第38話
人柱の儀式に参加するために神社の本堂に訪れると、そこでは俺の親父とおふくろをはじめとして、貝女木神社と六花寺の関係者が集まり、人柱の儀式の最後を飾る為にあわただしく準備に奔走していた。
そう。最後。
この人柱の儀式が終わると、それをもって歌崎の血筋は途絶え、同時に次回以降の髪継祭を執り行うことはできなくなる。
だからこれは、この町に古くから伝わる因習と決着をつける最後の機会でもある。
俺はアゲハ丸を手にする高岸の親父に近づくと、俺は頭を下げてその刀を貸してくれるように頼みこむと、高岸の親父はしばらく無言でいたが、ややあって重々しく口を開いた。
「……先日、君が私の寺に訪れたことも、それで何をやろうとしているのかも聞いた。……君は本当に、この町の因習に蹴りを着けられると思っているのかね?」
半ばあきらめたような表情で問いかける高岸の親父に、俺はただ、今まで思っていたことを口にした。
「宇賀神の家は、歌崎の家を護るために、歌崎の家の面倒を見る為に、作られた家だ。でも、結局のところ、それは本当の意味で歌崎の家を守っていたわけじゃない。逆だ。表面の体裁だけ取り繕って、歌崎の家に面倒ごとの全てを押し付けていただけだ」
俺はそこまで言うと、深く大きく深呼吸をして、高岸の親父にもう一度深く頭を下げた。
「俺は、俺達は本当の意味で役目を果たさなきゃならないんだ。これが最後だからこそ、ココで本当に全てにけりをつけなきゃいけないんだ。だから、だから俺に力を貸して下さい」
高岸の父親は俺の言葉を静かに聞き届けると、深いため息を一つ吐いて、静かにアゲハ丸を俺に手渡した。
「……どうせ最後だ。好きにして見なさい。何が起ころうと、君の父さんとともに責任は取ろう」
すると、そんな俺と高岸の親父の話が終わった途端、俺の親父が顔を出して、「話は済んだか?」と軽く聞いてきた。
俺がそんな親父に向かって頷くと、親父は静かに苦笑した。
「とりあえず、そろそろ人柱の巫女を祠に送る時間だ。そうだな、勝弘。お前は先に『ももたりの祠』の方に行っとけ。後は全部、俺らで何とかするから」
親父にそう言われて、俺はアゲハ丸を片手に『ももたりの祠』へと向かった。
操生たちが来るよりも一足先に辿り着いた『ももたりの祠』は、奇妙な静寂が広がっていた。
髪継祭の段取りによると、『ももたりの祠』には、祠の周りには四つの石燈籠が設置され、祭りの日だけその燈籠の中に火が灯される。
そうして、更に祠と燈籠を囲むように、十二の篝火が焚かれる。いくつもの灯りに照らされてる様子は、新月の中でここだけが浮かび上がっているようだ。
そんな祠の元に、輿を担いで人柱の巫女を運ばれてくる。
人柱の巫女が運ばれてくる祠は、精々俺の膝くらいまでしかない、小さなものだ。
何だか、この祠に来るまでに、随分と時間をかけた気がする。この一夏か、或いは千年か。
何となくそうして祠を見下ろしていると、不意に、上空に何か大きな影が過ぎったような気がした。
夜空を見上げると、巨大な鯉が俺を遠い空の上からじっと見下ろしている姿が見えた。
一瞬、その異様な光景に身じろぎしたが、よく見るとその鯉の視線はじっと俺の手にしている椀に注がれているのに気づいた。
その鯉の視線に、あの男のにやにやとした笑みが脳裏に思い浮かぶが、それが逆に俺の覚悟を決めた。
俺は椀の中に入っている薬を半分だけ飲みこむと、アゲハ丸を抜いて残った薬の半分をその刀身に振りかけた。
そうして、薬でテラテラとした光沢を帯びた刀身を上空に見える鯉に向けて突き付けると、その鯉は途端に一目散にその場を逃げ出した。
同時に、俺の目には、今まで見えていなかった、見えるはずのないものが見えて、周囲を取り囲んでいるのが分かった。
地面から生えるのっぺりとした埴輪のような影。
猫とも犬ともサルともつかない、様々な特徴を持った中型の動物たち。
燐光を纏って飛び交う蛾とも蝶ともつかない蟲。
そして、周囲を取り囲む半透明な人の群れ。
本来ならば、怖がるべき状況なのだろうが、今の俺にはこいつらに構う状況じゃない。
「失せろ。二度と来るな」
手にしたアゲハ丸を右手で強く握り締めながら言うと、途端にそいつらはすぐに消えた。
余程にこの刀が怖いのか。それとも、あの男の渡した薬の効果か。
いずれにしろ、後に残ったのは、あるはずのない新月の月だけだ。
俺は深く深く息を吐くと、アゲハ丸を鞘に納めた。
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