第11話 薬草を求めて
手頃な木の枝を握り締めて、木々の隙間を抜けていく。
猪が通ったような跡や、鹿が木の芽を食べた痕跡。
遠くから聞こえる川の音を聞きながら、頭の中に大まかな地図を描いていく。
「まずは、切り傷に効く薬草からかな」
冒険者なら、適切な価格で買い取って貰えるらしいし。
田舎じゃ適度に見かけたから、たぶんあると思うんだけど……。
おっ!
「リリ、ちょっとここで待ってて」
「?? わっ、わかりました……」
うん、どう見ても「理解出来てません」って表情だけど、まぁいいか。
この辺りの木なら、手助けの必要もなさそうに見えるし。
なんて事を思いながら、大木の幹に足をかける。
飛び上がるように太い枝に手を伸ばしてよじ登り、
「わっ、もうあんなに高いところまで……。ご主人様、本当に器用」
下から聞こえてくる声に心をくすぐられながら、枝の上に寄生していた赤い草を指先で引き抜いた。
枝に右手1本でぶら下り、下の枝に足をかけて降りていく。
最後はそのまま飛んで、リリの側に降り立った。
「ただいま。はい、これ」
「?? これは?」
「見たことない? 切り傷に効く薬草」
「ふぇ!?」
大きく目を見開いたリリが、自分の手に載った薬草をマジマジと見つめる。
ひぅ!? と肩が跳ねて、なぜか、薬草が載る手を大きく開いていた。
「ごっ、ごめんなさい! 私が持つと潰しちゃいます!」
猫の耳と尻尾がペタンと落ちて、目元には大粒の涙が浮かんでいる。
どうやら、相当に怯えているらしい。
“重歩兵”の影響か……。
「ごめんね。不用意に渡しちゃって」
「……いっ、いえ。ごめんなさい。荷物持ちすら出来なくて……」
「いやいや、大丈夫だよ。いざという時のために、護衛は手ぶらの方が良いからね」
「……ごめんなさい」
偽らざる本心なのだが、どうやら彼女には届かなかったらしい。
涙が溜まった目を伏せて、上着の裾をギュッと握り締めていた。
……今はそっとしておいた方がいいんだろうな。
そんな思いで周囲を見上げて、別の草にあたりをつける。
「ちょっと待ってて」
同じように木に登って、青い実が付いた草を引き抜いた。
「ご主人様、それは……?」
「魔力が回復する薬草だよ。冒険者なら、それなりの値段で売れないかな、って思ってね」
「魔力、ですか? そういえば、奴隷商さんが、『魔力が足りない』『最近は出回らない』って言ってた気がします」
「ラズベルトさんが?」
「いえ、オーナーさんじゃなくて、従業員さんですね」
「なるほどね」
それはいいな。
貴族相手の店で足りてないのなら、買取の値段も期待出来そうだ。
パンがゴロゴロ!!!!
「もう数本採取して来るよ。1番近いのは、……あれかな」
「え……?」
声を漏らすリリを後目に木に登り、魔力の薬草を引き抜く。
そのまま、枝から枝に飛び移って、3本隣の木に生えていた魔力の薬草も手に入れた。
「これで3本か」
どれほどのパンが買えるだろう?
腹一杯、食えるかも!
なんてワクワクしたのも束の間。
「……調子にのりすぎたな」
地面に降り立ちはしたが、体が言うことを聞かない。
知らないうちに膝が曲がって、地面にしゃがみ込んでいた。
大慌てで駆けて来るリリの姿が見える。
「ご主人様! 大丈夫ですか!?」
「あぁ、うん。もちろん。ちょっと疲れただけだから」
額から汗が吹き出して、膝が笑っているな。
昔から体力はなかったけど、最近の栄養不足が祟ったのか、更に落ちたようにも思う。
木登りなら、田舎の森で慣れてるつもりだったんだかな。
自分の事ながら情けない。
「悪いんだけど、ちょっとだけ休憩させて貰えるかな?」
「もちろんです! 私が周囲の警戒を!!」
ギュッと右手を握り締めたリリが、周囲に目を向ける。
その姿は、頼もしくもあるんだけど、
「ひぅ!? ……かっ、風、だったのかな……?」
物音がする度にハッと体の向きを変えて、あわあわと震えていた。
どう見ても無理をしていて、リリの方が倒れそうに見える。
そもそもが、慣れない森の中だろうからな。
道なき道を歩くだけでも、相当に疲れていると思うし。
「警戒はいいよ。リリも座って休んでくれないかな?」
「ぇ……? いっ、いえ! 私は、なにも出来てないですから、このくらいはしないと」
「ダメだよ。これは命令。……隣にいてくれた方が、俺が安心するからさ」
「……わかりました。ごめんなさい」
しょぼんと猫耳を倒した彼女が、ぽてぽて歩いて、隣に座ってくれる。
だけど、やはり疲れていたのだろう。
ホッと足を投げ出したリリの表情が、今は少しだけ落ち着いているように見えた。
「ご主人様は、すごいですね。森に入ってすぐなのに、薬草をたくさん見つけて」
「……まぁ、そこはほら、田舎育ちだからね。それに、昔から弱かったから」
「ぇ……? 弱かったから、ですか?」
「そう。弱かったから」
褒められて嬉しくない訳じゃないけど、胸を張って自慢出来る事でもない。
「強い人ってみんな、地面に生えてる普通のヤツを探すんだよね」
むしろ、薬草が木の上に生えてる事すら知らないだろう。
知っていても、木登りなんて効率の悪いことはしないと思う。
「“占い師”だったから、森の奥に行けなくて。取り残された物は、木の上にしかなかった」
それだけの話だ。
王都に拠点を置く冒険者たちも普通に強いから、木の上なんて探さない。
強い奴らは、前しか見ない。
そんな事を思いながら、木々の奥にある空を見上げる。
「でもそれって--」
「しっ!」
不意に、カザカザと葉の擦れる音が聞こえて、近くの茂みが不自然に揺れていた。
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