第34話
翌日、俺は六花寺を訪れると、親父の名前を出して半ば無理やりに寺宝を見せてもらうことになった。
境内からはこの寺の本尊である観音様が見えたので、俺は何となく小銭を賽銭箱に投げ入れて、手を合わせた。
何を祈っているのか自分でも分からなかったが、とりあえずただ静かに両手を合わせて、じっとその場に佇んでいた。
すると、そんな俺の背後から、不機嫌そうな声が懸けられ、俺は思わず振り返った。
「まさか、お前とこういう形で顔を合わせることになるとはな」
そこにいたのは、以前あの男に酷く殴られた不良の高岸だった。
あの男に殴られた箇所は未だに生々しいケガとして残っていた。
右手には添え木があてられ、未だに顔面には包帯が巻かれていた。眼の方も大分やられているらしく、右眼には眼帯巻かれている。
俺は高岸の姿を見るなり、その痛々しい姿に思わず眉根をしかめてしまった。
「……とりあえず、動けるみたいでほっとしたよ。正直、あの後死んだかと思ってたからよ」
俺の軽口に、高岸は若干イラついたように舌打ちをしたが、ただそれだけで痛そうに顔を左手で押さえた。
「笑えねえ冗談だな。病院で運が悪ければ死んでいたと言われているからな」
「そうか、悪い。俺がもう少し早く助けに入ればよかったな」
「いいよ、別に。……正直、お前があの時、あのおっさんを止めなかったら、俺殺されてたと思うからよ。助けてくれたのは割とマジで……感謝している」
そう言うと、高岸は首筋を掻きながら、その場を振り返った。
「話は親父から聞いている。お前は、ウチの寺の刀を見たいんだってな。お前の望み通りに見せてやる。ついてこい」
俺は高岸に従って、六花寺へと上がった。
案内されるまま蔵へと連れて来られると、右手が使えない高岸の代わりに、言われた通りの箱を取り出す。
いかにも古臭い、細長い木箱に、紫色の紐が巻かれたその箱は、開けると埃が経ち、思わずせき込んでしまった。
箱の中には、一振りの刀が据え置かれていた。
鍔はアゲハ蝶の形に作りこまれ、白い漆の塗られた鞘。一目で年代物だと分かるが、どうやら手入れ自体はされているらしく、目立たないが所々に修繕の後が見える。
「これがこの六花寺の寺宝、アゲハ丸だ。別名を鳳凰丸。嘘か本当かはわからないが、この寺ができたときに、この寺の建立者である越智村光栄が奉納したとか言われている」
高岸からの説明もそこそこに、俺は箱の中に納まっている刀の鞘に手を這わすと、高岸の顔を見据えて聞いた。
「なあ、この刀、抜いてみてもいいか?」
だが、高岸は心底嫌そうな顔をして「ダメに決まっているだろ」と、にべもなく答えた。
「お前な、これ一応真剣だぞ?下手したら、怪我だけじゃすまないからな」
「……怪我だらけのお前に言われたら、説得力が半端じゃないな」
「抜かせ。とにかく、勝手に触るなよ。別にお前が死んでもいいけど、親父に殴られるのは俺なんだからな」
「……なあ、このアゲハ丸って借りることはできないか?どうしても、必要なんだけど」
「ああ?何言っているんだよ。さっき言っただろうが、下手したら怪我じゃすまないってよ。まさか誰か殺す気じゃないだろうな?」
高岸の言葉に、何故か俺は否定の言葉が出てこなかった。
「おい、まさか本気か?本気で誰か殺すのか?」
沈黙する俺の様子に、高岸は思わず慌てたように訊いてくるが、俺はその質問に答えることができなかった。
「正直、わかんねえってのが本音だ。もしかしたら、必要かもしれねえってことを最近知ってよ。でも、これを何に使うのかさっぱりわからない。だから、せめて一日だけでも使えないかと思ってよ」
そんな俺の言葉に、言いたいことを察したのだろう。高岸は小さく、「……髪継祭か」と口にした。
俺はその言葉に応えることなく、只静かにアゲハ丸に視線を落とした。
すると、高岸は呆れたように鼻を鳴らした。
「だとしたら猶更、お前に貸すわけにはいかねえよ。っていうか、貸す必要はないな」
「どういう意味だ?」
「人柱の巫女を出す髪継祭には、その剣も引っ張り出されるんだよ。何の理由で引っ張り出されるのか今は忘れたけど、要は祭の当日には出すことだけは決まっている。だからその日に、親父に言えば貸してくれると思うぜ」
「……なんか適当だな。それ、本当だろうな?」
俺の疑問に、高岸は軽く肩をすくめるだけだった。
「さあな。ただ、髪継祭に絡んで物を借りるんだったら、当日しかねえと思う。それ以外でどうにかしたいんだったら、勝手にしろって話だ」
高岸の言葉に俺は何も言い返すことができず、俺は悔しまぎれに舌打ちすると、何を勘違いしたのか、高岸は神妙な顔つきになって言う。
「仮にも刀を借りる貸さないの話である以上、俺に出来るのはこのくらいでしかないな。後は俺の親父に頼み込めよ」
高岸のその言葉に、俺は深く、ゆっくりと息を吐くと、刀を詰めた箱から手を放した。
「……わかった。そう言う事なら、今は引き下がろう。とりあえずは、髪継祭の時に頼んでみる」
俺の言葉に、そうしろ。と、高岸はうなずいた。
その後、高岸に従って刀を片付けると、その日はそのまま家に帰った。
まだ明るい空を見上げながら、俺はふと、呟いた。
「……結局、鍵は髪継祭か」
あれだけ遠くにあった髪継祭が、いよいよ始まろうとしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます