第3話 タンポポの少女
頭を守る細い腕に、綺麗な金色の髪。
「女の子……?」
年齢は、16歳くらいか?
土や埃で汚れてはいるけど、高そうな服を着てるな。
貴族か、金持ちの子供かな?
「いっ、いや……」
ゴミ箱の中から這い出した彼女が、ずるずると逃げていく。
「ひぅ……!」
たぶん、俺から逃げたいんだと思うけど、苔むした壁に背中をぶつけてたら逃げられないよ?
ぎゅっと目を閉じて頭を抱えるように身を堅くしてるし。
自分の身を守っていれば、周囲が助けてくれる立場に産まれて、大切に育てられたんだろうな。
まぁ、俺には関係のない話か。彼女に構っている暇もないし。
「飯は?」
「……ぇ?」
少女から目をそらして、ごみ箱の中を覗き込む。
--何もない。
残飯どころか、何もない。
どういう事だ?
占いにあった、希望は?
俺の飯は??
他に飯がありそうな場所なんて、どこにも……。
「ん……? タンポポ?」
ふと、少女の髪に視線が向いた。
タンポポのような金色。
髪飾りもタンポポだ!
【タンポポの花と希望の道を開け】
もしかして!!
「キミが飯をくれるのか!?」
「……ぇ?」
「え?」
どうやら、違うらしい。
俺を見上げた少女が、怯えながら、不思議に首を傾げている。
「小さな宿の裏。タンポポ……」
どっちもあってるよな?
後は、希望を開くだけなんだが……。
「宿の裏……。タンポポ……。金持ち!?」
--少女を誘拐して、身の代金を要求!!
それで飯にありつくのか!!
……いや、違うだろうな。
悪くない案だとは思うけど、捕まれば即死刑だ。
成功するとも思えない。
けど、目の前にいる少女が、飯の鍵だとは思うんだよな。
どう見ても、タンポポだもんな。
--そう思っていると、
「こんな場所に逃げ込んでやがったのか。手間かけさせやがって」
不意に、男の声がした。
振り向いた先に見えたのは、腰に剣を履いた男たちの姿。
服はありふれた物だが、5人全員が、生き物を殺し慣れた目をしている。
こいつらは、やばい……!!
田舎の森に居た、獣と同じ目だ。
「なんなのですか! どうして、わたくしを!」
「おーお、喚くねぇ。こりゃ楽しい仕事だな」
「アニキ。捕らえるのに時間をかけてもいいですかい?」
「いいぜ。期限もねぇ仕事だ。好きにやんな」
くはははは、と どうにも好きに成れない笑い声が聞こえてくる。
こいつらの目的は、背後にいるタンポポの少女なのか。
つまり、
「お前ら、俺の飯を奪いに来たって訳だな?」
「「「……は?」」」
とぼけた顔をしているが、男たちの目的は俺と同じ、ここにある飯なのだろう。
何となくだが、状況は読めたな。
一応、少女にも確認しておこう。
「なぁ、食い物は持ってるか?」
「ぇ……? あの? え?」
「あるんだよな?」
「えっと、えっと。潰れたパンなら、ポケットの中に……」
なるほどな。
【希望の道】はそれか。
少女はどう見ても非力。
男たちから少女を守れば、そのパンが貰えるに違いない!!
「飯のためなら、なんだってやれる。ずっと、命を懸ける事すら出来なかったんだからな!!」
覚悟は決まった。
落ちていた木の枝を拾って、正面に構える。
相手は剣で、俺は木の枝。
だけど、ここで飯を逃したら、飢えて死ぬだけだ。
「……てめぇ、俺たちとやろうってのか?」
「当たり前だろ?」
飯が目の前にあるのに、引ける訳がない。
少女は、金持ちっぽいからな。
守った対価に、持っているパンをくれ、って言えばくれるだろう!
チラリと背後を流し見ると、少女が胸のあたりをギュッとおさえていた。
なるほど、つぶれたパンはそこにあるのか。
「そこを動くなよ? いいな?」
「……はっ、はい」
コクコクコク、と何度も頷いた少女を横目に、木の枝を握り直す。
ふぅー……、と大きく息を吐いて、男たちに近付いて行く。
「てめぇ、よほど死にたいらしいな」
「は? 死にたいヤツなんて、この世にいないだろ。馬鹿なのか?」
そんなヤツがいるなら、会ってみたい。
ぶん殴って、そいつの飯を奪い取ってやる。
「てめぇら! やるぞ!」
「「「へい!」」」
思い思いに剣を抜いた男たちが、切っ先を向けてくる。
降りかかる圧力が強い。
やっぱ、生き物を殺し慣れてる目だな。
気を引き締め直しないと!
--そう思った矢先、
1番近くにいた男が、なぜか目を大きく見開いた。
「アニキ! コイツ、“占い師”だ!」
「あん? “占い師”?」
「うらない?」
「うらないってなんだ?」
誰しもが首を傾げて、距離を取る。
不意に、リーダー格の男が俺を眺めて、ハッと息を飲んだ。
「例の“占い師”か!」
「冒険者になれなかったクズ!!」
「あの有名人か!!」
どうやら、俺のことを知っていたらしい。
--ぷっ。
「ぷはははははは!!」
そんな笑い声が、通路に響いていく。
リーダー格の男なんかは、腹を抱えて笑っていた。
「なんだよ、噂の“占い師”かよ。こんなところで、雑魚がなにやってんだ?」
「食い物でも探してたんじゃないっすかね? ごみ箱漁って、残飯食ってたって話しっすよ、コイツ」
「泥水でも飲んでんだんじゃね?」
くははは、と男たちが腹を抱えている。
目尻には涙まで浮かんでいるのだが、何がそんなに可笑しいんだ?
俺が飯を探していたことか、それとも残飯を笑ってるのか?
--どちらにしても、許し難い。
「飯を笑うヤツは、死ぬぞ?」
飯のことすら考えられなくなるくらいの空腹を感じてみろ。
腹が減った感覚すらなくなるほどの空腹を感じてみろ。
「飯を笑うヤツは、飯が食えなくなる呪いを浴びて、空腹で死ねばいい」
食い物を馬鹿にするヤツは、万死に値する。許すつもりはない。
そんな思いも込めて、俺は大きく踏み込んだ。
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