第35話 紫蘭

「着いたね」琴乃が駆け出し三人は後を追う。だがぐるっと一周しても琴乃の家は見つけられず武蔵が空き地で脚を止めた。

「主。魔術の痕跡があります」

 裕樹は暁に視線を向けた。

「わかってるよ。魔術の切断だろ」ナイフを片手にした。

[次元に穴を 空間には切断を マジック リセクション]

 空間に亀裂が入り柊と書かれた表札が目に入った。揃って亀裂をくぐると「待っていたよ」と笑みかける哲也の姿があった。

「賢者 柊 哲也」暁は淡々とそういう。

「僕が柊 哲也だ。自己紹介が必要な間柄でもないか」

「お父さん」と飛びつく琴乃の姿に瞳が潤む。裕樹も案内されるまま家に入っていった。

 居間には一輪の花が花瓶に刺さっている。裕樹は美羽のいない状態で、どう話を切り出していいのか悩む。琴乃が顔色を窺ってか口を開いた。

「お父さんに聞きたいことがあるの」膝に置かれた両手は力強く握られている。

「何でも聞くといい。辿り着いた、ご褒美だからね」

 優しい口調にさらに言葉が詰まる。武蔵が今にも動き出しそうだったので大きく息を吐き質問を探した。

「この花は」指差した花は青白く輝いていた。

「紫蘭ですね。花言葉は……」暁が指を回した。

「その姿を忘れない だ。どこから説明したらいいのか……」

 言葉を探す間を与えず裕樹が口を出す。

「その花がゾンビ騒動の発端ですね。俺の目にはその花が異質に見える」

 武蔵が反応して刀を手にした。

「話が終わってない」

「すみません」ひざ元に刀を置いた武蔵を確認して話を続ける。

「どうして不老不死を求めたんですか? 美羽ことならもう済んだ話じゃないですか」

「美羽のことならね。君に見せたいものがある」

 立ち上がった哲也に裕樹も腰を上げた。地下室に向かう階段は前回来た時のような異臭はなく明かりがともっていた。地下室ではベットが三つ用意されており女性二人と男性が横たわっている。

「見覚えはないかい?」その言葉に空いた口が塞がらない。なにせ大空 裕樹の両親と美羽の母だったのだから。

「交通事故のこと覚えてないかい? 君が記憶を失くす数日前の出来事だった」

「まさか父さんと母さんがここにいるなんて」

「どうやら思い出したようだね。美羽が亡くなったのは母の影響が大きい。真相を話そう。君の記憶は魔術的な障害ではない。詳しい話は本人にしかわからないことだが、美羽の飛び降り現場を目撃したんじゃないかい?」

「わからない」体が熱を帯び頭が回らない。

「そうだね。その話は関係ないか。私がもたらしたものは永久の命ではなく鬼であったのだから」

「はい。罪を償ってください」

「そうするとしよう」

 大空家の両親といえ裕樹の心は痛まなかった。逆にやるべきことを見つけたようで裕樹の心臓は跳ねている。

 みんなで夕食を食べ、久しぶりのまともな食事に涙した。その後、温かいシャワーを浴び各自は用意された部屋で睡眠に入った。裕樹を除いては……。

 深夜、扉が開く音に裕樹は布団からぬくっと起き上がった。ローブから拳銃を取り出し部屋を後にする。向かった先は地下の魔術工房だった。階段にまで響く ごめんの言葉に足を止めた。

「君らの息子は魔術の道を進んでいるようだ。安心してくれ」

 目頭が熱くなるもゆっくりと足音を忍ばせた。拳銃を片手に涙ぐむ哲也の背後に立つ。

「言い残すことはありますか」ハンマーの間にカードを差し込みトリガーに指を掛ける。

 哲也は振り返りほくそ笑んだ。

「器用なものだ。そんな魔術道具まで身に着けて……私はどうなるのかね」

「跡形も残さない。あなたは逃走したことになる予定だ」

「そうか。残念だ。君なら分かり合えると思ったのだが。それが君の正義かい?」

「ああ。今回のゾンビ騒動は話が大きすぎる。黙認できない」

「そうか。私がかざした正しさは間違えだったのか……」

 その問いに返事をすることなくトリガーを引いた。背中に放たれた魔術が哲也を炭素へ変えていく。哲也が最後に残した言葉は「後は任せた」だった。ベットに横たわる危篤状態の両親と美羽の母に同じく炭素化の魔術を施し地下室を後にする。目的である紫蘭を回収して布団に入った。

 朝方から家中が騒々しく裕樹はリビングに顔を出した。

「哲也殿の姿がないのです」と武蔵が悲しそうな顔でいう。

 一緒にいた暁は裕樹の顔を見るなり何か言いたげに肩に手を置く。

「顔を洗っとけよ」

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