第15話 やばいんじゃ?

 助けた少女が、王女様だったらしい。


 と言うか、普通に話していた相手が、王女様だったらしい。


--ヤバいなんてレベルじゃないだろ!!!!


 その事実が受け入れられずに、ボンさんに聞かされた言葉が、頭の中で繰り返される。


「ご主人様は、やっぱり凄いですね!」


「凄い、のか……?」


「はい! だって、王女様に本を貰うくらい親しい関係なんて、すごいですよ!!」


「そっ、そう、だね……。うん、そうたね」


 まぁ、もう二度と会うこともないだろ。


 潰れたパンの秘密は、墓の下まで持って行く!


 しゃないと、即墓場行きになるからな。


 と言うか、王女様に関しては、すべてを忘れよう! そうしよう!!


 そう思い直して、本を手に取る。


 なんかこの本、表紙が無駄に分厚くて、無駄に重たくて、無駄にキラキラしてないか??


「根拠はないけど、たぶん高いんだろうな」


「私とこの本。どっちが高いんでしょう?」


「ん? そりゃぁ、リリの方が……」


 高いと思うんだけど、相手は王女だろ?


 もしかしたら、この本の方が??


 ……ゴクリ。


「なぁ、リリ」


「はい?」


「古本屋、行く?」


 売れば、パン祭りだよな?


 食べ放題だよな??


「……えっと、それはさすがに。いくらご主人様でも、お祝いの品を売るのは……」


「冗談、冗談」


 あははー、と笑いながら、表紙をめくる。


 9割ほど本気だったけど、仕方がない。


 絶食2日目くらいまでは、売らずに我慢しよう。


「3ページ目、って言ってたよな」


 表紙を丁寧にめくって、もう1枚めくって。


 見えたのは【禁忌】の二文字。


------------


 【禁忌】


 自分を占う事は、禁忌とされ、死の危険を伴う。


 もし行えば、魔力が膨大し、全身が破裂する。


 飢餓状態であれば、胃が魔力を吸収し成功する、と言った説もあるが、成功者は未だ存在しない。


------------



「全身が、爆発……!?」



 ボンさんが読ませたかったのは、間違いなくこれだろう。


--腹が減っていたら、成功する。



 道端で金色の文字が見えたとき、俺はこれ以上ないほど空腹だった。


「あの文字は、やっぱ、占いだったのか……」


 思えば、満腹感と一緒に、爆弾のような何かが、胃の中で膨らんでいた気がする。


 いや、それは今も胃の中にある気がする。


「飢餓状態であれば、胃が魔力を吸収……」


 してないよな?


 膨らんではないけど、減ってもない。


 自分を占うのは、死の危険がある、禁忌。


「もしかしてだけど、やばいのか……!?」


 慌ててページを捲ったが、禁忌に関する記載は他にない。


 次も、そのまた次も。


 どれだけ紙を捲っても、占いのやり方や、トレーニングの方法が書いてあるだけだ。

 

「今更爆発する、なんてことないよな?」


 そう願いたいが、なにひとつ分からない。


 やっとパンが食えるようになったんたぞ!?


 それにリリの事もある。


 今更 魔力が爆発とか……。



--魔力?



「そういえば、ルーセントさんに頼んで、魔力値を計って貰え、ってボンさんが……」


 本の3ページ目を読めとも言っていたよな?


 偶然だとは、とてもじゃないが思えない。


 ボンさんは、知っていた? いや、気付いたのか?


「だとしたら、まずはルーセントさんを探して、魔力の測定を--」


「私がどうかされましたか?」


「え……?」


 すぐ側で聞こえてきた声に顔を上げると、心配そうな顔をしたルーセントさんが、目の前に立っていた。


 その手に、丸い大きな装置がある。


 どうやら、ボンさんに頼まれていたらしい。


 テキパキと準備をしたルーセントさんが、測定器の向こう側に腰を下ろしていた。


「それでは、測定を始めます。丸い玉に両手を乗せてください。目を閉じて、肩の力を抜いて……」


 落ち着いた声に従って、ひんやりとした玉に触れ、瞼を閉じる。


 だけど、肩の力を抜く事なんて出来るはずもない。


 頭の中は、焦りと、爆弾の事でいっぱいだった。


 そうして、数十秒がたった頃、


「……860!? 1020!?」


 不意に、ルーセントさんの驚くような声がした。


 測定器の針を見詰めた彼女が、目を大きく見開いている。


「!! 申し訳ありません! 少しだけ席を外します!」


 大慌てで席を立ち、そのまま走り去っていく。


--やっぱり、やばいのか!?


 なんて思っていると、戻ってきたルーセントさんが、大きな水晶の玉を俺に押し付けた。


「こちらを持ってください!」


「え?」


「椅子に座ったまま祈るように両手で握り締めて! 早く!」


「!!!!」


 焦りを滲ませるルーセントさんに急かされながら玉を抱えて、ゆっくりと目を閉じる。


 心配そうに俺を見詰めていたリリの顔が見えなくなって、手の中にある玉がさっきより冷たくなったように思えた。


 不思議と落ち着く冷たさの中に、ルーセントさんの声が聞こえてくる。


「体の中にある物に意識を向けて、細い管を通すように右手に流してください。そのまま、手の中にある玉に入れて、左手へ……」


 意識を向けると、爆弾の端が細くなり、右手から玉の中に入っていった。


 それが左手を通って、また胃の中に戻っていく。


 冷たかった玉が、今はほんのりと暖かくなっていた。


「そのまま続けていてください。測定器を手に当てます」


 ルーセントさんの声も、ほんの少しだけ落ち着いた気がする。


 そうして数分が経って、胃の中にあった爆弾が、少しだけ柔らかくなっていた。


「目を開けてもいいですが、魔力の循環はそのまま継続していてください」


「……わかりました」


 やっぱりと言うべきか、爆弾の正体は、魔力だったようだ。


 ゆっくりと目を開くと、俺の顔を心配そうに覗くリリの瞳が見えていた。


「結論から言います。デトワール様は、魔力暴発の危機にありました」


「かなり危なかった、ってことですよね?」


「はい。魔力がもうほんの少しでも荒れていれば、周囲を巻き込んで体が粉々に……」


 どうやら、マジでヤバかったらしい。


 爆発して死ぬ、って比喩じゃないのな。


「そちらの魔石--透明な玉はそのままお貸しします。出来るだけ魔力を循環させてください。それと、リリさん」


「は、はい!」


「デトワール様の監視をお願いします。無理をさせない、1日1時間以上の循環をさせる。出来ますか?」


「!! わかりました! 必ずさせます!」


 胸の前で両手をギュッと握ったリリが、コクコクコクと壊れた玩具のように頷いていた。


 そして最後に、


「デトワール様も、魔法の練習・・・・・は、治るまで禁止ですからね?」


 そんな言葉が聞こえていた。

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