第9話 仲間が出来ました

「冒険者、ですか? 私なんかが……?」


「そう。でもって、ギルマスは俺ね。“占い師”のスキル持ちだから、俺が足を引っ張る形になると思うけどさ」


「“占い師”?」


 コテリと首を傾げるように、毛布が動いていた。


 息をのむような声に続いて、見えていた瞳が毛布の中へと戻っていく。


「“占い師”さんなのに、ギルドのマスター……。すごく優秀なのですね。とてもじゃないですが、私なんかじゃ……」


 モゴモゴと声が小さくなって、毛布に包まれている体が、より小さくなっているように見えた。


 だけどまぁそうか。


 知らない人が聞けば、“占い師”の逆境を跳ね返したようにも聞こえるかもな。


「優秀だったら良かったんだけどね。ギルマスになれたのも、人に助けてもらっただけなんだ」


 しかも、相手の勘違いだからな。


 少女が襲われたあの場に俺がいなくても、女騎士やメイドがすぐに駆けつけて、彼女を助けていたと思う。


 俺はただ、彼女からお小遣いを恵まれただけだ。


「キミと違って、奴隷になる決断すら出来なかったクズだからね」


「ぇ……?」


「“占い師”って、貧弱な体になるらしくてさ。冒険者になれなくて。貴族じゃないからって、“占い師”の弟子にもなれなくて。仕事がなくてさ……」


 “重歩兵”のスキルを貰ったキミと同じような目に……、なんて言う気はないけど、その10%くらいの地獄は見たと思う。


 確かに空腹の地獄は見た。


 だけど、奴隷の道から逃げた俺は、何年も虐待される地獄は経験してないからな。


「君が嫌がるようなことはしない。寝床は出来る限りになるけど、飯だけは何があっても用意するよ」


 ギルマスになって仕事を貰えれば、パンが食えるからな。


 空腹だけは、何があっても阻止だ。


 それは俺だけじゃない。あんな地獄、知り合いに見て欲しいとは思わない。


「どうして、わたし、なんですか……?」


「どうして、か……」


 彼女に対する同情?


 彼女なら、説得出来そうだったから?


 それも多少はあると思うけど、どっちも違う。


「見返したかった、のかな……」


「見返す、ですか?」


「あぁ」


 俺が奴隷の道から逃げたのも、いや、選ばなかった・・・・・・のも、根っこは同じだろう。


「『無理』『無駄』『無能』『使えないヤツ』。そう言ってたヤツらをさ。“重歩兵”と“占い師”で見返してやりたいと思ったんだ」


 うつわの小さな男だな、と思うけど、事実だから仕方がない。


 馬鹿したヤツを見返してやりたい。


 俺は無能じゃねぇ! って言ってやりたい。


 そんでもって、腹一杯、美味い物を食いたい!


 ただ、それだけだ。


「私の“重歩兵”で、見返す……。出来ると、思いますか……?」


 思うよ。


 そう言うのは簡単だけど、保証なんて何処にもない。


「周囲が言うように無理なのかも知れない。人よりも厳しい道なのかも知れない。だけどさ、俺は俺だから」


 うまく言葉に出来ないけど、それが俺の答えだった。


 部屋の中が静まり返って、毛布がもぞもぞと動き出す。


「……あの、えっと。私、猫族なのに、足は遅くて、器用でもってなくて、頭も良くなくて、それに--」


「いいさ。ギルマスなのに体力も筋力もない俺より、はるかに優秀だと思うよ」


「…………」


 女性の筋力を褒めるのも、どうかと思うけど、彼女は“重歩兵”のスキル持ちだ。


 “占い師”である俺とは比べ物にならないくらい強いに違いない。


「私が“占い師”で、お兄さんが“重歩兵”なら良かったんですよね……」


 それは思うけどさ。


「嘆いても、現実は変わらないからな」


「……そう、……ですね。私、リリって言います。武器は持った事もなくて、全部が、ダメダメなのですが……。こんな私でも、仲間に入れてくれますか?」


 毛布の中から出てきてくれた彼女が、恥ずかしそうに視線をうつむかせながら、そう言葉にしてくれた。




★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★




 準備があるからとリリと別れて小部屋に案内された俺は、必要書類とやらにサインを書かされていた。


 対面に座る奴隷商人のラズベルトは、何故か機嫌が良さそうに見える。


「やはり、私の勘に狂いはなかったようですね。お客様には、今後ともお世話になりそうです」


「ん? なんだよ、急に」


「いえ、今後の活躍が楽しみだな、と思っただけですので」


 活躍ねぇ。


「まぁ、精一杯頑張らせて貰うよ」


「はい。もし追加の奴隷が必要になりましたら是非当店に」


「買えるほどお金が貯まれば、だけどな」


 そんな話しをしながら、書類に目を通していく。


「ここだけの話なのですが、『リリさんを小金貨3枚で買いたい』とのお話がずっと来ておりました」


「は……?」


 しょうきんか?


 小金貨ってあれか? 小金貨か!?


 受付嬢のルーセントさんに聞いたけど、あれ1枚でパンなら1万個買えるんだろ!?


 ……いや、まぁ、可愛い少女だから、そのくらいしてもおかしくはないが。


「俺に売っても良かったのか? そもそもの話しだが、大銀貨1枚で買えるような子じゃないよな?」


「おや、気付いておられましたか」


「まぁ、普通はな……」


 そもそもが、貴族を相手する高級店だ。


 戦場に送り込むための大量購入ならまだしも、貴族のメイドになれるような者が、銀貨で買えるとも思えない。


「ギルドの設立祝いだとでも思って頂ければ幸いです。実を申しますと、あなた様と縁を結ぶ方がより良いと思っただけですよ」


「…………」


「根拠のない、ただの勘ですが」


 勘と言う割には、滲み出る自信がすごいけどな。


 まぁ、安く売ってくれるなら文句はないし、今更無理だとか言われたら暴れるけど。


「わかったよ。もし金が貯まったらまた買わせてもらうさ」


「末永いお付き合いを」


「はいはい」


 それから着替えが終わったリリと合流して、契約魔法を施してもらう。


 リリが着てきた服だけで、普通に大銀貨1枚しそうなんだが??


「えっと……。よろしくお願いします、ご主人、さま……」


 すべての契約が終わった後で、彼女が恥ずかしそうに微笑んでくれた。

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