第13話


操生が髪継祭の巫女として正式に認められたのは、アイツが十三歳になった時だった。


 操生が十三歳になった日。

 操生の誕生日を祝う祭が開かれた。

 別に操生に限った話ではない。髪継祭の巫女は、巫女として正式に認められるために、十三歳になると貝女木神社で御神木の桜から採れたサクランボを食べる儀式が執り行われる。

 巫女装束に着替えて飾り立てられた操生の姿は、いつも以上に美しく、とても現実に存在している人間には思えなかった。

 巫女装束の操生の前に三方の上に乗せられたサクランボが恭しく差し出される様は、まるで操生が本物の女神になったような錯覚を俺の脳裏に与え、思わず俺はその日、神社から家に逃げ帰った。

 その日の夜、操生は家に帰るなり儀式の疲れからそのまますぐに眠ってしまった。

 その時の寝顔はいつもの操生のそれで、それを見て俺は、このままでいてほしいと思った。

 操生には巫女になんかならず、いつもの操生でいてほしい。

 そう思い、俺は親父に相談した。

 だが、そんな俺に対して、おやじは後ろめたそうな、あるいは物悲しそうな面をして、そっと俺に髪継祭と巫女の役割を教えた。

 歌崎の家の巫女。その役割。

 それは、この町の人間の為に生贄になることだった。

 歌崎の家が巫女を出さない時、この町には神隠しが起る。

 それも、ただ単に人が消えるだけじゃない。

 最初は一日に付き一人。一月経てば二人。そこから半月経つと四人。更に七日経つと八人。こういう感じに倍々で増えていく。

 その増えていく神隠しを抑えることができるのが、歌崎の家の巫女だった。

 巫女を髪継祭で差し出すと、何故か神隠しは起こらずに済むという。

 明治の頃、この非科学的な迷信めいた儀式を止めようとした人がいた。

 その人の指揮の元、当時、京都大学を中心として日本でも一、二を争う最新鋭の科学技術と科学知識を持った専門家の集団を集めて調査隊が結成された。

 一年に一度必ず消える巫女の謎を解き明かすという事で、物理学者だけでなく手品の専門家や単なる詐欺の可能性も考えて元詐欺師までを含めた総勢三十二名からなる調査隊。

 その調査隊の調査結果は、一人を残して全員死亡という形で終わった。

 調査隊の唯一の生き残りは、精神錯乱状態となったとても正常な人間とは思えない状態となっており、うわごとのように蟲が来る。蟲が来る。と、呟きながら、やがて精神病院で発狂死した。

 それ以降、この町の住人は『髪継祭』の中止を口に出すことはなくなった。

 元々、恐ろしいことが起るのは分かっていた。

 ただ、それがより鮮明な形として残されたことで、この町の住人はより『髪継祭』に対して従来よりも過敏になったという。


 『髪継祭』を続けねばならない。

 『髪継祭』の真実を暴いてはならない。

 『人柱の巫女』を、捧げ続けねばならない。

 それが、この町に歌崎の家の人間を縛り続ける呪いの鎖だった。

 

 そして、操生が巫女として就任して以降、操生の心は均衡を崩すようになっていた。


 不意に、歩くキノコを見つけたと言っっては何ない場所を延々と踏み続けた。

 時には、巨大なムカデを見かけたと言っては暴れまわるった。

 そんな操生を周囲は腫れものに触れるように扱うようになり、巫女と言う立場もあって、目に見えて孤立するようになった。

 そうして周囲から孤立した操生は、ますます情緒不安定になって、ふとしたことで身近にいた人間に暴力を振るうようになり、そこから更に操生は孤立するようになった。

 絵にかいたような悪循環の中で、操生はますます美しくなっていった。

 それは単に操生が成長していただけの話なのかもしれないが、俺には、まるで生贄にされる巫女が生贄にふさわしくなるように整えられているような、そんな、一種の下準備がされているような感覚がして、異様な恐怖が胸を締め付けた。

 それからだ。俺が操生に殴られるようになったのは。

 操生が誰かを殴り続けることで情緒を取り戻すなら、俺が殴られればいい。

 操生が誰かを殴ることで少しでも孤立せずに済むのなら、俺が殴られればいい。

 そんな思いで、俺は操生に殴られた。

 殴られた日の夜には、操生は決まって俺の傷の手当てをした。

 ただ黙って、俺の傷の手当てをした。

 あいつが何を思っていたのかは知らない。もしかしたら、家族の誰かに傷の手当てをするように言われて、嫌々やっているのかもしれない。

 操生にとってはあるいは、こう言う風に俺が黙って殴られていることすらも、心底から辛いことだったのかもしれない。

 抵抗もなく操生に殴られている様は、女に手を出せない男そのものでもあるようで、無抵抗の俺を殴る度に操生は泣きながらやり返すように叫んでいた。

 それでも俺には、操生を殴り返すことはできなかった。

 操生の身体が女だからじゃない。

 操生が苦しんでいたから。苦しんでいる操生に手を出すことができなかったから、殴り返せなかった。

 操生が内定姿を見るたびに、俺には何もできないのだと思い知らされた。

 それでも俺は、操生の力になりたかった。

 操生に何かしてやりたかったし、操生には笑っていて欲しかった。

 これが友情なのか、恋なのか、あるいはもっと別のものなのかはわからない。

 ただ、ガキの頃から一緒にいた操生が悲しむのが、それを見ていることしかできないのが、辛かった。

 俺はただの単なる、無力なクソガキだった。

 それを日々、実感している。そう言う夢だった。

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