第16話 爆発を回避せよ

「練習……?」


「はい。大きな魔力が体内にあるので、訓練すれば、使いこなせる可能性が高いと思いますよ?」


「俺が、魔力を……」


 思わず自分の手を見るけど、昨日までと変わらない弱々しい手だ。


 だけど、強い者だけが使える力が備わっているらしい。


 にわかには、信じられないがな……。


「ですが、体に馴染むまでは不安定で危険な物です。幼い魔法使いみたいに、隠れて練習なんてしたら、本当に爆発してしまいますから」


「俺が、魔法使い……」


「ご主人様は、やっぱり すごい人でした!」


「いや、でもこれは--」


「あのー。私の話、聞いてます?」


 一応聞こえるけど、正直な話し、頭に入って来ない。


 確率は、1000人に1人。


 回復魔法を使えるなら、怪我人を治せば、パンが食い放題!


 攻撃魔法なら、魔物の群に撃ち込めば、パンが食い放題!!


 嬉しくない理由がない。


「あとは、魔法を覚えられるか。そこが問題ですね」


「……そう、だな。そう、だよな……」


 だけど、そんな思いも、その一言で消し去っていた。


 大きな魔力があっても使えなきゃ意味がない。


 魔力の塊だけじゃ、飯は食えない。


「?? えっと、もし覚えられなくても、属性魔石か、スキルの本を買えばいいんじゃないですか?」


「魔力を魔法に変えるアイテムとして有名な2つだけど、どっちも高いんだよ」


 パンが何個買えるかも分からないくらい、高い!


 1番安いものでも、リリが10人は買えると思う。


 それに、


「もし武器を買うとしても、リリの武具からだからな」


「ぇ……? 私の武器、ですか?」


「そう。リリはうちのエースだからな。装備を整えて、ガンガン稼いで貰わなきゃ。だろ?」


 “占い師おれ”なんかを強化するより、経済的でずっと効率がいい。


 “重歩兵”と言えば大盾だけど、あれって、やっぱ高いんだろうか?


「まずは飯。それから、寝床。その後で、余裕があればになるけどな」


 どう考えても、それが現実だよな。


 はぁ……、なんて深い溜め息をついていると、ふふっ、と笑うルーセントさんの声が聞こえた。


 チラリと目を向けると、なにやら自分のポケットをゴソゴソと探る姿が見える。


「お待ちかねの物です」


 そう言って取り出したのは、小さな袋が1つ。


「本日の買取額になります」


 縛られていた口の部分が開かれ、大きな銅貨が顔を覗かせた。


 ジャラジャラと銅貨ばかりが、机の上に広がっていく。


 大が7枚に、中が6枚、小が9枚。


 俺の目の前に、褐色のコインたちが輝いていた。


「総額で7690ルネンですね」


「……ぉ、おお!!」


 予想よりも、はるかに高い!


「パンが腹一杯食える!!」


 それどころか、屋台で普通に飯が買える!


 まともな宿で寝ても、おつりがくる!!


 グリーンスライムを相手に命懸けだったとはいえ、十分過ぎる稼ぎだ!


「冒険者ギルドと提携している宿であれば、素泊まりで3000ルネンなのですが、ご入り用ですか?」


「お願いします!」


 そのために森に行ったんだからな。


 手痛い出費だが、リリを橋の下で寝させる訳にもいかないし。


 4000ルネンも残れば、腹一杯食えるし!!


 それにあれだ。


--金が不安なら、また明日、稼げばいい。


「仕事をすれば、パンが、食えるからな……」


 目の前にある銅の輝きが、今はなぜか、涙で滲んで見えた。



「ギルマスの印はもう少し時間がかかるので、完成するまでは、裏口から入って来てください。薬草やスライムの納品は何時でも受付ていますから」


「ありがとう」


 そんな言葉を最後に、はじめての稼ぎを懐に仕舞って、冒険者ギルドを後にする。


 外は既に暗く、肌寒い風が頬を撫でていた。


「ご主人様、星が綺麗ですよ」


 リリの声に導かれて視線をあげると、大小様々な光が空に浮かんでいるのが見える。


 猫の耳をピコピコと動かす彼女が、わぁ~、なんて楽しそうな声を漏らしていた。


「久し振りに見ました。やっ    ぱり綺麗ですね」


 無邪気に空へと手を伸ばしているけど、2年ぶりの外だ、って言っていたもんな。


 そう言う俺も、飯を探すのに必死で、空を見る余裕なんてなかったように思う。


「底辺から、少しは這い上がれたのかな」


「ん? ご主人様?」


「何でもないよ。飯を買って、宿に行こうか」


 念願の飯の時間だ!


 腹一杯食える飯だ!!


「晴れてさえいれば、星空なんていつでも見れますもんね!」


「そういうこと」


 大人びた顔をするリリの猫耳を撫でたあとで、教えられた宿に向けて歩いていく。


 周囲は夕飯を狙った露天や居酒屋などが立ち並び、賑やかな声と香りが流れていた。


 昨日まではむなしいだけだった光景も、今日は宝の山に見える。


「そう言えば、店にいたときはどんな物を食べてたんだ?」


「奴隷商で、ですか? えっと、朝に黒パンが1個とスープですね。あとは誰かが貰われるたびに、クルミかピーナッツが貰えました」


「そうなんだ」


 1日1食か。


 少ないような気もするけど、食べられるだけいいのか。


 金が底を付いて、雨水だけで生きていた俺よりはマシだな。


「おじさん、ミルク粥2つ。疑似鳥ぎじどりの串を1本だけ貰える?」


「あいよ! 550ギルな」


 ついさっき貰ったばかりの

銅貨を支払って、半透明の容器に入った粥と串を受け取った。


 この使い捨ての容器を持ったのも、1ヶ月ぶりくらいか。


「袋も貰えるか? たしか10ルネンだったよな?」


「あいよ。確かに」


 宿まで持ち帰らないといけないから、透明なスライムの袋に入れ直してもらう。


 俺が袋に金を使うなんてな。


 昨日までの俺が見たら、正気を疑うに違いない。


 それでもまだ、ポケットの中には大銅貨が4枚も残ってる。


 リリと2人で分け合っても、2000ルネンだ。


 袋は明日の狩りでも使えるし、無駄じゃないからな。


「えっと、550ルネンって言われて、ご主人様が、中を5枚、小を5枚出したから。中が100ルネン、小が10ルネン……。うん、覚えました」


 そんな声を背中に聞きながら、教えられた宿を見上げて、中へと入っていった。

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