第7話 ギルマスのなりかた

 ギルドとは、一般市民における会社のような物で、その数は無数にある。


 大きな物は、冒険者ギルドや商業ギルドなどの国が運営するギルド。


 小さい物なら、ギルドマスターと数人の冒険者--つまりは、社長と数人の社員だけの零細企業まであるらしい。


「立ち上げに必要な物は、お金と仲間だけです。誰の許可も必要ありません」


 登録料が、小金貨1枚。


 部下となる仲間は、最低1人必要らしい。


「本来であれば、冒険者時代の仲間や弟子と共に始めるのですが、部下は買う事も許可されております」


「買う?」


「はい。奴隷のメンバー登録ですね。ギルドマスターが所有する奴隷であれば、冒険者としての登録が認められていますから」


「……なるほど」


 俺にとって1番のメリットは、冒険者ギルドから仕事を斡旋してもらえること。


 本来なら、部下に仕事を回して手数料を貰うのが一般的だが、ギルドマスター本人が仕事をしても問題はないそうだ。


 つまり、


「大銀貨で奴隷を買えば、仕事が出来て、飯が食える。そう言うこと!?」


「その通りです。本来であれば発生するギルドマスターへの上納金もありませんから、普通の冒険者より稼げる可能性もありますね」


 普通の冒険者よりパンが多く食える!


 良いこと尽くめじゃないか!!


「ギルドごとにランク分けがありまして、一番下のFランクであれば、年に10回以上クエストをクリアして貰えば、翌年も無料で継続です」


「?? とりあえず、仕事をすればいいってことか?」


「そういうことですね」


 なら問題はないな。


 何万個のパンより、この先ずっと食えるパンの方がいいに決まってる!


 だけど、


「俺みたいなヤツが、奴隷って買えるのか?」


「問題点はその1点ですね。そこは頑張って頂くしか……」


「だよな……」


 奴隷には、買取を拒否する権利がある、と聞いたことがある。


 現在の俺に宿はなく、橋の下で寝起きするような生活だ。


 金貨と銀貨がなくなれば、金もない。


「けど、まぁ、行ってみるだけタダか……」


 というか、行ってみるしかないだろう。


 ずっと食い続けられるパンのためだ。仕方ないよな。


「あっ、そうでした。ギルド立ち上げのお祝いを差し上げますね。ほんの少しだけ早いですけど」


 せめて見た目だけでも、整えて買いに行ってください。


 そう言った彼女が、売り物だった服をプレゼントしてくれた。


 因みにだけど、桐箱の中に入っていた手紙には、


『何か困ったことがあれば、この髪飾りを持って、北地区の駐屯地を訪ねてくださいね』


 そう書いてあった。


 もし無限パン作戦が失敗して、飯が食えなくなったら、遠慮なく訪ねようと思う。

 



「……ここ、か?」


 受付嬢に描いてもらった地図が示す先にあったのは、5階建ての大きな店。


「ほんとうに、ここなのか?」


 手入れの行き届いた外観に、嫌みのない装飾品たち。


 貴族が好みそうな、大きな窓ガラスのドア。


『私が自信を持ってオススメ出来る奴隷商です。最初に行ってみてください。あっ、紹介状も書きますね』


 なんて言われたが、どう見ても大銀貨1枚で買えるような店じゃないだろこれ……。


 そもそも、俺みたいな人間が立ち入っていいような場所じゃないよな?


「どうするかな……」


 なんて思うけど、あれだけ親身に話しを聞いてくれた受付嬢を無碍むげにも出来ない。


 名前すら知らないが、この街に来てからずっと、彼女だけは味方だったからな。


「紹介状もあるし、追い出されたら、追い出されたか」


 無限に食えるパンのためだ!


 よし! と気合いを入れて、ドアに手を伸ばす。


「!!!!」


 触れる前にドアがひとりでに開いていく。


 開いた隙間から、甘いバラの香りが流れて来て、高そうな服を着た男が目の前に立っていた。


「ようこそおいでくださいました。優秀な奴隷をお探しですか?」


「あっ、えぇ、はい……」


 人好きがしそうな笑みが、目の前に浮かんでいる。


 姿勢や仕草、見るからに優秀そうな男だ。


 平民丸出しの俺を見下した様子もない。


 良かった。


 出会い頭に追い出される事はなさそうだ。


「紹介状があります」


「頂戴致します」


 丁寧な仕草で紹介状を開き、目を見開いて、俺の顔を見つめる。


「あのルーが認めた男性ですか。私の勘といい、素晴らしい逸材と巡り会えたみたいですね」


 ボソリとそんな言葉を口にしていた。


「ルー?」


「あっ、申し訳御座いません。紹介文を書いた者は、私の妹でして。お恥ずかしい限りです」


 妹? ってことは、受付嬢のお兄さんってことか?


「申し遅れました。この店を営んでおります、ラズベルトと申します。妹のルーセント共々、今後ともお見知り置きを」


「あー、自信を持ってオススメってそういうこと」


「おや、あのルーがそんな事まで。これは腕の見せ所のようですね」


 ふわりと笑った男の顔は、たしかに受付嬢と何処となく似ている気がする。


 身内がオーナーをしてる店なら、胸を張って勧められるわな。


 それにしても、奴隷商人の兄、ラズベルトと、受付嬢の妹、ルーセントか……。


 あの受付嬢さん、もしかしなくても、お金持ちじゃね?


「こちらへどうぞ」


 おっと、そんなどうでもいい事を考えてる場合じゃないな。


 無限パン、無限パン!!


「本来であれば、個室で商品の一覧をお渡しし、気に入った奴隷を部屋まで来させるのですが--」


「俺の場合は、奴隷の方が選ぶ立場ですしね」


 否定も肯定もせず ふわりとした笑みを返したラズベルトさんが、そのまま店の奥へと進んで行った。


 煌びやかな装飾がなくなり、見るからに店とは違う雰囲気が漂ってくる。


 だけど、決して汚い訳じゃない。


 少なくとも、橋の下よりは住みやすそうだ。


--まぁ、当たり前だけどな。


 そうして案内された先に、無数のドアが並ぶ廊下が見えた。


「この先にいる奴隷はすべて大銀貨1枚で買えますので、声をかけてみてください」 


「あぁ、ありがとう」


 ざっと見ただけでも、部屋数は200を越えていると思う。


 果たしてこの中に、俺に買われても良いと思う者がいるのか?


 そんな思いを胸に、俺はドアの前へと踏み出した。

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