第5話 希望の道

 騎士の姿をした女性が、屋根から飛び降りて、俺たちの方に近付いてくる。


 男たちも俺も、槍を持つ者に囲まれていた。


「聞こえなかったのか!? 得物えものを捨てて、両手を掲げろ!!」


 槍の先端が、ジリジリと迫ってくる。


 少女と俺の間。男たちと俺の間にも、鎧と槍が割り込んでいた。


 下手に動けば、死ぬな……。


「待ってくれ! 俺たちはギルドの依頼を受けただけで--」


「弁論は捕らえた後で聞いてやる! 互いの弁護士を交えてな!」


「……ちっ!」


 さすがに旗色が悪いと見たのか、冒険者たちが、1人、また1人と、剣を捨てて手を上げ始めている。


 どこを見ても、鎧と槍がひしめいている。


 戦争でもしているのか?


 そう言いたくなる光景の中に、何故かメイド服と品のある眼鏡を身に付けた女性の姿が見えた。


「メリア様」


「あっ、アンナ! ここはまだ危険で--」


「メリア様!! 通ります! すみません、通してください!」


「あっ、はい」


「はい、じゃなくて止めなさいよ! あぁ、もぉ!! だから、連れてきたくなかったのに!」


 ざわつく周囲を余所に、メイド服の女性が、俺の横を通り過ぎていく。


 そして、背後にいた少女を抱き締めていた。


「メリア様! よくぞ、ご無事で……」


 どうやら、少女の知り合いらしい。


 メイドが様付けで呼ぶくらいだから、やっぱりお金持ちだったんだな。


「ごめんなさい。私のワガママで、みんなさんに迷惑を……」


「いいえ、ご無事で何よりです。本当に心配したんですから」


「ありがとう、アンナ。ローラも、助けに来てくれてありがたく存じます」   


「いえ、仕事ですから」


 そう言葉にしながらも、誰よりもホッとしているように見える。


 目元を拭った女騎士が、赤いポニーテールを揺らしながら、周囲に激を飛ばす。


「全員を捕らえろ! 決して逃がすなよ!」


「「はっ!」」


 野太い声が響き、俺の手に縄がかけられた。

 抵抗しても無駄だだろう。


 連れていかれた先で、飯を貰えたりはしないだろうか?


 金持ちに見える彼女たちなら、捕虜の待遇も悪くないと思いたい。


 少なくとも、屋根はあるだろう。

 もしかすると、今よりいい生活かも知れない。


 そんな事を思っていると、


「待って!」


「……メリア様?」


「こちらのお兄様は、私を助けてくれた恩人です」


「え……??」


 いつの間にか、少女が俺の上着の裾に手を伸ばしていた。


 助けてくれた、恩人??


「……離してやれ」


「はっ!」


 訳も分からないまま、腕の紐が切られた。


 首に回される予定だった紐が、道の脇へと運ばれていく。


「残る5人を詰め所へ! わかってるとは思うが、くれぐれも内密に行動せよ!」


「「はっ!」」


「おい、何をしている! 早く進め!」


「……ちっ! わかってるよ」


 太い縄に両手と首を引かれた男たちが、素直に連行されていった。


 足音が遠ざかり、残ったのは、俺と少女とメイドの女性。


 赤い髪の女騎士は、出口を固めるように、少しだけ離れた場所で立っている。


 たぶんだけど、俺を警戒しているのだろう。


 そんな中で、メイドの女性が、落ち着いた笑みを見せていた。


「メリア様、こちらに」


「うん……」


 名残惜しそうに俺の手を離した少女が、メイドの隣へと駆けていく。


 クルリと俺の方に向き直った少女が、スカートの裾を摘まんで見せた。


「わたくしの名は、メリア・ルルノワール・アプリコッテ。筆頭メイドのアンナと、専属騎士のローラです」


 背後にいた少女が、メリア。

 メイドは、アンナ。

 赤髪の女騎士が、ローラらしい。


 ふわりとしたスカートの前で手を組んだメイドのアンナさんが、深々と頭を下げる。


「この度は、メアリ様をお助け頂きまして、誠にありがとうございます。この御は必ず」


 どうやら、そう言う話で落ち着いたらしい。


 金持ちの少女メアリを助けて、パンを貰おうとしていた作戦は、成功だろうか?


 遠くにいる女騎士ローラさんから、ひどい圧力を感じるけど、もしかしたら、


 御礼にご飯でも!


 なんて話になるかも知れないし!!


 そう思って浮かれていたのだろうか。


「いえ、たまたま通りかかっただけですから」


 あまり物事を考えずに、そう言葉にしていた。


「……たまたま、ですか?」


 思わずと言った様子で、アンナさんが、不思議そうな目を周囲に向ける。


 そこにあるのは、苔むした壁と朽ち果てた宿だけだ。


 どう見ても、たまたま通りかかるような場所じゃない。


「いっ、いや、実は、大通りの方にまで、その子の悲鳴が聞こえていまして。それで--」


「水を差すようで恐縮なのですが。さすがのわたくしでも、隠れているときに、悲鳴は上げませんよ?」


「…………」


 墓穴に墓穴を重ねて掘ったらしい。


 向けられる視線が鋭さを増して、剣に手をかける音が聞こえてくる。


「いや、あのですね、なんと言いますか、あの……」



 誤魔化す言葉が見つからない。



 なんと言うか、最初の返答が悪すぎた。


「実は俺、“占い師”でして……」


 はぁ、と肩を落として、彼女たちに苦笑を向ける。


--また、バカにされるんだろうな。


 そんな思いを胸に、いつの間にか“占い師”のスキルが発動していたこと。


 その結果に従って、ここに来たこと。

 

 パンを狙っていたとか、そういう余計な物は省いて、必要最低限だけを話していく。


「なるほど。でしたら、私が【希望の道】を開いて差し上げればいいのですね」



 ただ静かに聞いていたメアリの口から、そんな紡がれた。

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