第45話 幕間
昭和三十年七月二十日。髪継祭が終わった後の顛末について記そうと思う。
あの後、初めて消えずに残った人柱の巫女と、正気も失わずに生き残った付き添いの存在に、町は大きな騒動になった。
この町の歴史が始まって以来、あるいはこの町でこの祭りが開かれて以来、この髪継祭にて生き残った巫女がいることも、その巫女と共に帰還した人間がいることも初めてのことだったからだ。
然し或いは、彼らの存在もまた、歴史の一頁に書かれているこれまでの狂人どもと何一つ変わらない存在である。
何故なら、彼らの口から語られる出来事は到底現実に起こったものとは思えず、さりとて彼らの口調はこれまでの誰よりも理性的で論理的だったからだ。
筋は通っているが、俄かには信じがたい出来事を語る彼らに、多くの人々はこれまでと変わらぬ狂人の戯言を聞くような顔をしていた。
ただ今回、多くの人々を困惑させたのは、彼らが物的証拠を持っていたことだろう。
巫女の付き添いとなった少年が手にした薙刀は、年代物の確かな業物であり、同時にこれまで誰もが目にしたことの無かった物品であった。
念のために警察を動員して、どこかの家からこの薙刀が盗み出されたものではないかとも捜査されたが、結果は空振りに終わった。
誰も所以を知らず、さりとて確かに存在する物的証拠に対して、彼らの語る現実離れした出来事は、到底余人の理解の及ぶものではなく、余人はどのような理屈をつけたものかと頭を抱えているばかりの有様だった。
大騒ぎする町の人々を見る限り、いずれは彼らの体験した出来事は、彼らの見た夢ということになるだろう。
そして、夢が終われば残るのは現実だ。
今後も同様の祭りをこの町は続けていくのか、それともそうではないのか。
続けるにしろ、そうでないにしろ、これまで『人柱の巫女』を差し出していた歌崎の家は最早事実上の廃絶の憂き目にあっている。
十年後も『お彼岸参り』が続くかは知らないが、大きな変更は余儀なくされるだろう。
もしかすると、今後廃止されるかもしれない。
いずれにしろ、この年を以って従来の『お彼岸参り』に終止符が打たれることになったのは確かである。
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