第13話 小さな部屋

「グリーンスライムが3匹!? 魔力草もあるじゃないですか!!」


 無事に森を抜けて、王都に戻った俺たちは、裏口から冒険者ギルドに入り、あの小さな部屋に来ていた。


 俺やリリが、成果物を机の上に載せると、見慣れた受付嬢ルーセントさんが、なぜか驚きの声をあげている。


「確かに『薬草でも採取して来てください』 と言いました。ですが、どこまで行ってきたんですか!? 森の奥は危険なんですよ!?」


 でもって、どうやらご立腹らしい。


「全くもう、これだから若い冒険者さんは……。無茶ばかり……」


 なんてブツブツ言ってるけど、受付嬢も十二分に若いですよね?


 25歳前後か?


 美人で綺麗系のお姉さんだと思いますけど?


 ……まぁ、そこは触れない方がいいだろう。


「なんですか、その目は? 言っておきますけど、私はまだ行き遅れじゃないんですからね! まだまだ現役なんですから!」


 どうやら、触れなくても、自分で踏み抜くスタイルらしい。


 ガラリと雰囲気が変わったルーセントさんの言葉に、隣に座っていたリリが、猫耳をペタリと倒している。


 スライムと対峙した時より怯えているように見えるのは、気のせいじゃないよな?


「ごめんなさい。でも、違うんです。本当に入口だけで、あの、えっと……」


「わっ、違いますよ? 怒っていませんから。怖くないですよ? 怖くないです。ね?」


「…………」


 でもって、泣かれていた。


 結局は、どうしていいのか、わからなかったらしい。


 最初はワタワタしていたルーセントさんが、背もたれに体を預けて天を仰ぐ。


「そうですよね、こんなんじゃ、彼氏なんて出来ないですよね……。兄さんも、奴隷かれし、売ってくれないし……」


 はぁ……、と盛大な溜め息が聞こえるが、彼女の名誉のためにも聞かなかった事にしよと思う。


 けど、まぁ、彼氏を買うのはどうかと思うけどな。


 そんな者より、パンを買うべきだろ。


 そうこうしていると、やがて落ち着いたのか、受付嬢が改めてリリを眺めていた。


「それにしても、良くこの子を買えましたね。本当に大銀貨1枚で……、なんて、聞くまでもないですか」


「上乗せするお金なんてないからな。スライムを一撃で倒せるほどの実力者だったのは予想外だったけど、ラズベルトさんには本当に--」


「え!?」


 不意に俺の言葉を遮った彼女が、伸びきったスライムとリリを見比べる。


「これを、猫族の彼女が?」


「ん? あぁ、見事な一撃だったぞ? 森の入口で立て続けに襲われた時は『死んだかな』と思ったけど、彼女のおかげで助かった」


「……入口で立て続けに? 詳しくお聞かせ願いますか?」


「ん? あぁ、もちろん」


 それまでの雰囲気とは打って変わって、受付嬢の表情が引き締まって見えた。


 はじめから話して欲しいと言われて、受付嬢ルーセントさんと別れてから現在に致までを掻い摘まんで話していく。


 リリのスキルや、薬草の取り方。


 グリーンスライムに殺されかけたこと。


「おおよその事態はわかりました。疑ってしまい申し訳ありません。魔力草に関しては、ひとえにお客様の実力でした。訂正してお詫び申し上げます」


 いや、俺に実力なんて。


 などと、否定の言葉を紡ごうとしたが、のどの奥から出せそうにない。


 隣にいるリリが、


『そうでしょう、そうでしょう! ご主人様はすごいんです!』


 とでも言いたげな顔で、猫の尻尾をバタバタさせているので、取りあえずは黙っておこうと思う。


 グリーンスライムをチラリと見たルーセントさんが、今度はリリに視線を向ける。


「リリ様の実力に関しても、スキルが良い方に働いた結果だと思われます」


「あー、やっぱりそうか」


「えっ? 私のスキル、ですか? 良い方向って……」


 キョトンと首を傾げている所を見るに、やはり分かってなかったらしい。


 出来るだけリリのトラウマを刺激しないように考えをまとめて、彼女の方へと向き直る。


「“重歩兵”の弱点は、動きが鈍い事。利点は力が強い事。リリは種族の特徴として動きが素早いから、力強くて早い攻撃が出来た、って予想出来る」


「私共のギルドには、猫族の冒険者さんも大勢在籍しておりますが、グリーンスライムを一撃で倒せる方は居られません」


 その代わり、有り余るスピードを生かして、シーフや斥候、手数で勝負するスタイルなんだろうが、それは言わなくてもいいだろう。


「えっと……?」


「まぁ、なんだ。リリは落ちこぼれじゃない。優秀な冒険者になれる、ってことだ」


「私が、ゆうしゅうな……?」


 ぼんやりと自分の手を見下ろしたリリが、グリーンスライムを見詰めた後で、綺麗な瞳を俺に向けてくる。


「私は、落ちこぼれじゃ、ない……?」


「優秀だよ。まぁ、落ちこぼれの俺が言っても、説得は--」


「そんな事言わないでください! ご主人様は、絶対に落ちこぼれなんかじゃないです!!」 


 そうは言っても、“占い師”だからな。


 少女を騙して金を貰わないと、パンすら買えなかった人間だ。


 そう思っていると、ルーセントさんが、薬草の束を両手でゆっくりと持ち上げていた。


「どちらが上かの話ではないのですが、グリーンスライムより魔力草の方が、高値な買取額になります」


「そうですよね! ご主人様は、私なんかより絶対に優秀ですよ!」


 そう言って、なぜかリリが目を輝かせている。


 なんだか、この子も最初と比べて印象が変わって来たよな。


 でも悪い変化じゃない。


 なんて思っていると、


「邪魔するぜー? おまえら、話しが長すぎるんだよ。ちゃっちゃと進めろや、ちゃっちゃと」


「ギルマス!?」


 熊のような大男が、背後にあったドアから部屋の中へと入って来ていた。

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