第26話 受肉


「おはようございます。主」

 ゆっくり瞼を上げるなり武蔵がパジャマ姿で立っていた。琴乃のサイズで合わなかったのか谷間がやたら強調されており目が釘付けになる。

「主。股下に刀を隠すとはさすがです」

 朝立ちしたそれを無関心な声で褒める。見つめられては起きようにも起きられない。だが琴乃がおたまを片手に視線を飛ばしていた。

「朝から発情ですか。そうですか」

「これは違うんだ。男の生理現象だって」

「ふ~ん。裕樹は大きいのが好きなのね」

 きりっとした視線が刺さる。

「そろそろ朝食にしようか」

 誤魔化すようにベットから降り部屋を後にする。三人でどたどたと階段を降りリビングへ向かった。すると既に箸を片手にした美羽が着席していた。

「朝ごはん冷めるよ」口をもぐもぐした感じがまた可愛らしい。

 四人でテーブルを囲む中、美羽と琴乃はちらちらと武蔵の様子を伺う。武蔵は橋を持つわけでもなく裕樹のことをじーと見つめており、口についた食べかすをとるなど彼女のような行動をしていた。

「食べないの?」裕樹は武蔵に問いかける。

「人間ではない私に食事は不要です」

 そうは言いながらもお腹の音が部屋を響いた。

「食べな」裕樹は橋を手渡すと丁寧な箸さばきで食事を始めた。

「これってどういうこと?」

 美羽の当たり前の問いに裕樹は首を傾げる。

「おねぇちゃんは知ってるんでしょう。この人のこと」

「うん……。宮本武蔵っていうのよ……」

「剣豪ぽい名前だね」

「そうよね?」裕樹に問が投げられた。

「そうだな。剣豪の宮本武蔵で間違えないぞ。召喚から大分時間も経ってマナが切れているはずなのに消えないんだよな」

 武蔵が裕樹に視線を送る。

「マナは体内で自動生成してますのでマナの供給は必要ないです」

「使い魔ってそういうものなのか?」

 美羽も琴乃もさ~と首を傾げた。

 登校も武蔵は同伴し背後を警戒すような挙動を見せていた。授業中も裕樹の背後に立ち、トイレでは扉の前で仁王立ちをする。そんな恥ずかしい一日も半分が過ぎ裕樹は説明を求めるべく明美先生がいるであろう屋上へ向かった。後ろからは足音を立てず背後をついて回る武蔵がいる。振り返ると「お気になさらず」と返ってきた 。

「や~有名人になった大空くんじゃないかね」

 悪ぶれた様子もなく明美先生はそういった。

「悪鬼討伐おめでとう」煙を吹かす明美先生にジト目を向ける。

「大分苦労しましたよ。まさかデート中に悪鬼が出没するとは予想もしませんでしたから」

「肌が白いな」明美先生が裕樹の手を握り「マナ欠乏か~」くくと笑った。

「まぁ連日マグの作成で枯渇してましたので」

「違うだろ」タバコで武蔵を指した。

「あれはですね。使い魔なんですが」

「見ればわかるさ。使い魔とは別種のものだがな」

「別種?もしかして守護者って存在ですか?」

「ほぉ小夜から聞いたのか。守護者。要は偉人の零体のことを指すワードだな」

「宮本武蔵だそうです」

「どんな手品を使ったか知らんが、昨日召喚した割にあやつピンピンしているな。マナの供給でもしたのかね」

「それがですね。武蔵の話だと体内でマナを生成できるらしいんですよ」

「体内でマナをか。それはもはや使い魔ですらないな。使い魔召喚と言ってもカテゴリーは細分化されているからね」

「使い魔は使い魔じゃ……」

「そう。彼女が君を守護しているように彼女は自意識に主という存在をインプットしているのであろう」

 明美先生が見た先に腹をさする武蔵がいる。

「食欲もあるときた。これはもう一人の人間の行動だ」

「そんなことってあるんですか? いくら魔術強度が高いとはいえ即興魔術ですよ」

「カードキャストの本来あるべき姿は生き物を召喚することにあるか……」

 明美先生は顎に手を当て、武蔵を観察する。

「問題はここから。使い魔となるものには、おおよそ動物や物質と決まっていてね。人間を呼び起こす魔術は交霊、憑依に分類される。要はマナで肉体を与えるか。人間の体に魂のみを埋め込むのかの違いだ。だが彼女は母体となった憑依者も愚か、与えたマナが切れても現世に留まっている」

 ふーとタバコをふかし灰を携帯灰皿に落とした。

「あれは一種の受肉に近い工程が含まれているのかもしれないな」

「受肉?」

「現世に留まるための依り代。肉体のことだ。本来ならマナで象るものだが、君の魔術強度が宮本武蔵という個人を肯定し肉体を与えてしまったのであろう。まぁ仮説に過ぎないがね」

「どうしたら彼女は消えてくれるんですかね」

「消える? 馬鹿を言っちゃいけんよ。マナの供給を必要としない使い魔なんぞ、そばに置く方がお得ってもんさ」

「戸籍とかないじゃないですか」

「大丈夫さ。私に、その話をもってきたってことは、まどろっこしいことはお願いしたいんだろ?」

「そんなつもりじゃ……」

「君の意思は尊重しない。仏魔官として君には自我を持つ使徒の維持、蘇生させた美羽の保護。さらに守護者となった宮本武蔵の存命。仏魔官の責任としては申し分ないな」

「そんな何でも屋みたいなこと嫌ですよ」ため息を零す。

「そんなはずなかろう。元カノの美羽に今カノの琴乃のことだぞ。宮本はボディーガードとでも思っていればいい」

「そんな簡単な話じゃ……」

「単純な話だよ。大空よ。君が男か否かの話さ。美少女三人に囲まれて嬉しくないのかってな」

「そういわれると……」言葉を濁しうつむく。

「そんな恵まれた環境で不満だとしたら大空は男ではないと言わざる負えないな」

「恵まれていますかね。息を吹き返した少女とゾンビになった同級生、はたまた転生させられた偉人……。俺の手にはあまるような」

「いいことじゃないか。君が好意を寄せなくても彼女たちは離れてはいかない。いや離れることを許されないわけだしな」

「わかりました。仏魔官として一人の男して今の環境を飲み込みますよ」

 そのセリフにか明美先生は肩に手を置いた。

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