第11話

「構いませんよ。この年の頃の子供にはよくあることです。思い詰めて突飛な行動を取ってしまうのはね。私自身は、操生の一件に関して、何かしら口にする気はありません。貴方方が思ったように使うとよろしいでしょう」

 その言葉に、頭に血が上り、怒りで叫びだしそうになったが、俺はそれをギリギリで押しとどめると、這いつくばって床に頭を叩きつけた。

 頭では分かっていた。どだい無理な話であることは。それでも、それでも、ごくわずかに示された希望があるんだったら、そこに縋り付きたくもなる。

 それがあっさりと断ち切られてしまって、俺はこの感情をどこにぶつけていいかわからずに、その場に這いつくばることしかできなかった。

 そんな俺を尻目に、おやじとあの男との話は続いた。

「ご理解いただけて何よりです。しかし、良いんですか?その、操生は先ほども言った通り、『人柱の巫女』でして、その……『人柱の巫女』は」

 言い淀むおやじを目の前にして、あの男は平然と答えた。

「知っていますか?案外見落としてしまうんですが、魚の主食は魚なのですよ?どんな魚でも、多かれ少なかれ魚の肉を食うことで生きているのです。我々からすれば同じ魚どうしで食い会うなど、共食いの極みですが、彼らからすれば種族の違う魚など、単なるエサにすぎないのです。それと同じですよ。歌崎の血筋がどうこうと言われても、私にはつい数日前に初めて知ったばかりの親戚ですからね。どうなろうが知ったことではありません」

「あ……。そう、ですか。しかし、それはその、いくら何でも」

「おや、魚の例えが理解できませんでしたか?でしたら、豚や鶏のような、家畜や家禽のようなものと言えばよろしいでしょう。われわれ人間は、豚や鶏などは殺すために飼っているではありませんか。その『人柱の巫女』とやらも、こう言うと時に殺す為に今まで育てていたのではありませんか?」

 その言葉を聞いた次の瞬間には、俺はあの男に向かって殴りかかっていた。

 頭の中が真っ白になって、目の前の面に一発ぶち込んでやることしか考えられなかった。

 だが、そんな俺をおやじやおふくろは必死になって押さえつけ、俺は暴れながら、あの男に向けて噛みついた。

「てめえ!アイツを!操生のことを一体何だと思ってやがるんだ!」

 するとあの男は、煙草を咥えて一拍置くと、煙を深く吐き出した。

「別に何も。敢えて言えば、さっき言ったように家畜か家禽の類かな」

 その言葉を聞いた瞬間、頭の中の血管がブチ切れたような気がした。

 自分でも後から振り返って不思議に思うほどの力で俺を押さえつけている家族を振り切って、あの男に殴りかかっていた。

 だが次の瞬間には、俺は顔面に衝撃を食らって壁に叩きつけられていた。

「全く。近頃の子供と言うのは本当にこらえ性が無くて恐ろしいな。自分にとって少々都合の悪いことが起った程度でここまで狂暴になるとは」

 そう聞こえた途端、あの男の容赦のない蹴りが俺の腹に入り、思わずげろを吐きそうになったのを堪えて、床の上をのたうち回った。

 さすがにここまでの暴力を振るう相手だとは思っても居なかったのだろう。慌てた様子でおやじがあの男に食って掛かる声が聞こえた。

「こんなことが許されると思っているのか!?いくら何でも度が過ぎている!」

 だがそんな親父の言葉を、あの男は鼻で笑った。

「許されるに決まっているでしょう。それは何より、貴方がご存じのはずだ」

 その一言に、おやじが何も言えずに黙り込んだのが分かった。

「今しがた聞いたばかりで全貌を把握しているわけではないが、この町にとってその髪継祭とやらはとてつもなく重要な祭りなのでしょう?少なくとも、祭りを行えば人ひとり消え去るのに続ける程度には」

 せせら笑いながらそう言うあの男の言葉に、その場にいた全員が。それこそ、俺を含めた全員が黙り込んだ。

 そうだ。あの男の言うとおりだ。髪継祭は、とある理由から欠かすことのできない祭りだ。

 そんな俺たちの持つ弱みをこのわずかな時間で嗅ぎつけたのだろう。あの男は、にやにやと笑いながら畳みかけるように言った。

「そして、そんな祭の存続を握っているのは、歌崎の家のすえである私と操生の二人だけで、その内年長の人間は私だ。つまりは、私の一存が祭の存続を優先する最大の懸案事項という訳だ。であれば、私の機嫌を損ねることが一体どれだけの不利益をこの町に、ひいては町民に与えるのか理解しているはずだ。少なくとも、この家の御仁はな」

 そう語るあの男におやじは何も言えずに拳を震わせていたが、結局は何も言えずにいた。

 そんなおやじを見て、あの男はただにやにやと笑いながらその場を離れだけだった。

 客間から出て行こうとした瞬間、俺は壁によりかかったまま、俺の傍を通りがったあの男に言う。

「俺は、お前みたいなやつが一番嫌いだ」

 その言葉を聞いて、あの男は薄ら笑いを浮かべると、次の瞬間、俺の顔面を思いきり蹴り飛ばした。

 そうして、俺はそのまま意識を失ってしまった。


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