第40話


 その言葉と共に、不意にじゅっ、と湿った音がして篝火の一つが消えた。

その音に続くように、むしの祠の周囲に霧が湧き、新月の夜の闇を塗り潰す様に、辺りに白一面の空間が広がり始めた。

 霧が祠の周囲に湧きあがるとともに、残りの篝火も一つ、また一つと、湿った音と共に消えていき、残る灯りは石灯籠に照らされた四つの明かりだけになった。

心もとない灯りだけを残して、すっかりと祠の周囲には白い霧が立ち込め、新月とは違う闇が俺達を取り囲んだ。

そんな中、俺は未だに地面に座り込む操生の前に立ち、アゲハ丸を抜いた。

「操生、いるか?」

「ああ、勿論」

 咄嗟に背後にかけた声に返事があるだけで俺は安堵した。

すると、

 突然、キェー。という猿の声とも、女の悲鳴ともつかない声が聞こえて、霧の中から、俺の頭二つ分はデカい人影が俺の前に現れた。

「「……ミコ……ヒトリ、オイテけ ケ……」」

 一人分のような、二人分のような声を出して俺の甘えに現れたのは、仮面をつけた一人の鎧武者だった。

 恐らくは平安時代のものだろう大鎧と兜に身を包み、顔に着けた仮面はお多福のような形をしている。

そして手には大きな薙刀を持っている姿は、どこぞの絵巻物で見たような気がする。

「「……ミコ……ヒトリ、オイテけ ケ……」」

 もう一度そう呟かれたその声に、俺は刀を握る力を込めながら、断りを入れる。

「悪いが今年から巫女は差し出せねえ。大人しく、このまま帰ってくれないか?」

「「……ウ、ソ……。ミコ、ソコ、イル……」」

 鎧武者はそう言うや否や、手にした薙刀を大きく振りかぶり、俺の頭上に向けて力強く叩きつけた。

 幸いにも、咄嗟に頭上に掲げた刀のおかげでその一撃を防ぐことはできたものの、その一撃は思わず左手で刀身を握り締めて防いでしまうほど重い一撃で、手の肉に食い込む刃の感触が、痛さと言うよりも熱さすら感じさせる。

 痛みの余りに目に滲んだ涙の所為で視界が遮られると、一瞬、鎧武者は俺から距離を取って、再び薙刀を大きく構えた。

 涙と霧の所為でその光景がよく見えない俺は、咄嗟に背後にいる操生の白無垢を左手で握って立たせた。

「……操生、あれは俺が何とかするから、とりあえずお前はここから

「無理だ……。慣れない着付けの所為で、動きづらいし、霧の所為でどこに逃げればいいのか分からない。大体、お前を置いてココから逃げられる訳無いだろ!」

 操生の返事に、俺は言い返す言葉が見当たらず、黙った。

 すると、操生から「来るぞ!」と言う鋭い声と共に俺は突き飛ばされた。

 俺が操生に突き飛ばされた瞬間、今まで俺がいた所に薙刀の刃が叩き落とされ、ガゴンと重い音が周囲に響く。

 濃霧のせいで、ほんの僅かに離れただけの操生の姿が消え、咄嗟に俺は叫んだ。

「操生?!大丈夫か?!」

「だ、大丈夫!?僕は大丈夫だ!さ勝弘は?!」

 その声と共に、ほんの僅かに吹いた風が霧を少しだけ散らし、操生に鎧武者が近づいている姿が見えた。

 背後を完全に晒しているのは、余裕なのか。

 俺は雄叫びを上げながらその鎧武者の背後に斬りかかったが、俺が斬りかかると同時に、鎧武者は俺の方を振り返る事もなく、薙刀の柄の先端で無造作に鳩尾を突いた。

半ば不意打ちに近いこの一撃は綺麗に決まり、俺は吐き気と共にその場に頽れた。

ゆっくりと操生に近づいていくその姿に、何か出来ないかと思った俺は、不意に地面を這いつくばりながら、咄嗟に鎧武者の足元に向けて刀を切りつけた。

 そうして、僅かに、しかし確かに鎧武者のくるぶしに俺の刀は当たり、同時に、鎧武者は恐ろしい悲鳴を上げてその場を飛び退った。

 操生から飛び跳ねて距離を取った鎧武者は、俺の刀が掠ったことが余程効いたのか、足を抑えて苦しみ続けると、操生ではなく俺を睨んで立ち上がった。

「「……コゾウゥゥ……。コロス……」」

 薙刀を握り直して俺への殺意を露わにした鎧武者は、風を切るというより空気を炸裂させる様な力を込めて薙刀を振り回した。

 ヤバい。それだけは分かるが、それ以上はどうしていいか分からない状況に、俺は一瞬だけ気休めに南無阿弥陀仏と呟くと、鎧武者の懐に飛び込む様に入り込み、その顔面に向けて刀を突き刺した。

 俺の刀は見事にかわされたが、同時に俺の剣の鋒は、お多福の仮面を掠めた。

その瞬間、鎧武者は何故だか、悲鳴を上げてその場を飛び退り、顔を抑えてのたうち回った。

鎧武者の面が砕けて、鎧が解け落ちる様に、元の形も分からない位にバラバラになって地面に散らばった。

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