第8話
私は思わず二人の間に割って入ると、私が歌崎の家を探していることを告げ、次いでその歌崎なにがしについての情報を聞き出そうとした。
すると、その時であった。
「おい、おっさん。こっちが最初に話してんのに、何勝手に話に入ってきてるんだよ。関係ねえんだからすっこんでろよ!」
どうやら、私が勝手に話を進め始めたのが痛く気に入らなかったようで、高岸なる少年は、苛立たしげな表情を浮かべて私と少年との間に割って入ってきた。
恰も小型犬の狆が泣きわめくように小うるさく私に付きまとい始めた高岸なる少年の態度を見て、私は財布を取り出すと、その中から何枚かの紙幣を取り出して、高岸なる少年の足元に投げつけた。
「あ?なんのつもりだテメエ?」
すると、高岸なる小年は別にバカにしたつもりもないのに、怒りの形相を浮かべながら私の行動に疑問を呈したので、私は高岸少年に落とした紙幣を指さしながら、拾え。と言った。
その金をやるから拾い給えよ。私は一応ここには仕事で来ている。そのほかにももろもろ忙しくなるやもしれぬ。子供の遊びに付き合ってやるだけの暇も気力もない。小遣いをくれてやるから今すぐさっさと消えてくれたまえよ。と、そう言った。
「馬鹿にするのもたいがいにしろよ?そんなに死にてえのかよてめえ!」
すると、高岸なる少年は、ズボンのポケットから如何にも鋭く切れ味の良さそうなナイフを取り出して私に突き付けた。そんな高岸なる少年の行動を見て、私は思わず苦笑した。
若者由来の血の気の多さと言うのは、見ている分には滑稽だが、いざ自分にそれが向けられると面倒くさいとしか思わない。折角小遣いを恵んでやっているのだから、大人しく尻尾を振って金を拾えばよいものを。全く、若者と馬鹿者の言葉の響きが似ていることは偶然ではあるまい。
致し方あるまい。世の中には地理や公民の授業では理解できない社会の勉強と言うのがある。それを多少教えてやらねばならないようだ。
幸いながら、私にはいささか暴力の心得がある。このような状況でも、ある程度ならば対応できる。
私はとりあえず目の前の不良少年の目に向かって煙草を投げ付けた。
やや私の狙いから外れたが、それでも顔に煙草を投げ付けられた高岸なる少年は、悲鳴を上げてその場を跳び退ったので、私は素早く彼との間合いを詰めると、その足を踏みつけて彼に更なる悲鳴を上げさせた。
瞬間、高岸なる少年は足を踏まれた痛みで顔を下げて隙を見せたので、私は、素早く彼の手からナイフを奪い取ると同時に、そのまま彼の顔面を私の膝に叩きつけた。
こうして私にナイフを奪われた高岸なる少年は鼻血を吹き出してその場にへたり込んだ。
さすがに、刃物を持った相手に対しては委縮するのか、今まで私に対して敵意を見せていた少年たちは恐れおののいたように後ずさってる様子が見えた。
そんな少年たちの様子に、私は思わず薄く嘲りの笑みを浮かべると、先ほど落とした紙幣の上にナイフを落として、高岸なる少年に再び拾うように告げた。
元より経費ではなく、私自身の金を私自身の意思で渡したものだ。今更拾い直す気にもなれん。ナイフも返してやるから、もろとも拾え。そう告げると、少しの間逡巡した高岸なる少年は、私の言う通りにナイフを拾おうとした手を伸ばした。
次の瞬間、私は高岸なる少年の右手を踏みつけて踏みにじると、そのまま彼の右手首に軽く重圧をかけてその骨を折る音を聞いた。
踏みつけただけで人の骨を折るのはちょっとしたコツが必要なのだが、まさかこういう形で戦時中に覚えた特技が使えるとは思えなかった。何事にも使い道と言うものはあるものだ。
そう思いながら私は高岸なる少年の手を踏みにじりながら這いつくばっている彼の姿を見下ろすと、高岸なる少年は憎しみと恐怖がやや入り混じった視線で私を見上げた。
「て、てめえ!どういうつもりだ!てめえの言うとおりにしているだろうがよ!」
私はこの期に及んでつまらないことを言いながら食ってかかる高岸なる少年を冷めた目で見下ろしながら、その顔面に革靴のつま先を叩き込んだ。
全く、ガキと言うのは、あきれ果てる。
自分のことが何一つとして見えていない。自分の方こそ先にナイフで脅しかけるという犯罪行為を行いながら、まるで被害者じみた口を叩けるとはな。この手の手合いには、出来得る限りの力を尽くして世の中の道理を教え込まねばなるまい。
そう言いながら私は、今度は高岸なる少年の腹に向けて蹴りを叩き込んだ。
私の蹴りはかなりの急所に入ったのだろう。蹴られたとたん、高岸なる少年はげろを吐きながらその場を転げまわったので、更にもう少し蹴りを入れることにする。
かつて、私が学校に通っていた時代では、血反吐を吐くまでは吐いたうちには入らないと言われたものだ。今こそ、その教えを実践するときだろう。
そう笑いながら高岸なる少年を抑え込むように彼の腹の上に馬乗りになり、彼の顔面に拳を連続して叩き込んだ。すると、高岸なる少年の顔は瞬く間に晴れ上がり、血の赤と青あざの青、そして紫色に腫れあがった顔面で顔を三色に彩り始めた。
こうしてみると、中々に滑稽な姿である。通常、人間の顔面に浮かぶべくもない三色の色合いが、人間の色彩感覚では思いもよらない形で上塗られていく様は、まるで万華鏡をくるくると廻すような愉しみがあった。
何よりも、つい先ほどまで凶器をひけらかして、恐ろしい暴言を吐き散らしていた不良少年が、まるで化粧を施した宮廷(ピ)道化(エロ)の様に顔の様相そのものを変えていき、口から上がる声が、威勢の良い怒声から、悲鳴交じりの命乞いへ変わり、果ては徐々に単なる呻き声に変わっていく様子は、他の何にも代えがたい快感と呼ぶべきものを感じずにはいられなかった。
こういう言動の変遷を目の前で見ることこそ、まさしく「教育」の悦びであろう。社会正義とは、かようにして行使されるべきものなのだ。
誠、正義の為に働くことほど気持ちの良いものはない。
そうして、私が高岸なる少年に対して、彼が今後社会性を獲得し得るための、人生に必要な「教育」を施していた、その時だった。
「やめろ!それ以上殴ったらそいつが死ぬぞ!!」
不意に、先ほどウーガと呼ばれた少年が、声を張り上げて私の拳を振り上げた腕を抑えた。
「あんたが知りてえのは歌崎……。歌崎操生と俺のことだろう!だったらこれ以上こいつは俺ともお前とも関係はねえはずだ!こいつを、高岸を離せよ!」
そう言う少年の言葉に、私は失笑してしまった。
私はあくまでも高岸なる少年の暴力行為に対して正当に自らの身を守る権利を執行したに過ぎない。あくまでも非は高岸なる少年の側にあり、一方的に責められるいわれはない。
そもそも、目の前の少年にしたって、相手に名乗らせておきながら自分は名前すらも教えることなく、一方的に命令だけするとは随分と礼を失した行為ではないか。
そう指摘すると、少年は唇をかみしめて私のことを睨みつけると、
「俺の名前は宇賀神。
そう名乗った。
こうして私は、
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます