第14話 親会社の社長?

「ルーセントの隣に座らせてもらうぜ? 構わねーよな?」


「ええ、もちろん」


「わりぃな。あとよ、堅苦しいのは嫌いだから、普通に話してくれていいからよ」


 俺たちの横を通り過ぎて、大男がのそのそと歩いていく。


(ご主人様、この方は……?)


(ルーセントさんが、“ギスマス”って呼んでたから、たぶん冒険者ギルドのマスターだと思うよ)


(???? ギルマスは、ご主人様ですよね?)


(いや、それはそうなんだけど。なんて言うか、規模が違うんだよ)


(????)


 どうにも伝わってないらしい。


 頭の中で必死に言葉を整えていると、テーブルを挟んだ向こう側から、ガハハハと盛大に笑う声が聞こえた。


「俺はな、親会社の社長だ。わかるか? なんだったら、師匠の師匠でも良いぜ?」


 小声で話してたのに、全部 聞こえていたらしい。


 俺は慌てて、大男に頭を下げた。


「挨拶もなしに、すみません。俺はデトワール、こっちはギルドメンバーのリリ」


「よっ、よろしく、お願いします!」


「おう、よろしくな。俺はボン・ベーネ。冒険者ギルドのマスターだ」


 ですよね。


 つまりは、


「この人を怒らせると、飯が食えなくなる、ってこと。うちは本日開業の零細ギルドだからね。即 倒産、かな」


「とうさん……!!」


「ガハハハ、さすがに俺の一存じゃ倒産は無理だぜ? まぁ、近いことなら出来んくもねぇがな。ガハハハハ」


 ガハハハ、じゃねぇよ。怖すぎるだろ……。


 けどまぁ、悪い人ではなさそうだ。


 オホンと咳払いをしたボンさんが、テーブルの上に太い腕を乗せる。


 ルーセントさんから紙を巻き上げて、高そうなペンを握った。


「まずは、ギルドの設立おめっとさん。メインの親は冒険者ギルドうちでいいんだよな?」


「……親、とは?」


「あー、まだその段階か」


 はぁ、と溜め息を付いてチラリとルーセントさんを流し見る。


 ルーセントさんがびびりまくってるので、やめてあげてください。


「さっきも言ったが、親会社みたいなもんだ。うちや商業ギルドみたいな国ぐるみでやってるギルドは、いろんな所から仕事が来るからよ。それを子に分けて手数料を取れ、って国に言われてんだ」


 国営ギルドでもそれぞれに得意分野があり、複数の親を持つことも出来るが、どこもノルマがあるらしい。


 チラリと机の上の成果物を流し見たボンさんが、俺たちの方へと向き直る。


「初日でこれだけ採れるなら、うちで問題ねぇわな。うちにしとけ。ってことで、次。専属の受付嬢もルーセント一択だわな」


 専属?


 なんて思いはしたが、ボンさんは手を止めることなく、紙に何かを書き込んでいく。


 まぁ、意味は後で聞けばいいし、受付嬢の知り合いはルーセントさんだけだから、いいんだけどさ。


「マスターは、デトワール。メンバーがリリ、っと……。うっし、ルーセント、後の処理よろしく」


「畏まりました。ですが、強引ではないですか?」


「いいんだよ。ほら、さっさと動く」


「……はぁ。わかりました」


 大きな溜め息を付いたルーセントさんが、紙と成果物を抱えて部屋を出て行く。


 ガチャリとドアが閉まり、ボンさんが俺たちの方に向き直った。


「でだ。お前たち、……いや、お前は何者だ?」


 目つきに鋭さが生まれ、その視線が、真っ直ぐに俺を捉えているように見える。


 だが、『何者だ?』なんて問われても、質問の意図がわからない。


「聞き方を変えるぞ。これに見覚えはあるか?」


 そう言ってボンさんが、机の上に1冊の本と、小さな手紙を乗せた。


 見るからに高そうな手紙には、どこかの貴族を示す判子が押してある。


 チラリとリリを見たが、彼女も不思議そうに首を傾げて見せた。


「手紙と本がなにか……?」


「……なるほど。知らずに助けた、って訳か。どーりで」


 どうにも話が見えないが、ボンさんの鋭さが、少しだけ落ち着いたように見えた。


「お前さん、昼間に少女を助けてんだろ? 違うか?」


「そういえば、そんなこともありましたね」


 出来事がありすぎて、半分ほど忘れかけていたが、あれから半日しか経ってないんだよな。


 なんて思っていたら、ボンさんが、椅子に沈み込むように、天井を見上げていた。


「状況はだいたい理解した。--まずはこの手紙だが、これはお前が助けた少女が送ってきたものだ。この本はお前への祝いらしい」


「祝い?」


「あぁ、ギルドの成立祝いだとよ」


 見せられた表紙には【占い師入門】の文字が刻まれていた。


 俺たち平民には縁のない、“占い師”関連の本だ。


「貴族連中は、占いが好きだからな」


「……そうですね」


 俺みたいな平民に占われたい貴族はいないけどな。


 平民は嘘をつくとか、平民の占いは信用出来ないとか、なんとか……。


 と言うか、やっぱりあの子、貴族だったか。


 メイドと騎士を従えてたもんな。


 ……占いの本、ねぇ。


 あまり気乗りはしないが、せっかくの貰い物だからな。


「有り難く読ませて貰いますよ」


「あぁ、そうしてくれや。言っておくがな、お前が助けた少女は、俺の首が何個あっても足りないような大物だからな」



「……は?」



 大物?



「あの子の父親は、この国のトップだ。あの子自身も、この国じゃ、5本の指に入る貴族だ」



「…………は?」



「第4王女。そう言ったらわかるか?」


 …………。




「はぁ!?????」



「貴族印をすべて覚えろなんて言わねぇから、せめて王族の印くらい覚えとけ」


 慌てて手紙の判子に目を向ける。


「……そういえば、見たことある、……ような、ないような」


「……まぁいい。まずは、その本の3ページ目を読め。でもって、ルーセントに言って魔力値を計れ。そーすりゃ、おおよその事態は理解出来るはずだ。以上」


 そう言って、手紙をポケットにねじ込んだボンさんが、部屋を出て行く。


「それとな、下手に死ぬなよ? お前が死んだと第4王女様に知れてみろ。関係者全員の首が、文字通り飛ぶぞ」


--規則とは言え、救いの手を出せずに悪かった。


 稼いだ金で、腹一杯 食ってくれ。


 最後にそんな言葉を放り込んで、俺とリリだけが部屋の中に残された。

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