向いているように見える。


「おい、あれ、“占い師”じゃねぇのか?」


「あん? なんで“占い師”が奴隷連れてんだよ?」


 そんな声も、ほんの少しだけ混じっていた。


 何よりも多いのが、リリを眺める男たちの視線だろう。


 なんと言うか、リリが可愛いのは仕方がないけど、他の男に見られるのは腹が立つな。


「早めに抜けようか」


「はい……」


 父親の心境とは、こんな感じなんだろうか?


 そんな事を思いながら、リリの姿を出来るだけ隠して、俺たちは冒険者ギルドへと急いだ。



「え? こんなに採取して来られたのですか?」


 裏口から入った先の小部屋で、最初に言われたのが、そんな言葉。


「……まずかったですか?」


「あっ、いえいえ、単純に驚いただけですから。今後ともよろしくお願い致します」


「こちらこそ」


 森の資源保護とか、そんな言葉が頭をよぎってヒヤリとしたけど、問題はないらしい。


「それでは、査定して参ります。少しだけ待っていてください」


「わかりました」


 ホッと息を吐き出して、背もたれに体を預ける。


 隣を見れば、出して貰ったお茶をリリが幸せそうに飲んでいた。


 耳と尻尾が、ぴょこぴょこ動いている。


 普段は有料だが、大量持ち込みのサービスらしい。


「うまいか?」


「はい。甘くて美味しいです」


 エメラルドの瞳が輝いて、猫の耳がパタパタと揺れていた。


 どうやら、相当に気に入ったらしい。


「お茶なんて、贅沢品だもんな」


 決して高いわけじゃないけど、腹は膨れないし、安全になるわけでもない。


 でもまぁ、リリが気に入ったのなら、査定の合間に頼むのもいいかもな。


 そんな事を思いながら、ぼんやり待っていると、


「邪魔するぜー? 昨日ぶりだな」


 ガチャリとドアが開いて、冒険者ギルドのマスターであるボンさんが、姿を見せた。


「おまえらの話を少しだけ聞きたいんだが、いいか?」


「ええ、構いませんよ」


「私も大丈夫です」


「わりぃな」


 どことなく疲れたように見えるボンさんが、対面に座って、ホッと息を付く。


 俺たちの姿をまじまじと見詰めた彼が、満足そうに頷いて見せた。


「どっちも、怪我はしてねぇのな。お前さんがいるから大丈夫だとは思ってたが、安心したぜ」


 なぜか俺の方に視線をむけて、そんな言葉を口にする。


 隣にいるリリも、うんうん、と頷いているのだが、足を引っ張ってケガをしそうなのは俺なんだけどな。


 でも今は、些細な言葉を気にしている場合ではないのだろう。


「なにかあったんですか?」


「おうよ。さすがに優秀なやつは話が早くて助かるぜ」


 そう前振りして、ボンさんが身を乗り出した。


「おまえら、西の森に行ってきたんだよな? 変に思った事はなかったか?」


 変に思ったこと?


 何か、あっただろうか?


「すみません、特には。田舎の森と違って、獲物が豊富だな、と思ったくらいで--」


「それだな」


「え……?」


 どれだ?


「グリーンスライムの数だ。多すぎると思わねぇか?」


「……そうなんですか?」


「ああ。例年と比べると異常なほどだ。しかも、ここ数日で、馬鹿みたいに増えてやがる。昨日から怪我人が後を絶たねぇんだ」


 言われてみると、確かに不思議だった。


 いくらリリが強いとは言え、高値で買い取って貰える獲物を、半日で籠一杯集められるのには驚いた。


 そんなに採れるのであれば、値崩れを起こすのが普通に思える。


 豊作すぎても買い叩かれるだけだからと、田舎じゃ穫れ過ぎたジャガイモを土に返していたくらいだからな。


「挟み撃ちやら、囲まれたやらでな。死んじまったヤツこそいねぇが、ヤバかったヤツも数人いる」


 リリが助けてくれなかったら、俺も挟み撃ちの攻撃をくらってたもんな。


 あれは確かに、ヒヤリとした。


「ってな訳でだ。西の森は、原因がわかるまで立ち入り禁止になった。調査隊の調べが終わるまで1週間くらいだと思うが、我慢してくれ」


「え゛……!?」


 立ち入り、禁止!?


「マジですか?」


「あぁ。冗談でそんな事を言うと思うか?」


「いえ、思いません……」


 思わないから、困ってるんだよ。


 明日から、どうやって飯を食えばいいんだ!?


「もちろん、補填はする。冒険者ギルドうちと提携してる宿は、無料で泊まれるようにするからよ」


 無料、……無料か。


「それなら、まぁ」


 他に受けれる仕事がなくても、なんとかなるか?


「わりぃな。詳しい話や、細かい調整なんかは、ルーセントとしてくれ。後がつかえてるんだ」


 そう言って、ボンさんが席を立つ。


「どこもお前みたく、頭のいいヤツらなら、俺の仕事も減るんだがなぁ……」


 そうボヤキながら、溜め息混じりに部屋を出て行った。

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