第27話 報道

 日曜日のこと、揃ってテーブルを囲んでいると一つのニュースが流れた。

[本日お届けするホットなニュースは、ゾンビ現れる!です]

 裕樹と琴乃が箸を落とした。

[ゾンビ。昔からささやかれているホラー話の一種ですが、今回は都市伝説ではなく事実のようです]

 箸を拾った二人は顔を見合わせる。

[ゾンビ。いわゆる死体が歩き回る現象を指す言葉ですが、今まさに一つの町でゾンビの大量発生が目撃されております。中継]

 テレビが映し出した映像は市街地を徘徊する人達の姿だ。ズーム映像の男性は肌に血色がなく、白目をむいているのが印象的でイメージ通りというべきか両手を突き出していた。まさかに徘徊と呼ぶのにふさわしい行動。裕樹は琴乃を見てそっと胸を撫で下ろす気分になる。

[〇〇町で起こっている現象ですが現在は町全域を封鎖とのことです]

「私が住んでいた町……」美羽がそう言った。

 続くように琴乃も口を開く。

「そうだよね。お父さんが住んでいる街だよね」

 裕樹は再び箸を落とす。着地寸前の箸を武蔵が拾い手渡してきた。

「主。ゾンビとは何でしょう?」

 率直の質問に裕樹は唸り声を上げる。

「あれだな~人を食べる死骸だな。まぁ琴乃も状況的には同じカテゴリーの人種だけど」

「同じカテゴリー?」武蔵は首を傾げた。

「武蔵には説明が必要か~」

 裕樹は腕を組んで琴乃と視線を通わせる。

「武蔵はあれだよな。守護者と呼ばれる存在なんだろ?」

「はい。私達、守護者は人が生み出した豪が世の治安を狂わせる前に鎮圧するのが仕事です。だからあれは見過ごせない」

「なら見過ごしていい存在を紹介するよ。琴乃はお前たち守護者が悪と呼ぶに相応しい使徒と呼ぶ存在だ」

 その言葉に武蔵の瞳孔が開き右手に刀が現れた。裕樹は咄嗟に刃を握った。

「大丈夫だから」滴れる血など気にせず裕樹は再度注意を入れる。

「主なにを」

 刀が消え裕樹はそっと痛みが走る手を強く握った。

「彼女は俺が制御している限りただの人間だ」

「言ってることがいまいちわからないのですが」

「使徒はマナを欲っし人を襲う。だが逆にマナさえ補充してやれば人並みの理性は維持できるんだよ」

「琴乃殿にマナの補充をしてるんですか?主は」

「そうなるね。だがそれで互いの関係性を維持している」

「主の目ですね。主のそれは人のものじゃないですね?邪気を感じます」

「見えてるのか。話が早いな。俺は琴乃にマナを与えることで使徒としての毒素をもらっている。そのおかげでこの目……模写の魔眼と人間離れした身体能力が発現しているわけだ」

「なるほど。主の持つ莫大なマナを分け与えることで琴乃殿は使徒から人間に主は咎人から人間にお互いがお互いを律することができているんですね」

「俺が咎人だと気づいていたのか?」

「はい。交霊術でもなく使い魔召喚でもない。私に肉体を与えてるほどのマナを持つ人間が存在しているのであれば、それは咎人以外ありえませんから」

 頬杖を突いた琴乃がふむと相槌を打つ。

「宮本さんはなぜ魔術や咎人なんて言葉を知ってるの?よければ聞かせてほしい」

 美羽も琴乃もじーと視線を向けていた。

「私達、守護者は現世に出現した段階で現状を打開するべく現代の知識、作法の他、魔術を知識として植え付けられます」

「だから魔術にも詳しいんだな。剣士なのにとびっくりさせられたよ」

「剣士である有無は関係ありませんから。今回は受肉という形で召喚に応じたことになりますが、守護者は基本的には問題が解決を得た段階で現世をおさらばする予定です。なので知識は本来、解決策を模索するための要素なのです」

「なるほど」

 話もほどほどにテレビが騒がしくなる。

[どうやらゾンビが群がる住居が存在するようです。リポーター]

 映し出された家に美羽が口元に手を添えた。

「お父さんが暮らしてる家……」

 琴乃も首を縦に振った。

[こちら住宅街です]

 ヘリコプターからの映像はゾンビの群れを映し出されていた。だが家を境にゾンビは一歩も進もうとしていないようにも見える。

[あのお宅には生存者がいるようです]

「お父さんを助けに行かなきゃ」

そう言った美羽に琴乃は首を横に振った。

「あんな中、生き延びるのは難しい……」

 そうは言いながらも琴乃は片手にスマホを握り震えていた。

「かけてやれよ。生きていれば助けることも可能だろ?」

 その言葉に突き動かされた琴乃は番号を押し耳に当てた。プルプルとコール音が漏れ室内が静寂する。幾度かコールが続き「お父さん」と発した。スマホを耳から離しスピーカーモードへ切り替わる。

「いや~町が大変なことになっているね」

 呑気な声に美羽も裕樹も安堵する。

「ただ私はここからは出れないみたいだ」

「どうしてよ。お父さんならそこから脱出することもできるでしょ?」

「琴乃。騒がず聞いてくれ。家は人払いの結界で守られてはいるが何千という使徒に取り囲まれている状況なんだ。まぁ自業自得だからさ」

「どういうこと?」

 その問いには返答はなく通話が終えたことを知らせていた。

「お父さんを助けに行かなくちゃ」

 どたどたと身支度を始める琴乃に美羽はお茶を啜りほっと一息ついた。

「お父さん生きてるんだから誰かさんが助けてくれでしょ?」

 裕樹に視線が集まる。

「俺にどうしろと?」

 武蔵も同意するように「主の成すべきことのように思えますが」と控えめに口を挟んだ。

「今日、学校あるぞ」

「私が風邪でお休みって報告しとくよ」

 そんな話をしているとインタホンが部屋を響き渡った。「はい」と返事をした琴乃が一目散に玄関へ向かう。玄関には黒服の姿があった。便箋を手渡すなりかぶっていたハットを胸もとにかざし「ご武運を」と一言残した。

「裕樹宛のだよ~」と走ってきた琴乃に悪寒が走る。親展の文字に裕樹はそっと封を切った。中からは三つ折りにされた一枚の紙きれが出てきた。手紙を開くなり[指令]の文字。呼吸を整えそっと手紙を開いた。

[報道があった通り現地で使徒の目撃情報が拡散されている。直ちに急行。使徒の抹殺、並びに術者の断罪を平行して執り行うこと]

 手の震えに手紙が床に落ちる。

「やっぱりね。使徒ですもの。仏魔官の任務でしょ?」

 琴乃の強気な口調に長々と息を吐く。

「わかった。駅へ向かおう」

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