第39話


するとその時、遠くから祭り囃子の音ともに、不思議な呪文の様な声が聞こえて来た。


さてはいみじくもかしこみかしこみ申す。

斗千神様のおとおりじゃ。千代神様のおとおりじゃ。


 その、意味が通る様な通らないような不可思議な歌に、俺の背筋が少しだけ震える。

 とうとう来た。人柱の巫女を捧げる祝詞だ。俺には呪いの歌の様に聞こえるそれを聞きながら、俺はアゲハ丸を片手に俺は『人柱の巫女』を待ち構えた。

すると、『人柱の巫女』を運ぶ先頭の一人が俺に気付いたのだろう。一瞬、祠に辿りつく前に祝詞を唱える声が止んだが、暫くしてまた祝詞を唱えながら祠の前にやって来て、最後に俺と操生を遺して、他の面子は切り上げた。

暫く、俺は何も言わずに輿の前に突っ立っていたが、操生が何も言わないような空気だったので、輿の横に座り込んだ。

暫くの間あ俺たちはお互いに黙り込んでいたが、やがて操生はみ輿から出て来て、俺の前にその姿を現した。

花嫁姿の操生は、生きた人間とは思えないほどに美しかった。

思わず息を呑んで操生には少しだけ困った様な笑顔を浮かべて、アゲハ丸をガチャつかせる俺の隣に座り込んだ。

「……勝弘、怒っている?」

 ややカスれた声でかけられたその質問に、すぐさま俺は憤然として答えた。

「当たり前だろ。何勝手に巫女になってやがんだよ。俺が何とかする方法を探してんのに、お前が先に犠牲になった意味ねぇだろ」

 俺の文句に、操生は申し訳なさそうにか細い声で答えた。

「ごめん。でも、僕自身、やれるだけのことはしなくちゃって、思ったんだ。勝弘みたいに何かを変えようとするなら、僕自身が動かなきゃいけないって、思って」」

「……それが巫女になることかよ。あんなに、女が嫌だのなんだのと抜かしてたくせに」

 俺がそう言うと、操生も流石にイラついたのか、しょうがないだろ。と、声を荒らげた。

「勝弘が動きやすくなる為には、僕が人柱の巫女になる方がいいと思ったんだ。それに、おじさんとおばさんにも迷惑ばかりかけて来たから、最後にちょっとでも楽にしていて欲しかったんだ。でも、二人にとっても逆効果みたいだった」

 申し訳なさと、悔しさの入り混じった操生の声に、俺は「そうか」とだけ呟くと、それきり俺たちの間に会話は無くなり、ただ風の音だけが過ぎ去った。

 すると不意に、操生が思い出したように口を開いた。

「なあ、勝弘。お月見したいな、来月」

 唐突な質問に、一瞬何を言われているのか分からず、俺は思わず間抜けな声を上げた。

「急に何言ってんだ、お前?」

「いや。髪継祭が終わったらさ、お礼がしたいなって、みんなに」

「みんな?お袋と親父とか?」

「それだけじゃないよ。世話になった人、みんなさ。高岸の奴や、その親父さんとおふくろさん。それに、寺で僕たちを助けてくれた人みんなさ」

 空元気を出す様に明るい声でそう言う操生に、俺は一瞬だけ考え込むと、殊更に明るい声で応えた。

「そんだけ誘っても、急に予定空けてくれるかよ。金もかかりそうだしな。それより、ちゃんと言うべき礼の言葉を考えとけよ。本当に色々と世話になったんだからよ」

 俺の言葉に、操生は「わかっている」と。頷きながら言った。

 

 するとその時だった。


「その世話になった人に、私が入っていないのは中々悲しいじゃないか」


 むしの祠に、突如としてあの男の声が聞こえ、コツン。コツン。と靴音が鳴り響かせながら、あの男が現れた。

 一瞬、流れる雲がこの世には無い月を覆い隠した時、重く蟠る影の中から、煙草の先に火を点けて、あの男が俺たちの元に進み出た。

 咄嗟に、俺は刀の柄に手をかけながら立ち上がると、身構えながらあの男に怒鳴り声を上げた。

「テメェ。いつからいやがった……」

「いつも何も、始めからいたよ。と言っても、私が来たのは、輿入れと一緒に来たのに、気づかなかったのかね?」

 そう言うと、あの男は煙草をふかして、「それよりも、だ」と、夜空を仰ぎながら、暗闇との中でも分かるほどに喜色に塗れた声を上げた。


「そろそろだぞ。此岸の月も中天に登る頃あいだ」

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