第8話 落ちこぼれの少女

「ドアノブには、それぞれのプロフィールが書いてありますので、そちらも参考にしていただければ」


 ドアノブの前?


 あぁ、これか……。



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スキル:剣士

年齢:23歳

性別:男


・犯罪奴隷

(平民5人を殺害。終身奴隷)


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 ドアに付けられた窓から中を覗くと、体格のいい男と目があった。


 口元をニヤリと緩ませた男が、ドアをあけろと身振り手振りで伝えてくる。


 目を見る限りだが、殺したのは、たったの・・・・5人じゃないと思う。


「剣士としては優秀で、戦争でも起きれば売値も上がる男なのですが……」


「あぁ、要らないな」


 どう見ても、信用出来そうにない。


 買えるなら誰でもいいか、なんて思ってはいたが、さすがに無理だ。


「ちなみにですが、奴隷が起こした犯罪は、主人も背負う決まりですので」


「……わかった。絶対に要らないな」


 クルリとドアに背を向けると、背後から舌打ちのような音が聞こえた気がした。


「我々の商品が、誠に申し訳ございません。あとで罰を与えておきますので」


「いいですよ、気にしなくて。慣れてますから」


 手当たり次第に声をかける予定だったけど、まずは全体を眺めてからにしようか。


 少なくとも、俺が手綱を握れるような相手じゃなきゃ面倒事になりそうだからな。


 そんな思いで、ドアにかかったプロフィールを眺めていく。



 ギャンブルで失敗した30歳の男。


 酔った勢いで貴族を殴った40歳の男。


 上司を殺した元用兵……。



「すごい奴らばかりだな」


「申し訳ありません。それでも働ける男である分、奴隷としては使い道も多いのです」


「……なるほどな」


 大量に購入して炭鉱に送る、戦場に送る、そんなところか。


「ん?」


 そうして進み続けた先に、ふと気になる文字を見つけた。



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スキル:重歩兵

年齢:16歳

性別:女性(猫族)


・犯罪奴隷

(借金奴隷時代に逃亡を働き、犯罪奴隷に。その後、別の主人に負傷を負わせている。終身奴隷)


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「猫族の女性?」


 チラリと部屋の中を覗くと、頭に大きな猫の耳がある黒髪の女の子が見えた。


 俺と目が合うと、ビクンと肩を震わせた彼女が、落ちていた毛布の下へと隠れてしまう。


「人に怪我を負わせる者の眼には見えないが?」


「……はい。彼女の場合は、少々特殊でして……」


 猫族は、走る速さや獲物を捉える早さを誇りにする部族だ。


 たが、重歩兵のスキルは俊敏性が落ちる。


 それ故に馬鹿にされ、彼女は産まれた村を追い出されたらしい。


 辿り着いた王都にも仕事がなく、彼女は借金奴隷の道を選んだようだ。


 最初は、娘のメイドとして育てるために買われたらしいが、馴染む事が出来なかったと言う。


「メイド仲間には猫族だからとイジメられ、担当として付けられた買い主の娘にも毛嫌いされたようです」


 やがてイジメは虐待になり、彼女は逃げたそうだ。


「空腹で倒れていた所を兵士に捕まり、奴隷商に戻されました」


 その後、別の貴族に買われたが、ふとした弾みにその貴族を傷付けたらしい。


「重歩兵のスキルを持った者は、器用さも失うと聞きます。本人に話を聞く限りですが、怪我をさせたのはその影響ではないかと」


 2度も貴族の主人に背いた奴隷となれば、まともな買い手が付かないらしい。


 まともじゃない買い手--薬の人体実験や夜のお店などは、タイムリミットぎりぎりまで拒むつもりのようだ。


「犯罪奴隷の拒否権は、3年まで。彼女は残り1年です。可哀想ではありますが、国の定めですので」


「……なるほどな」


 恵まれないスキルを与えられ、そのせいで今の彼女があるわけか……。


 何と言うか、自分と被る点が多過ぎるな。


 どうしても、他人とは思えない。


「ラズベルトさん。悪いんだけど、彼女と話をしてもいいかな?」


「よろしいのですか? 戦闘の経験どころか、武器を持ったことすらないと思われますが?」


「…………」


 そうなんだけどな。


 でも、大丈夫だろう。


 逃げたときに、空腹で倒れていたらしいし。


 彼女はこの世で最も辛い地獄を見て、地獄を経験したはずだ。


「冒険者の件も含めて、彼女に話してみますよ」


「かしこまりました。それでは」


 ガチャンとドアの鍵が外れて、ラズベルトさんが俺を部屋の中に入れてくれる。


「ひぅ……!」


 布団ひとつ敷くのが精一杯な小さな部屋の角で丸くなった彼女が、毛布を被ってガタガタと震えていた。


「あ、あと、いちねん、あります。男の人は……、ひぅ!」


 異様なほど怯えられているな。


 でもまぁ、生い立ちを考えると仕方ないか。


「俺を殺したらいいよ。罪に問わない、そんな契約をしないかな?」


「…………ぇ?」


 おっ、どうやら、興味を引けたらしい。


 過激に攻めてみたけど、当たりだったかな。


「俺を殺してここに戻れば、3年延長されるよね。違う?」


「……えっと、そうだと、思います」


「住む家がなくて、他にメンバーもいないんだけど。俺と一緒に、冒険者をしてくれないかな?」


「……??」


 キョトンとした緑色エメラルドの瞳が、毛布の中からチラリと覗いていた。

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