第23話

操生と祭、そして目の前にいる男と今目の前に置かれている本。今まで全く関係がないと思っていたことが、急に目の前で一つに関連付けられ、つなげられていく。そのことが衝撃的で、何をどう言えばいいのかもわからない。

 そんな俺の心境を見透かしているのか、あの男は呆然とする俺に向かって

「陰陽師の中にはね、法師陰陽師と呼ばれる者もいたのだよ?時代に応じて地位や立場は違うが、それでも法師陰陽師と呼ばれるものはいた。賀茂光栄もその法師陰陽師の一人として、この町で神社と寺を建てたわけだ。髪継祭はどこぞの法師が開いた、と。たしか君はおそう言ってたろう?」

 そこまで言って再び珈琲カップを手にしたあの男は、そこでふと思い出したように手を止めて、紙ナプキンにさらに文字を書き足した。

「ああ、それともう一つ教えるとするなら、髪継祭で使われる『ももたりの祠』という奴のももたりもね、元々は百の足と書いて百(もも)足り(たり)と読んだようだ。つまり、百足(むかで)の字をもじった言葉だったようだよ?つまりは、桜と橘の話で言う所の変(お)若(ち)の蟲(むし)と呼ばれる生き物が、髪継祭にも登場するわけだ」

 書き足された紙ナプキンの文字を前にして、俺は足元が浮つき、目の前がくらむような気がした。

 今までにない情報の羅列に、頭の血が沸騰しそうな気がする反面、漠然とこれらの情報が操生を救うことのできる情報ではないかと言う希望も湧きあがり、頭の整理が追い付かなかった。

 俺は指先が震えるのを感じながら、そんな自分を落ち着かせるように、初めて珈琲を飲んだ。

 まずい珈琲に思わずむせ返ると、なんとなく気分が落ち着き、目の前の男と向き直った。

「……とりあえず、お前の言う事の全部は理解できたわけじゃねえけど、桜の血筋と髪継祭に関係があるのは分かった。ただ、今までの話で一番わからねえところがある」

「ほう。ここまでわかりやすく説明しているのに何が分からないんだね?」

「……何でだ?なんで俺にそんなことを教える?お前がオレを助けるような真似をすること、それが一番わからない」

 正直、俺には目の前の男の言っていることよりも、目の前の男の自身の方が何一つとして理解できなかった。

 最初は単に鬱陶しいだけの奴だと思っていた。次に、ヤバいと奴だと理解した。今ではもう、ただただ危険な男だという事しか理解できない。

 できれば今すぐにでも関わり合いを断ち切りたかったが、だからと言って今ここでコイツとの縁を断ち切るわけにはいかない。

 だからこそ、少しでも目の前の男を知らなければいけないと思った。

 だが、そんな俺の心境を見透かしているのか、あの男はただ嘲笑うように笑みを浮かべた。

「決まっているだろう、そんなこと。そちらの方が面白くなると思ったからさ。勝弘少年。君と操生との関係については私の知るところではないが、それでも君が彼女に執着していることは知っている。そして、歌崎の家とこの町のしきたりから操生を解放したいと思っていることもね」

 あの男はわざとらしくそう言葉を切ると、胸ポケットから取り出した十円玉の上に、珈琲を飲みほしたカップを被せた。

「だがね、はっきり言って君の奮闘は無駄に終わる。歌崎の血のしきたりに従って操生は神隠しの洞窟に供され、そして十中八九、二度とその姿を見せることはあるまい。ああ、なんと可哀そうな悲恋譚。これで話は終わりだ」

 そう言いながらあの男がコーヒーカップを取ると、カップの下に確かに隠したはずの十円玉が消えていた。そして、俺に十円玉が確かに消えたことを示すかのように、カップの中身を見せつけた。

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