第2話
全ての始まりは、昭和二十九年十一月三日にさかのぼる。
あの日、映画業界を驚天動地させる超大作映画『ゴジラ』が公開されたのだ。
監督を本多猪四郎氏、脚本を村田武雄氏、そして特殊技術を円谷英二氏が務めたあの世紀の特撮映画は、特撮の技術においても映画としての完成度の高さと言う点においても、まさしく日本映画史に永劫名を残すに違いないと思わせる大傑作であり、聞くところによると七千萬円もの巨額の製作費を投じながらも、その二倍以上もの収入を記録したという。
これに困惑したのは、何を隠そうとも同じ業界で働く映画人であった。
この年の日本映画は、当時好評を博していたラジオドラマの映画化企画であり、一年前から公開されている『君の名は』の三部作の最終作が公開されていた。そして、この年はこの映画の一強であろうと思われていたのだ。
何しろこの作品は当時、ラジオの放送時間には銭湯の女湯から女性が消えると言われるほどの人気作であり、それが実写映画となるという事でおよそ一年に渡って日本中の女性たちから支持された恋愛映画である。
ところが、そんな最中に公開された『ゴジラ』は、突如として投下された巨大な爆弾の様な衝撃を伴って瞬く間に『君の名は』と同等か、あるいはそれ以上の超大作映画として認知され、世紀の大傑作の称号とともに日本映画界を席巻した。
この傑作が日本映画に与えた衝撃は大きく、何しろ『ゴジラ』公開前までは映画館に足を運べば、『君の名は』のヒロインの真知子の名前しか聞かなかったのに、今や、男はゴジラ。女は真知子。と言った具合で、結果として、この年に封切られた他の映画はわずかな例外を除いて碌に人々の噂の口の端にも及ばず、散々な結果に終わる羽目になってしまった。
ゴジラの放映も終わり、業績を振り返って赤字となった映画制作会社は日本全国でどれだけの数になったであろうか。
かくいうこの私の勤める会社もその一例の一つであり、今年の給与も賞与も薄くなるなと言う予想に空を仰ぎ見たのが二月の頭あたりのことであった。
だが恐らく、このときにはすでに、わが社の社長の頭には今回の計画が出来上がっていたのであろう。
それから二か月ほどたち、新入社員の入社式を終え、最後にわが社の社長がありがたい言葉と言う名の長々とした時候の挨拶を垂れるだけとなった段階で、あの頭ぱっぱらぱーは我々社員にとんでもない命令を下した。
すなわち、ゴジラに勝てる特撮映画を作れ。である。
社長曰く、映画業界にとって特撮は時代の最先端事業。つまりは、世間の注目の的であり、いま最も大金を稼げる映画分野である。この好機に乗って超大作の特撮映画を作れば、わが社の今までの赤字も吹き飛び、大儲けできるであろう。
だからこそ、ゴジラに勝てる特撮映画を作れ。と、そう言うお達しであった。
なるほど。理屈の上ではそうであろう。しかし、そんなことを言われて実際に作るともなれば、これほど無茶な話はない。
そも、世紀の大傑作とは、一世紀百年の内に一本出るか出ないかであるからして、世紀の大傑作であるのだ。
それがまさか、そんな浅はかな思い付き程度のことで作れるのならば、誰にでも作れている。
それが古参社員のみならず、新入社員をも含めたわが社に努める社員の総意であったが、かといって雇われている身の上で社長相手にそんなことを言えるはずもなく、泣く泣く超大作の特撮映画の製作に入ったのであった。
それから三か月後。
社長肝いりの事業計画として結成された特撮映画の製作班は、誰も彼もが頭を抱えるばかりで、制作会議と言う名の何一つ話のまとまらない無駄話を続けるばかりであった。
そもそも、ゴジラと言う映画が傑作であったのは、高度な特撮技術を使用した映像表現もさることながらそれ以上に、作品の根底にあったのが科学技術の過剰なまでの発達に端を発した社会派ドラマであったことである。
ことに、ラストシーンで芹沢博士が決めた決死の覚悟は、哀れなまでに滑稽で、今思い出しても、破顔するほどの笑みを浮かべざるを得ないものがある。
人間が生み出した破壊兵器たる核兵器によって生み出されたゴジラを止める為には、結局それ以上の兵器を使ってしか止めることができないというのは、如何にも皮肉な警句であろう。
それはあたかも、人の理性を信じて平和憲法を行使した日本において、所詮はそんなものは幻想である。人類という悪魔の如き生物は、兵器の力でしか御しきることはできないのだ。と、モノクロ画の人の群れが、銀幕の喧騒を通して語り掛けているようであった。
それほどに深いテーゼを帯びた作品であるからこそ、無名の映画がこれほどまでに広く人々の口に膾炙することになったのだ。
つまりは、映画の話として面白いのだ。面白いから傑作なのだ。
そして、映画にするほど面白い話があるのならば、とっくの昔に作っている。ましてやそこに、特撮技術も盛り込まねばならないのだ。どうやって面白い話を作ればいいのか。
そうして、頭をひねっているうちに、私の頭をよぎったのが、幼き日に祖母のしわがれた声で聞かされたおとぎ話だった。
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