第15話 誕生日にスパイ?

「おねぇちゃん、ばっかりずるい」

 扉の前には美羽と暁の姿があり冷ややかな視線を向けていた。

「今日は私の誕生日なんだけど」

 離れた二人は美羽のほうに歩み寄る。本日、六月十八日は美羽の誕生日だった。そんなことも記憶と共に忘れてしまっていた。申し訳ないと思いながら学校終わりに暁、琴乃、美羽の三人とプレゼントを買うべくデパート寄っていた。

「これかわいい」

 美羽らしいクマのぬいぐるみに値札を見る。5千円と割高で三人で割り勘という形でプレゼントを用意した。だが買い物を始めた琴乃と美羽が、あまりにも楽しそうだったので暁と裕樹は二人して外の自動販売機に向かった。

「はいよ」

 コーヒーを手渡され、のどの渇きからすぐさま缶を開けた。

「最近、邪気もでないし平和だね~誕生会か」

「理由知ってるのか?」きまずそうに聞いた。

「確か、咎人が交通事故にみせかけて殺されたとか」

(咎人の末路か……)

「二人の咎人が存在していたはずなんだが、もう一人は行方不明ってことになってるな。町から逃げだしたんじゃないか?」

(行方不明か。もっともらしい言い分けだな。琴乃が流した情報だろう)

「それにしても暇になったもんだぜ」

「平和が一番」缶を傾ける。

「あのな~暇だからって魔術の鍛錬だけは怠るなよ」

「鍛錬なんて大げさなことはしてないぞ」

「だから注意喚起だ。使徒を生み出せる魔術を世間は認めない。せめて琴乃を守れるだけの魔術は会得しとけよ」

「魔術ね。付与魔術は完璧なはずだけどな」

 ほらと言わんばかりにマグを発動する。持っていた空き缶がナイフへ変わった。

「人前で使うんじゃねぇよ」

 慌てふためいているうちに一人の女性が自動販売機で買い物をする姿があった。買い物をしたのち、裕樹の真横で立ち止まり缶を開けた。スーツを着こなした女性は暁と裕樹の会話を盗み聞きしているように張り付き動かない。ただ殺気だけは胸元から感じ取れた。

 でさ~と会話を続ける暁に「トイレに行ってくる」と一言だけ残し背中を向ける。歩き出すと案の定、背後から足音が聞き取れ咄嗟に道を曲がり身を隠した。足音が曲がるのを確認した裕樹は握っていたナイフを構える。

「あんた何者だ」

 すーっと首元へナイフをかざした。

「一般人よ。私」

「聞き耳を立てていたのは気づいてる。薄情してくれ」

 はーとため息をつき胸元から手帳らしきものを取り出した。

「私はこういうものです」

 見せられた手帳は警察のもので刑事課魔術統括係と書かれていた。これはあなたの分 そういい手帳の下からもう一冊でてきた。その手帳には大空 裕樹の名前があった。

「アーレスは刑事課魔術統括係の三課なのよ」

「これを渡して俺になにをさせたいんだ」

「あなた、いえあなた達にはスパイ活動をしてほしいのよ」

「簡単にいうがスパイって」ナイフを下ろし手帳を受け取った。

「言いたいこともわかる。でも咎人のあなたが日常を送る代償だと思って飲み込んで」

「でだ、何をしたらいいんだ」

「あなたには人目に写るよう魔術を使ってほしいのよ。さっきみたいにね」

「それにどんな得があるだ」

「君に得はないわ。私たちが魔術結社を把握したいだけよ」

「それだけか?」

「どこも行方不明の咎人を探してる。君の感は鋭い」

 そういうと胸元から今度は銃を取り出した。

「これに気づいてたんでしょ? 彼を巻き沿いにしまいと私と接触したと。感がいいというかメンタリストというか。君にうってつけの仕事だわ」

 マグを発動しナイフを空き缶へ戻す。

「承知した。ただ危険を伴う任務だ」

「働きに見合った対価は払うわ。それじゃーまた。明美先生によろしく」

 女性はすーっと去っていた。去っていくのを見守り裕樹は暁の元へ戻った。美羽、琴乃も合流していて賑やかだ。琴乃の手元にはケーキが入った箱がありバースディパーティーの準備は完璧のようだ。美羽も大きなクマを抱きかかえ上機嫌だった。

 バースディソングを歌い、食事をする。そんな些細な幸せが、記憶に染み付いた不幸を洗い流す。ようやく再開できた気がした。

 琴乃が食器洗いを始めるなり暁が口を開く。

「いいの? お前元は美羽ちゃんの彼氏だったって」

「昔の話さ」ソファに頭を預ける。

「屋上の出来事見てたし、聞いてた」

「ならわかるだろ? 美羽は保護対象でしかないって」

「わからない。なぜ琴乃を人間に戻さなかったんだ。白のカードは見えてたぞ」

 あ~あれねと顔だけ暁へ向けた。

「琴乃の魔術じゃしかたないさ。セーブ、リセット。まさかやり直しが可能な魔術が存在するとは思わなかった」

「使徒は、いわば不老不死。マナさえあれば魔術は発動するからな」

「そう。マナさえあればだ。琴乃は人を襲わないよ。あいつはさ、俺と一緒に死ぬことを選んだんだ」

 納得がいかないのか暁は頭をかいた。

「それは幸せなのか?」

 その質問には答えることができなかった。ただ言えることがある。これは琴乃が選んだものじゃない。俺達の選択なのだと。

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