第7話
しかし、少年の言うようにどうでもいいわけがない。なぜなら、理由のない暴力を理由のないままにしていてはつまらないからだ。
暴力を振るわれた人間と言うのは分かりやすい不幸の象徴であり、人間と言うのは不幸にも理由を求めるものだ。それが特に理由のない理不尽な不幸であったとしても、理不尽であるだけの理由が必要だ。
例えば、今日は晴天だった。だから殴られた。そう言う理由づけをした方が、より理不尽さは増すし、不幸にも説得力がある。
私が少年にそういうことを言うと、その答えがよほど不快だったのだろう。少年は思わず足を止めて私を睨みつけたので、私もその場に立ち尽くした。
「あんたさあ?他人の不幸がそんなに楽しいのかよ?」
そして、いらだたし気に訊き返す少年に、私は、当たり前だろう?楽しいに決まっている。と、そう即答した。
そもそも私は、私以外の人間は、全て不幸になって構わないと思っている。むしろ、なってくれとさえ思う。
なぜならば、そも、娯楽とはそう言うものであり、それこそが全人類の共通の意識であるからだ。
これは私による独自の分析ではあるが、今現在私たちが当座の目標としている『ゴジラ』と言う映画が世紀の大傑作となりえたのはこれが理由だ。
『ゴジラ』と言う映画は、誰も幸せにならない映画なのだ。
ゴジラと言う超常的な存在。天災と言うに相応しい圧倒的な超越存在の前には、全ての人は成す術もなく殺されていくばかりで、社会も自然も絶対的に破壊されるのみ。その上で、唯一ゴジラを打倒することのできる天才科学者である芹沢博士は、ゴジラ以上の破壊兵器を誕生させてしまった責任を取るために兵器の記録を抹消するべく自殺する。
無論、ゴジラ自身も芹沢博士の創造したもうた究極とも言える化学兵器オキシジェンデストロイヤーによって人間に駆除されてしまう。
人類の誰もが、ゴジラ自身ですらもが、結局のところ破壊と死の連鎖の中で死に絶えていく。そして問題の本質的な部分、すなわちゴジラを生み出した人類の科学技術は、何一つとして反省の色を見せず、ただ繁栄のために破滅をもたらす兵器を生み出し続けるのみ。
これほど人間の不幸の連鎖を克明に描いている作品は未だかつてあるまい。だからこそ、娯楽として完成しており、だからこそ傑作となっているのだ。
ミケランジェロの『最後の審判』然り、ジョン・ミルトンの『失楽園』然り、人類の破滅と絶望の描かれた絵画や文学のなんと多いことか。
であればこそ、巨大な絶望を描き切った『ゴジラ』は、まさしく映画芸術の極致というべき傑作なのだ。
と、こういうことをとうとうと語り掛けると、少年は呆れとか鬱陶しさとか、そういう物すらも超えて、慄然とした表情で口を開いていた。
恰も人外の価値観にでも出会ったような、あるいは恐るべき異形の生物にでも遭遇したかのような表情でしばらくの間固まっていた彼は、やがて大きくため息をついた。
「とりあえず、あんたがクソみたいな人間性をしていることはよくわかったよ。できれば俺の前から消え失せて、もう二度と目の前に現れないでくれ」
少年がそう言った時だった。
「よお、ウーガ。また、彼奴に殴られてたのか?相変わらず軟弱なこったな」
私と少年が話こんでいると、不意に私たちの間に入り込むように珍客が訪れた。
見た目に如何にもいかつそうな体格と目つきをした少年が私たちの前を立ちふさぐように前に立ち、にやにやしながら私と話していた少年に話しかけた。
その少年は如何にもガキ大将。いや、この場合は番長と言うべきなのだろうか。ともあれ、平均的な少年よりも上背があり、肩幅ががっしりとした筋肉の付いた風貌をしており、外見からして粗暴な身なりをしていた。
「……何の用だ、高岸」
すると、今まで話していた少年は、その粗暴そうな少年を見るなり猶更面倒くさいことになったと言わんばかりにしかめっ面をしており、どうやらこの少年たちは顔見知りの上に、決して友好的な関係性にはないことを把握した。
であるならば、敢えて関わり合いになることもあるまい。と、私は事の成り行きを見守ることに決めたのだが、次の瞬間、私としても、この子供同士のつまらないやり取りに首を突っ込まざるを得なくなった。
「別に。ただ、いつもみたいに歌崎に殴られているみたいだったからよ。ちょっとアイツにやられているんなら、俺の方からアイツに一声かけてやろうかと思ってよ」
そう言って私と会話をしていた少年に、番長らしき少年がそう言った。
歌崎。その名前をまさかこのよう形で聞くとは思わず、私は一瞬自分の耳を疑った。
全く持って意外なことから世の中は回るものだ。
縁は異なもの味なものとはよく言うが、よもや、このような状況でその名前を聞くことになるとは思わなんだ。
私の探しているその母方の親戚の一族こそ、歌崎、と言う名の家である。
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