第10話 パンを求めて!

 支払いを済ませて、奴隷商の外に出る。


 途中、従業員らしき男性とすれ違った時に、ラズベルトさんが、なにやら小さなメモを受け取っていたけど、これで本当に手続きが終わったようだ。


 外はまだ太陽も高くて、背後にいたリリが、眩しそうに目を細めていた。


「ごっ、ごめんなさい。太陽は……、久し振り、なので……」


 聞けば、2年ぶりの外らしい。


 不安と緊張で頑くなっているように見えるのは、気のせいじゃないと思う。


 だけど、まぁ、そこは慣れてもらうしかない。


「妹から伝言を預かっております。『ギルド成立の手続きにもう少し時間が必要なので、近くの森で薬草でも採取して来てください。宿代、必要ですよね?』……以上です」


 どうやら、受け取ったメモはこれだったらしい。


 宿代よりも、飯の金からだけどな。


「こちらは、ルーが書いた許可証です。これがあれば、西の門の往来が可能になりますよ」


 なにやら、ギルマスの手続きが終了するまでは必要らしい。


 これで飯の種を拾いにいけるな!!!!


 リリさえ良ければ、一緒に連れて行くか。


 もしダメそうなら、街の安全そうな場所で待っていて貰えばいい。


「何から何まで助かったよ。次も必ず寄らせて貰うから」


 腹一杯食えるようになった後で、お金が貯まって、買うゆとりがあれば。


 そんな心の声が聞こえたのか、楽しそうな笑みを浮かべたラズベルトさんが、深々と頭を下げてくれた。





 大きな噴水のある広場を抜けて、大通りを歩いていく。


「……!!」


「リリ? 大丈夫か?」


「はっ、はい……。大丈夫、です……」


 目元に大粒の涙を貯めたリリが、俺の上着の裾を握り締めて、コクコクと頷いてくれる。


 そうしてなぜか、ハッと手を引っ込めた彼女が、自分の手を見下ろして、ぷるぷると青ざめていた。


 どう見ても、大丈夫じゃない。


「人が怖いのか?」


「いっ、いえ……、そんな、ことは……、ひぅ!」


 曲がり角から出てきた優しそうな老婆が、俺たちの横を通り過ぎていく。


 左後ろにいたリリが、俺の体を盾にでもするかのように、右側へと回り込んでいた。


 “重歩兵”と言えば盾だけど、雇い主の体を盾にする“重歩兵”はなかなかいないと思う。


「あぅっ……。いえ、これは、あの……」


「手でもつなぐ?」


「ぃっ、いえ。……手は、昔、骨を……、おって、しまって……」


「おる?」


「……ギュッと、握ってしまうと、ご主人様の手が……」


 なるほど、折れるのか。


 昔、と言うことは、経験済み。


 普通の人でそれなら、“占い師”である俺が、ギュッとされたら、手がなくなるかもな。


 しかし、まぁ、何というか、


「頼もしい限りだよ」


「……ぇ?」


「もし強盗とかに襲われたら、守ってくれるか?」


 華奢な女の子に守ってもらうのもどうかと思うけど、鍛えてない現時点でも、彼女の方が強いだろうしな。


 手を繋ぐのがダメなのならと、彼女の頭に手を乗せる。


 おっ、すげぇ。

 大きな猫の耳も、長い髪も柔らかいな。


「冒険者は、強い方がいいからね。リリは優秀な部下だよ」


「……はい。ありがとうございます……」


 顔を覗き込むように微笑みかけると、彼女はほんの少しだけ戸惑いながらも、ふわりとした笑みを見せてくれた。



 そのまま西の門を抜けて、ピョコピョコと動く猫の耳を横目に見ながら、草原を進んでいく。


 毛布に隠れて見えなかった猫の尻尾も、スカートにあいた穴から外に飛び出していた。


 もふもふ。


「ご主人様、本当に一緒に行かれるのですか? 経験はありませんが、頑張れば私だけでも……」


「いや、大丈夫だよ。リリの足は引っ張らないようにするからさ。ごめんね、心配かけるギルマスで」


「いっ、いえ、出過ぎた発言でした。申し訳ありません……」


「構わないよ。思った事は何でも言っていいからね」


 どうやら、俺が街の安全な場所で待っていて、彼女だけが森に入る予定だったらしい。


 ギルマスと部下の関係であれば、さほど珍しくもないと思うけど、さすがにその発想はなかった。


「えーっと……、どうかされましたか?」


「いや、なんだか楽しそうだな、って思ってさ」


 猫耳はピコピコ動いているし、尻尾も優雅に揺れている。


 なによりも、表情が豊かに見えた。


「……えっと。……ここなら、広いから、誰も傷つけたりしなくて済むかな、って……」


「なるほどね」


 壊れる物もなくて、自分を閉じ込める檻もない。


 怪我をさせそうな相手も、隣にいる俺だけだ。


 人が怖いのかと思っていたけど、怪我をさせる方が怖いのか。


 思えば、老人や子供を見た時が、1番強く反応していたし。


 横で見ているだけじゃ、華奢きゃしゃな可愛らしい少女なんだけど、本当に地獄を見たんだろうな。


「ぇっ……!? どうしたんですか、急に頭を撫でて……」


「何となく、かな」


 俺が救う、なんておこがましい事は言えないけど、彼女には腹一杯 食って欲しいと思う。



 そうやって他愛もなく歩くこと、5分。


 道が左右に別れ、中央に鬱蒼とした森が見えてくる。


「到着ですか?」


「そう言うこと」


 木の葉が擦れ合う音に、鳥の鳴き声。


 時折、魔物の遠吠えらしき音も聞こえてくる。



--さぁ、念願だった飯の種を狩る時間だ!!



「森の中では、俺の言うことをよく聞くこと。いいかな?」


「はっ、はひ!」


「よろしくね」


 田舎の森とは木の種類も生態系も違うけど、森は森だならな。


 頑張ればパンが買える!


「腹一杯、食うぞ!」


 グッと手を握り締めて、森の中へと入っていった。

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