第19話 呪詛の枯渇

 情報収集の任務が終わり日常に戻ってみるとクラスメートの態度が一変したことに気が付く。裕樹の位置付けが平凡な高校性から刑事課魔術統括係の一員に変わったのである。そんな毎日を送ていると自宅のポストに一通の封筒が届いた。

[あなたを仏魔官に任命します]

 そう書かれた手紙と新たな手帳が入っていた。

「刑事課魔術統括係 仏魔官 大空 裕樹ね」

 日曜だというのに朝方からポスト前にいる理由があった。琴乃がジョギングを始めたことによる付き添いだ。一キロ圏内から離れられない縛りから五時起きが続いていた。

 大きなあくびをしていると琴乃が現れストレッチを始める。これも日課だ。今日はどんな衣装かな~ と眺める。へそが丸見えのストレットウェアに裕樹は両手で目を抑えた。

「なんだ。そのえっちい服は」

「えっちい? あ~ウェアのことね。この方が動きやすいでしょ?」

 ゆっくり指を開くと服の袖から下着がちらちらっと見え隠れする。

「今日はやめないか? 雨も降りそうだし」

「どこがよ。いたって快晴じゃない」

 曇一つない空を指さした。

「だってその格好で走るんだろ? 少しは気にしろよ」

「あら」と汗で色っぽく見える琴乃が顔を近づけた。

「私に発情してるの?」くすくすと琴乃は笑う。

「発情じゃないし。男子高校生の健全な反応だから。生理現象だから」

「素直にいえばいいのに」

 二人は走り出した。先頭を走る琴乃のポニーテールを見ながら裕樹は後ろをついていく。

一週間以上続けているが、なかなか体は慣れない。徐々に琴乃から離れ膝に手をつき呼吸を整える。それを見かねてか、琴乃は足踏みを続けたまま寄ってきた。

「大丈夫?」と顔を覗き込んでくる。谷間がちらっと見え目線をそらし大きく息を吐いた。

「続けようか」

 気を使ってか琴乃はペースを落とし横に並んだ。

「このジョギングにはどんな意図があるんだ?」

「裕樹と共に戦えるように体づくりしないと。裕樹もそろそろ呪詛が必要な時期じゃない?模写の魔眼が機能してないでしょ~。体力的にも厳しいんじゃない?」

「呪詛ってマナをちゅうちゅうした際の麻酔的なやつだろ」

「ちゅうちゅうとか言わないの。れっきとした儀式なんだから」

「それはすまない」

 必死に呼吸を整えるが先日までの動きがとれない。

「最近マテリアルでの供給が大半だから呪詛が体を巡っていないのよ」

 琴乃の言う通り目が鈍っている気がした。ジョギングを始めたての頃は容易に琴乃についていくことができたが今ではこんな体たらくだ。その理由はどうやら呪詛の枯渇らしい。

「ジョギング後にマナの吸収をやるから」

 そういうと琴乃は先を走りだした。折り返し地点である河川敷で、へとへとな裕樹は荒い息で横たわった。

「もう無理、先にいってくれ」

「ばかじゃないの。一キロ離れられないのだから待つわよ。いえここで儀式をやりましょう」

 全身がきしむ感覚は腕をもがれた時よりも苦しくつらいものだった。琴乃は使徒であるが故に肉体面は強く、通常時の裕樹がついていけるものではなかった。

 琴乃の口元は異常はなく犬歯が飛び出ていない、この状態でどうマナを吸収するのかと思いきや突然唇が重なった。

 マナを吸われて脆弱になる感覚ではない。全身に熱がいきわたるような感覚に目を伏せた。心拍数が上昇していくのがわかる。全身の筋肉が断絶と再生を繰り返すような痛み。瞬く間に意識が遠のき気が付けば全身が水浸しになっていた。

「やっと起きた」

 川の水かと思きや、どうも自身の汗らしく男臭さが残っていた。

「ほら帰るよ」

 伸ばされた手を握り上体を起こした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る