第23話 リセット
朝から両手に包帯を巻き登校準備をした。先日の戦闘から数日、やはりというべきか人狼化の魔術と身体強化の魔術は消えることなく腕は一目でわかるほど野獣のものに変貌していた。
「おねぇちゃん昨日テレビでね」
通学路では楽しそうに話をする二人。その二人に気づかれまいと歩幅を合わせて歩く。身体強化による弊害が日常にも表れていた。倍速で動く体に口元から会話を読み取れるほど時間がスローに感じられ、肉体強化は五感を狂わせる。主に味覚に影響がでているようで食事は味がしない日々が続いていた。
毎朝の恒例行事はトイレでクリアの魔術を使うことだ。登校してトイレに入りクリア、休み時間になるたびトイレでクリア。だが一向に治る気配を感じない。白色のカードで巻き戻すことすらできないほどの魔術強度に自分もびっくりさせられる。
授業が終わり千鶴の教室に顔を出した。
「あれ、裕樹」と声が掛かり一目散に千鶴の元へ向かった。
「魔術を解く方法を知らないか」
ここじゃまずいから そういった千鶴は裕樹の手を掴み教室を後にする。
「ここなら人目がないわね」
行き着いた場所は屋外の焼却炉前だった。
「話を聞こうじゃない。その前にその両手の包帯はなによ。魔獣との一戦で怪我でもした?」
「怪我じゃない。論よりだ。見てくれよ」
裕樹は泣きべそをかきながら右腕の包帯をほどいた。人狼の腕を見るなり千鶴は腹を抱えて笑い出した。
「人狼化じゃない。早く解除しなさいよ」
「どうやって解除するのか聞きに来たんだよ」涙ながらにそう言う。
「カードキャスターには白色のカードがあったじゃない。あれ巻き戻しや再生に近いことが可能でしょ?」
「クリアできるなら千鶴のところには来てないぞ」
「そうはいっても解除の魔術は試したの」
「解除魔術! 俺にそんな芸当はないぞ」
「わかった私が試すわ」
[混沌の戯曲、聖夜に歪みて、かき消さん ディスエンチャント]
千鶴が詠唱を終える。だが腕は変化などなく仕方なく包帯を再度巻き直した。
「その魔術はどんな効果があるんだ。詠唱魔術は初めてみるが」
「魔術の解除なんて高等魔術は私には使えないから。相手の強化魔術を無効化する魔術よ。どうやらあなたのそれはもう魔術扱いじゃないみたいだけど」
「魔術扱いじゃない? 人狼の腕を持つ人間がいるか? 人狼魔術も身体強化魔術も強化魔術の類だろ?」
「本来ならその通り強化魔術で間違いないはず。でもあなたのそれは、もはや魔術じゃない。今ある姿が原型となっているから巻き戻しもディスエンチャントも効力がないのよ」
「魔術強度の話か?」
「いえ。あなたの魔術の仕様よ。私が今まで見てきた雷帝、炎帝は付与魔術の応用。いうなれば好きな時に削除も可能なわけ。カードから直接発動は違う。魔術強度が高いというよりは現実そのものを塗り替えてるといっても過言じゃない」
ごくりと唾を飲んだ。
「あなたの体感も両腕もあなたそのものになったのよ」
「他の解除方法を当たってみるよ」
放課後、教員室へ顔を出した。教員室はがらがらで明美先生が呑気にタバコを吸う姿が目に入った。明美先生は振り返らず やぁ大空と呼んだ。
「先生大変なことが」
椅子をくるりと回しこちらをじーと伺い笑い出した。
「気づいてはいたが、さっそく約束を破ったようだな」
「約束?」
「他人の魔術を乱用しないように注意したはずだ」
ふ~と煙を吐いた。人狼の腕を見せようと包帯に手を掛けたが明美先生の手が優しく止める。
「見なくても想像はつく。君がスパイ活動をしていた際に人狼を相手したのは知っているからな。うちの学校で有用な魔術を持っている奴は限られているからな」
「そこまでわかるなら解除の方法もご存じですか」
「解除なんてないさね。君の魔術は、そもそもカードとして使用する。効力として上書きを軸に魔術を発動しているからね。アンインストール可能な本来保持していたもの以外を乱用すれば魔術が現実を塗り替えるのは必然なのさ」
その後、魔術の話が続くと思いきや成績不振な件を言及される羽目にあい裕樹はくたびれた足取りで校舎を後にした。校舎外にはいつものように琴乃が待っていた。
「待たせてごめん」
「大事な話をしてたんじゃ仕方ないよ」
「いつも待たせてばかりだな俺」
「そうだよ」
琴乃が手を繋いでも感覚がなく裕樹は反応しない。
「魔術の後遺症でしょ?」
「どうしてそのことを……」
「反応がないから」
繋いだ手を見せられ、ようやく正常な反応ができていないことに気づく。
「裕樹の手ふさふさだけど動きが金属みたい」
「人狼化と身体強化の影響をもろに受けてるからな」
裕樹はここ数日のことを話した。
「で千鶴にディスエンチャントを掛けてもらったのね」
「ああ。強化魔術だから解除が聞くと思ったんだけど……どうやら元の状態には戻れないみたいだ」
「早いく言いなさいよ。何の為に私がいると思ってるのよ」
疑問符を浮かべていると琴乃は抱き着いてきた。
ちょっ人前で と口にした頃には、もう遅く胸が押し付けられる。
「私の魔術の説明してなかったよね」
「ああ……」
「私の魔術はセーブとリセットって説明したけどセーブポイントまで時間を遡るような魔術じゃないって話さなかった?」
「ならどんな魔術なんだ」
体が触れ合っているのにも関わらず体温を感じない。
「美羽の魔術は知ってるでしょ?」
「治癒の魔術だろ」
「そう。あの子の魔術は肉体を活性化させ癒しの効果を与えるもの。打って変わり私の魔術は再生。どちらかといえばあなたのクリアに近い魔術」
「クリアの魔術はもう試した。けど既に肉体に溶け込んでいて巻き戻しは不可能だったんだ」
「大丈夫。私の魔術は肉体時間を遡るもの。戦闘前にセーブしてよかった」
「あのセーブが役に立つのか?」
「裕樹の肉体時間で人狼魔術を使う前まで遡ることができるのよ」
「ならこの腕も元に戻るってこと?」
「準備があるから、ちょっと目をつぶって」
はいよ 目をつぶるなり唇が触れ条件をみたしたようでそっと琴乃が離れ リセットと口にした。
「目を開けていいわよ」
目を開けると琴乃の顔が近く顔がほてる。そんなことより腕と包帯をほどく。すると人狼の腕は人間のものへと戻っていた。
「え、こんな数秒で戻るなんて魔術師って奇跡みたいだ」
「なに言ってるの? あなたも魔術師じゃない」
「そうだった」
二人顔を見合わせほくそ笑んだ。
「他人の魔術はほどほどにね!」
「わかってる。生活に支障が出たんじゃ本末転倒だしな」
「いつもどの位、マグを所持してるのよ」
「一様、琴乃と俺の分を加味してに十個は用意しているかな。おかげで財布はスカスカだがな」
「そろそろ給料がはいるんじゃない?この間の任務は千鶴も入れて三人だけだったのは大きいよ。きっと」
「給料に期待だな」
「お祝いに何か作ろうか」
「初戦のご褒美だな」
自然と笑みが零れる。
「フラグ立てない」
そんなことを言い合って一連の魔獣騒動は幕は閉じた。
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