宇賀神勝弘、曰く。

第9話



 昭和三十年七月十一日。

 俺が操生を探していたという男に出会ってから三日が経った。

 自称、歌崎の家の人間であることを伝えたあの男の出現に、我が家はおろか、町の住人は上を下への大騒ぎとなった。

 歌崎の家は、この町に伝わる『髪継祭かみつぎさい』の主役ともいうべき家系であり、氏子とも檀家ともつかないが、我が町においては神の如くに崇められる家だ。

 だから、十年前の大戦によって操生を除いて歌崎家の人間が死に絶えたと思われたときには、戦争に負けた時以上に町の住人は落胆し、恐怖していた。

 そんな中、歌崎の家の生き残りを名乗る人間が現れたのだから、町の住人にとっては浮かれ半分の大騒ぎになるのも当然だった。

 一先ず、あの男が歌崎の家の人間であるという話が本当かどうか確認できるまで、操生を預かっている我が家であの男を預かることになり、あの男は日がな一日、我が家の庭に建てられた離れの窓辺で煙草の煙をくゆらせていた。

 あの男の印象は、奇妙の一言に尽きた。

 どう奇妙かと言えば、やたら影が薄いのだ。

 本人曰く、二十八歳というのだが、直接顔を合わせてもその年齢が全然ぴんと来なかった。言われてれ見れば確かに、二十代半ばを越えたように見えたが、ほんの少し見る角度を変えるだけで、還暦を超えた爺のようにも、ともすれば中学生か高校生のようにも感じる。

 着ている服自体は上等な背広なのに、どことなくくたびれた様子も感じられて、新品の服を着ているようにも、古着を購入しているようにも見える。

 背丈は成人男性という事が分かる程度にはあるが、平均よりも高いような気もすれば低いような気もする。太ってはいないという事だけはわかるが、やせぎすなような気もすれば筋肉質の様な気もして、とらえどころがない。

 顔に至っては、普通。としか言いようがなかった。百人の画家にとりあえず人間の顔を描かせてみれば、おおよそこんな感じの顔になるんじゃないか?という顔で、特に特徴と言える部分はなかった。

 敢えて言えば、怪しく輝くような眼光だけが妙に印象的だった。

 自己紹介した男の名前は、漢字にすると苗字が二文字で名前が三文字。

 決してありふれた名前ではないが、かといって珍しすぎるという訳ではない。百人いたら二人か三人は居そうな名前だ。

 出で立ちも体つきも顔立ちも、そして名前すらもが奇妙なほどに印象が薄く、身に着けているものですらもが、何一つ記憶に残らなかった。

 あの鬱陶しく付きまとうような性格ですらもが、あの男の印象には何の影響も与えることが無く、もしも出会ったときに河原での暴行を眼にしなければ、俺自身その日のうちにあの男に絡まれたという事を忘れていたろう。

 あの河原でのやり取り。あれを思い出せば、正直我が家を我が物顔でうろつくあの男に対していい気持ちを持つことはできない。

 そうでありながらも、俺はあの男に対して、少しばかり希望の様なものを持っていた。

 それは、操生と『髪継祭』のことに関してのことだ。

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